公園人の散策記
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今日、小室哲哉とKEIKOの結婚式が執り行なわれた。超豪華な披露宴は新高輪プリンスでTBSの独占中継付だ。しかし、私が驚いたのは、挙式がこともあろうに靖国神社であったことだ。どういう歴史認識で、何に結婚の契りを誓い合ったのだろうか?毎年、終戦記念日の前になると、首相を始めとする閣僚の靖国参拝問題が物議をかもし、中国、韓国などのアジア諸国からは猛抗議を受ける。マスコミは、大抵が中国、韓国が反発する「A級戦犯の合祀」の問題をもって「靖国参拝」の賛否を論じるが、それは外国に対する日本政府の歴史認識の示し方の問題に過ぎない。日本国民にとって、首相が靖国参拝することがいかに理不尽なことであるかを論じていない。そして、日本の多くの人たちがそのことにあまりにも無頓着である。戦前戦中、靖国神社がどのような役割を担い、そして、その靖国神社を監督していたのがどこであるかを考えたら、これが一般に神社仏閣やキリスト教の教会などとは全く異質のものであることは明白である。神社仏閣やキリスト教の教会など、一般の宗教法人は現在の文部科学省に相当する教育省が監督官庁だった。しかし、靖国神社だけは、教育省ではなく陸軍と海軍が監督していたのである。そして、森前首相の最大の失言「日本は天皇を中心とする神の国」に象徴される「天皇への忠誠思想」を強化させ、国民を「天皇の軍隊」と化す施設としての役割を担っていたのが靖国神社である。勿論それは天皇自身の意思ではなく、天皇の威光を利用した軍部の政策だったわけであるが、靖国神社はいわば「宗教の皮を被った精神的軍事施設」であり、それはオウム真理教の何じゃらサティアンとほとんど変わらない。あきらかにかの戦争に多大な影響を与えたものの中で、今の日本でその責任を曖昧にしている最大の存在が「靖国神社」であり、戦前の軍国主義の名残を色濃く残しているのが「靖国神社」なのである。そんな旧日本軍の「軍事施設」に、日本政府の最高責任者が参拝することの不自然さを認識していただきたいものである。そして、話を小室哲哉に戻すが、靖国神社を挙式に選ぶ彼の歴史認識はどうなっているのであろうか?出雲大社や伊勢神宮、明治神宮などとはその宗教的意味合いを異にする「靖国神社」での挙式は何を意味するのだろうか?ただ、これを機に、その歴史も知らずに靖国神社で結婚式を挙げるカップルが増えるであろうことは簡単に想像できる。そういう人たちには是非、「遊就館」やその周辺に展示、陳列されている軍国色の濃い展示物の違和感を感じ取っていただきたいものである。
2002年11月22日
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