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2025新韓国青年総会開会式2025神韓国青年総会ドリームコンサート一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2025.02.05
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天一国・天聖経 第12篇 第二章 八定式と「七・一節」宣布 第一節 八定式と「天父主義」宣布8 私たちは、僕の僕から僕、養子、庶子、直系子女、夫婦、父母を経て神様まで、八段階を経ていかなければなりません。これが縦的八段階です。そして、横的に 個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様までの八段階を経ていかなければならないのです。これを一つにまとめて定着したと宣布したのが八定式です。これを一九八九年八月三十一日、アラスカで宣布したのです。 ですから、世界の人類に蕩減が必要ない時代に越えていきます。それは、お父様が行く所や統一教会員たちが行く所においては迫害時代が過ぎ去るという ことです。これからは、私たち同士でどんなことをしたとしても、誰も讒訴できません。それで、その基地として定着する式が八定式です。 この八定式を基盤として、一九八九年九月一日、「天父主義」を宣布しました。八定式が終わる時までは長子復帰時代ですが、長子権が天の側に完全に復帰されることによって、サタンが反対できない世界的頂上圏に立つのです。9 神様の世界には、女性がいませんでした。お父様が八定式を宣布しましたが、神様の復帰摂理は、僕の僕から僕、養子、庶子、直系子女、夫婦、父母を経て神様 までの八段階を経ていかなければなりません。これが女性を取り戻してくる論理です。新郎である主がこの地上に生まれ、勝利した女性を取り戻してこなければ なりません。アベルがアダムの代わりに取り戻してくるのです。何千年にも及ぶアダム理想が完成し、新郎のみ旨が成し遂げられるためには、地上で新婦圏が世界統一圏基盤を備えなければならないのです。そのような基盤をもたなければ、勝利した新郎として地上に現れることができません。国家圏で勝利したとして も、世界圏のサタンがしがみついて、たたき潰そうとするというのです。ですから、世界解放圏を越えていくことができる時まで、新郎を準備しながら新婦圏も備えなければなりません。神様が一人のアダムを造ることは簡単ですが、アダムの再創造は、歴史的に見るとき、堕落以降、今まで続いてきたというのです。10 八定式です!神様の摂理で八数が定着できませんでした。八数(8)は、天でも円であり、地でも円です。「世界統一国開天日」を宣布したのち、最初の年であ る一九八九年の八月が重要です。その年の八月の末に天宙的な定着を発表したというのは、重要な内容です。 摂理時代においては、長子権復帰とともに父母権復帰が成し遂げられ、父母権を復帰することによって王権復帰が成し遂げられます。民主主義時代は過ぎていき、愛の世界が訪れます。民主主義で神様と真の父母を買うことができますか。選挙で選ぶことができますか。愛の道は、ただ一つしかありません。そのような発表をするとしても、祈らなければなりません。そうしなければ、八定式が地上にも、天上にも定着できません。統一教会の全食口を代表し、人類全体を代表して、各国家の代表、天上世界のあらゆるものの代表となった立場でお父様が祈って、これを宣布したのです。11 北極星と近い、最も北にあるアラスカのコディアクで八定式を挙行しました。天の国と地上地獄を縦横に塞いでいたあらゆる壁を崩し、人間世界の個人、家庭、 氏族、民族、国家、世界、天宙まで塞いでいる壁をすべて崩して片づけるのです。この壁によって塞がれている限り、サタンが寓居できる地になります。 霊界から地上世界にまで寓居するサタンを見て、「お前は私に世界的に反対した。私はお前よりも人類を愛し、お前よりも人類に正しい神様の天道を教えてあげたが、お前は人類に敗亡の道理を教え、滅亡の道へと引っ張っていった」と告げるのです。サタンは愛の主導権の前に頭を下げます。