ひとつには、それを知りたいと生きてきた。
そのあいだに、いくつもの戦争は起こった、朝鮮戦争は記憶にないが、ベトナム戦争は確かな記憶になった、時間が前後しながら、イランイラク戦争、フォークランド紛争、印パ戦争、湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争と、これに中東の紛争を加えると、きりがなく戦争は今も続いている。
日本の戦争は日清戦争に、日露戦争、そして大東亜戦争へとひろがった。
日米の太平洋戦争にいたるまで国民はその戦争をどう捉えていたのかと不思議だった。
世界という境界があるならいまや戦争は隣国だけではない危険性を持つようになった。
まさに経済のグローバリゼーションの勢いは戦争の境界を新たなボーダーとして作り出している。
戦争になぜ行くか、国益のため、領土保全のため、名誉のため・・・
その理由は必ずしも武力による解決を意味しないだけでなく、新たな戦争を引き起こす要因でもある。
その国の政治と経済と、そして社会または宗教とによって戦争は編み出される。
願わくは為政者によって戦争を回避するリーダーシップが求められるが、現実は戦争を公言してはばからない領袖をいただいた国家がある。
そこに起こされる戦争を起こしうる戦いを死にいくのは兵卒である。
そのものたちに想いがあるならばなぜそうなってしまうか、命令のからくりだ。
きっと生活はそこそこ保たれて戦勝に酔いしれるうちに勝ち組だかなんだかんだと行っているうちに勝つためには手段を選ばず負けて痛むのは当たり前で負けないで勝った勝ったと痛みを覚えないものが勝ちに行けとばかりバランスを傾かせた方向へ一気に走り出すとわっしょいとさけびこれが良いとまた酔いしれて突き進んでしまうのだろう。
やはり戦争を起こしに出かけたものは責任が問われるべきで起こそうとした起こすきっかけを作ったものも同罪である。
流す空気流される空気に空気でない妖気を与えているのはなにか。
抵抗するものを非国民呼ばわりしたこの国である。
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