風は冷たく、強い。
冬型の天候、西高東低型だ。
氷点下と7℃、8℃の気温が続く。
夕方、地響きのように衝撃が走った、ドーンと言う音がした。
震度4.4になる愛知県西部の地震だった。
そして程なく中越地方にも余震のニューステロップが出た。
東海地方に広範囲、震度3の揺れがあった。
もうすぐに震災10年。
無償供与の資金援助をタイ政府が断った。
被害の多い国へまわしてくれということだ。
国連総長も援助を競うような風潮に実際に投与された金額の実態を指摘して牽制していた。
日本の援助をブッシュ政権の歓心を買うためだとうがった見方もある。
Asian Tsunamiという語は15万人の死者と町々の破壊に、このままだと感染症の発症でさらに被害者が拡大する恐れで、地震による津波災害を印象付ける言葉となった。
これから日本がアジアの一員であることをどのように示していくか、それは日本のやり方でしかない、日本のやり方でやるしかない。
無償供与と政府が決めてそれを拠出することに国民が耐えうるなら、それはよい決定ではないかと思う。
その上で日本人がどう振舞うかが、アジアの人々とともにいる実証となる。
漢字コトバ散策が、日本、を取り上げた。
王維が仲麻呂を送る詩に記した、日本、とあるのを紹介する。
日本の国号が記される、歴史資料の最古の例は、734年正月になくなった遣唐留学生の墓誌に刻まれていたものとして、先年、発見が報道された。
歴史書には、旧唐書の東夷伝に、703年粟田真人を大使とした遣唐使が日本の国号を中国側に伝えた記事がある。
墓誌の人は中国でなくなった、井真成と言い、同期の遣唐留学生だった阿倍仲麻呂はそれから50年以上滞在をしたとされる。
遣唐使藤原清河にしたがって帰国の途についた仲麻呂は遭難したため死んだと噂が流されたが、助かって再び長安に戻った。
それ以後、日本への思いをもって異国の地で死んだと伝える。
王維は、その仲麻呂を送る詩に。日本国に還る、と読み、死んだと噂を聞いて、日本のチョウコウ、と、仲麻呂の中国名を呼ぶに、日本を冠した。
このコラムに述べるのは詩にあらわれた日本国名の指摘である。
興膳宏さんは、国名を記す中国の詩の、日本読みを言うのではない。
ただ、遣唐使がもたらした日本国名の表記を取り入れた王維の詩を紹介している。
この事実においては、漢字表記は、日本なのである。
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