強盗の一味のような親不孝な子女を、義人の道へと改めさせようとするのが母の愛です。愛だけが罪悪の中にいる悪魔を屈服させることができます。ですから、愛を強調するので す。12 アダムとエバが堕落する前には、すべてのものが彼らの所有であり、神様の所有でした。それで、祝福の前に国と世界を捧げるのが原則ですが、復帰路程では、 そのようにすることができません。そのため、今日、統一教会の祝福は、教会内の祝福です。今後、国と世界の祝福をするようになる時は、本然の基準に転換して、一つの国になるまいとしてもならざるを得ない過程を経ていかなければなりません。 そこから「天父主義」が始まるのです。世界が神様のもとで一つの価値をもち、結婚式をすることによって越えていくのです。それが「天父主義」の内容 です。「六・二五動乱」のゆえに世界が両極時代になりました。しかし、ソウルオリンク大会を中心として、一つになったのです。モスクワオリンピック大会と ロサンゼルスオリンピック大会のときも分かれ、両極になっていたのが、ソウルオリンピック大会を中心として一つになったのです。そのとき、祝賀公演に、リ トル・エンジェルスが参加しました。また、「モスクワに二千台の自動車を寄付するので、もっていきなさい。もっていくときは、韓国から北朝鮮を通っていきなさい」と言いました。このように、物質面と精神面で統一できる内容を提案したのです。 サタン世界の若い人たち、カインの立場の若い人たちと統一教会の若い宣教師たちが、オリンピック大会で一つになりました。それで、韓国に大使館もない国々も、統一教会員たちがその国の旗を掲げて応援しました。一つになって応援したのです。そのような条件的な基盤の上で、一九八九年八月三十一日に八定式を宣布しました。そのような世界的な若者たちの理想的な基盤をつくり、その基盤の上にこのような日を設定したのです。13 八月三十一日は、八定式宣布の記念日です。八定式の宣布日は、八月の最後の日ですが、貴重な日です。個人時代、家庭時代、氏族時代、民族時代、国家時代、 世界時代、天宙時代、神様までの八段階と、血統的復帰の基準では、僕の僕の段階から上がっていきます。真の父母が現れることによって、真の父母を中心とし て一つになり、世界に定着し始めるのです。それで、八定式が重要な行事なのです。これをコディアクで宣布したので、コディアクが出発の基準です。 コディアクは、ロシアとアメリカを中心とした境界線です。海にある島です。海から始め、半島を通って陸地に上陸し、初めて世界的な出発をしたので す。僕の僕から、僕、養子、庶子、直系子女、夫婦、父母、神様まで、八段階を中心としてそれが内外に蕩減され、縦横に接触することによって、「天父主義」 が九月一日に宣布されたのです。14 「天父主義」は、神様と真の父母の主義です。ついに、真の愛を中心として天と地が一つになり、この宇宙が家庭から世界に出発する新しい起源の日です。その ような意味になるのです。八定式は、真の父母が縦的なすべての恨の道、横的なすべての恨の道を経ていくことによって宣布されました。 天が縦的にも来ることができず、横的にも来ることができなかったのですが、真の父母によって横的、縦的に連結され、新しい家庭を中心とした、神様が 願う世界に発展できるようになりました。この八定式がなければ、「天父主義」が出てきません。家庭を中心として、世界的な拡大は、祝福家庭を中心として行 うのです。三万双から三十六万双、三百六十万双を中心として、家庭的世界版図ができることによって、真の父母の家庭が進むに当たって縦横を経ることなく、 神様がこの地上に住むことのできる時代圏を迎えたので、天地父母天宙安息圏を宣布しました。 三万双、三十六万双、三百六十万双、蘇生、長成、完成が成就することにより、世界の統一家庭が動くに当たって、障害物なく歓迎を受けられる時代になったので、神様がどこに行っても休むことのできる時代が来たというのです。15 八定式が終わることによって、「天父主義」、父母権の解怨成就が起きました。この時が来ることによって、父母様が父母の位置で、氏族的なメシヤ、イエス様 の位置を解怨成就し、アダム家庭を解怨成就できるので、皆さんの一族を通して、皆さんの父母の失敗の基盤をすべて解消するのです。 あらゆる人の故郷が初めて天の国の故郷の地に転換されるのです。一つの国の形態を中心として、父母様と連結され、父母様に治められる故郷の地とな り、自分の父母が生まれた所が天の国の父母の位置に選定されるのです。ですから、皆さんの故郷が天の国の故郷として認められる時代に入ってくるというのです。これにより、地獄から解放されます。今、地獄にいる人は、みな再臨するのです。そうして、氏族メシヤを中心として三代になってこそ、天のみ前に条件として成立するのです。氏族メシヤを中心として祖父、父、兄です。これが復帰歴史の根源です。神様解放、父母様解放、自己解放をするのです。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2019.09.01
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聖歌28番「わが身の十字架」2022/08/04 #世界平和統一家庭連合 #歌入り聖歌世界平和統一家庭連合の聖歌28番「わが身の十字架」の歌入り映像です。1. わが身の十字架を 誰(たれ)に担(にな)わさん 主はこの道を先駆けしを 賜(たまわ)りし御旨(みむね)果たせずして 千歳(ちとせ)の歴史は血と涙 十字架背負いて我は行かん ゴルゴタかなたに勝利が歌う2. 身に過ぎし重荷 負わすべきや 強く歩まば我は着かん 御旨に捧(ささ)げしこの身なれば などてためろうや生命(いのち)の道 十字架背負いて我は行かん ゴルゴタかなたに勝利が歌う3. 御旨成すが為 耐え来し父 子もまた共に戦わんや 成さずば苦労も無に等しく 戦い勝てば永遠(とわ)の幸を 十字架背負いて我は行かん ゴルゴタかなたに勝利が歌う(参照:『聖歌のめぐみ』)一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2025.09.17
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「摂理から見たアベルの正道」(その1)1979年12月30日 アベル文化の世界と歴史の完成 統一教会の恨みの七〇年代は、三日をあとにして過ぎ去ろうとしています。八〇年代は希望の年となるようにお祈りいたします。 きょうは、「摂理から見たアベルの正道」について話しましょう。 統一教会に入教してきた人たちにとって、まず問題になるのはカイン・アベルです。普通は、先に入ってきた人がアベルだとみんな考えていますが、それは間違った考えです。なぜかというと、摂理路程には蘇生時代があり、長成時代があり、完成時代があるからです。原理がそうなっているのです。統一教会の歴史を見ても蘇生時代、長成時代、完成時代へと発展しています。アベルとは、アベルとしての道の蘇生時代を勝利的に歩み、長成時代も勝利的に歩み、完成時代も勝利的に歩んだ人です。このような責任がアベルにあるということを、はっきりと知らなくてはなりません。そして責任を果たした証を持たなくてはなりません。 ではなぜ、アベルは蘇生時代、長成時代、完成時代を行かなくてはならないかというと、堕落したためにそうなるのです。もし、堕落せずにアダムとエバが成長して二十一歳を迎えたならば、このような位置は全部越えてしまうのです。その位置で、天の世界の成人となってしまうのです。それで、この位置から家庭時代に入り、家庭を中心にして氏族的家庭時代、民族的家庭時代、国家的家庭時代へと発展していくというのです。 したがって、家庭の伝統も蘇生時代、長成時代、完成時代を経て受け継がれなくてはなりません。言い換えれば、祖父の時代、父の時代、孫の時代を中心にして受け継がれるというのです。すなわち、一つの家庭が中心の氏族的基盤となって、横的に発展していくのです。そのように家庭、氏族と広がれば、兄弟たちによる家庭氏族、家庭民族が大きく発展して国家基盤になるのです。そして国家から世界に伸びていくのです。そうなればアダム文化世界が広がって、神様の伝統的歴史が成立するのです。これがアダム文化の世界と歴史の完成であるというのです。 では、その文化は何をもって成すのかというと、我々の生活をもって成されていくのです。また、歴史は何をもって形成されていくのかというと、我々の伝統によって形成されるというのです。これをはっきりと知らなくてはなりません。それゆえに生活と伝統は絶対に必要なものなのです。そこで、どのような生活をし、どのような伝統を受け継ぐのかということが重視されますが、それは生活文化と伝統歴史の一語に尽きます。その課題は何千年前のアダムにとっても、何万年後の後孫にとっても同じです。 伝統的中心思想は神様の心情を実現する天国の愛の完成である それでは、その伝統的中心思想は何でしょうか? それは神様の心情を実現する天国の愛の完成です。天国の愛は伝統歴史の骨髄であり、その愛の力で摂理歴史は進展してきています。そして摂理歴史の進展に伴い、伝統が引き継がれ、生活圏と生活文化、すなわち家庭が引き継がれるのですが、その中心は心情です。心情が問題なのです。心情の中心軸は骨髄に向かい、地上から永遠の霊界にまで連結されるのです。そうであるため、このような形態は霊界にまでも連結されるのです。この二重構造のゆえに、成就することが難しいのです。 人の一生は霊形体時代、生命体時代、生霊体時代へと発展していきます。霊形体、生命体、生霊体、これは原理が教えているものです。そしてこのような段階的発展を遂げたならば、堕落はなかったのです。ところがこれが失敗し堕落したために、ここからここに落ちてしまったのです(黒板で説明)。遠い圏内に落ちてしまったのです。落ちた世界は次第に大きくなりましたが、堕落しているためにこれは死んだ世界なのです。エバの堕落の原因は、初めに不信でした。その次に心の問題です。心情をなくしたのです。そして三番目は天を失ったことです。 堕落エバとは何かというと、それは不信仰の人であり、不心情の人であり、不天国の人です。そのように、堕落した女性は信じることのできない者たちです。心情的に天と一つになることのできる愛がないのです。理想がなく、現実に縛られていて自己中心です。神様に向かって、「神様を信じているから、神様、私を信じてください」「神様を愛しているから、私を愛してください」と言い、将来の天国よりも今を問題にするのです。そのような考えは堕落から来ているのです。堕落のためにそうなるのです。そしてこのエバは、アダムまでも引き入れたのです。 不信仰の人、不心情の人、不天国の人は、天国には行けないようになっているのです。堕落によってつくられたこの世は不信の世であり、愛のない世であり、理想のない世です。受け継いだ文化は堕落した文化であり、受け継いだ伝統は自己中心の愛の伝統です。男性も女性も自己中心の愛を求めるほかは、神様も全体も知らないのです。英語で、「I」を大文字で書くのも自己中心性の現れです。「I」は「am」という文字を抱いて大きく現れます。歴史的に見て、この「I am」を代表的に受け継いだものが西欧文明です。このような結論が出るのです。 そのような国を代表する実用主義国家、それがアメリカです。アメリカ人は実用主義のあまり、利益を求め過ぎており、利益のためなら将来のことなどどうでもよいという生き方の人が多いのです。アメリカの諸君、先生の言ったことは正しいですか? 皆さんもそうですか? 審判はアベル文化圏の使命 堕落は何を蒔いたのかというと、不倫の種です。不倫の結果として実ったこの世に、倫理破綻の時代が来るというのです。青少年たちが人間始祖の蒔いたとおりの種になる倫理破綻の日が訪れる時に、アメリカの樹木の下では、若者たちの堕落圏の現実の舞台が繰り広げられるのです。その中でもアダムは恥じて覆い隠すのに、女子は着ていた服を脱ぎ捨てるのです。そこに男と女の違いがあります。恥を知らないのです。女性は恥じらいをもなくしてしまったというのです。背信のアダム、エバが神様から追い出されたように、この地球上から追放しなければならないそのような者たちです。国家が、民主世界が滅亡途上に入っているのです。何の話か分かりますか? 地球上に滅亡の時が来ようとしているのです。自然に滅亡するのです。 これは審判されるべきです。では審判は誰がするのでしょうか? (メシヤです)。これが大きな問題です。誰がすべきでしょうか? (メシヤです)。メシヤではなく、アベルがしなくてはならないのです。アベル文化圏がするのです。 神様は、アダム、エバの堕落によって拡大された、不信仰、不心情、不天国のこの世を正すために信義の人を立て、心情の人を立て、天国の理想的な人を立てて歴史を巻き返す運動をしてこられたのです。この運動の先駆者として信義の先知者、心情の先知者、理想の先知者が地上に送られたのです。人々に天を慕う心情を抱かせ、天の愛と信仰を主張する使命を背負ったのが先知者たちです。また、預言者たちなのです。 このように、先知者たちは天から送られた人ですが、地上の人々からは「私はついて行けない」と、背を向けられて悲惨な道を歩むのです。彼らは反対され卑しまれる運命に遭ったのです。時には蹴られ、時には争う中で死に襲われて「ワー!」と叫び、人間世界の落伍者となっていくのです。だから先知者たちは仕方なく、見捨てられた立場で、この世の落伍者や不具者たちを中心にして、天の愛と信仰による新しい因縁を結び始めたのです。新天新地に希望を抱かせ、霊界を背景にした新しい信仰の波を起こしたのです。 しかし、この世の者たちは信仰の話に耳を傾けながらも、古い習慣や観念を優先し、昔の風習から脱皮することができなかったのです。代わりに底辺の者たちが集まるという逆現象が生じたのです。立派な人たちはみな通り過ぎ、立派でない人たちもみな通り過ぎたあとから、病人や屑のように扱われた人々が、新しい世界を求めてやって来たのです。 この世には、立派な父母、立派な息子、娘、立派な家庭をもった人はほとんどいないのです。家庭が破綻し、家族が別れ別れになっている父や母、あるいは息子や娘、負傷者たちが宗教に関心をもち、新しい世を希求して先知者を訪れるようになったのです。そこから天の因縁が始まるというのです。 このような働きをする責任者、預言者たちの位置が、それがアベルの位置なのです。その預言者、アベルは地上の人々に頭から、「おい! お前たち、私に仕えろ」と言って、この世に受け入れられると思いますか? この世で人間の屑として卑しまれている人々を、不信の人から信仰の人に変えるためには、自らが信仰者としての行動を示さなくてはならないのです。不心情の人から心情の人に変えるためには、愛をもって感化させなくてはならないのです。無天国、無理想の人を理想天国の人として立たしめるには、ため息が出るほどつらいことがあっても、それを希望に燃えた表情の下に隠していなくてはならないのです。そうするのです。皆さんもそうするのです。 アベルが責任を果たせば、カインはアベルを保護する 七年たって、信義の人になったのですか、心情の人になったのですか? 天の国の理想をもった人になったのですか? 知ろうと知るまいと、伝道の志を立てたならば、対象者が従順屈服するようにもっていかなくてはならないのです。このように、アベルの伝統歴史がいかに難しいか知らなければなりません。 仮に、先知者たちが地上に送られる時、世の人々から歓迎されることが約束されていたとしましょう。先知者は王の座で、あるいは出世の道で称賛を受けるものと喜んだのですが、実際は違う結果となり、考えもしなかった厳しい現実に直面した時に神様が信じられなくなり、「本然の愛も天の理想もみな疑わしい」と言うような先知者は、本物の先知者でしょうか? (いいえ)。 アベルは、そのサタン世界の底辺に住む僕のような人たちに仕えるようにして、感化させなくてはならないのですから、僕の歴史にいま一つの僕の歴史を積み重ねなくてはならないのです。しかしその場合、サタン世界の僕たちと、天の世界のアベルのどちらがより悲惨な道を歩んだのかを問われる時に、アベルがアベルとして認定されなくてはならないのです。その時にサタン世界の僕たちは、「何の希望ももてないどん底の中にあっても、あなたは希望を捨てることなく、力強く私を支えた」と認めるのです。アベルは「いかに耐え難い時も、信義の理念をもち、愛の心情をもち、天国の理想をもっていたから、最後まであなたを信じて尽くすことができました」と、言えるのです。そこで「地上で自分の生命も惜しまず、愛と理想をもって犠牲的に尽くしてくれたのはあなたしかいません。私は誰よりもあなたを信じ、国よりも世界よりも、あなたのために尽くします」と、なるのです。その認められた事実でもって、初めて「自分はアベルであり、あなたはカインである」と言うことができるのです。アベル・カインの関係はその時から始まるのです。アベルにはカインがいなくてはならないのです。カインは兄さんです。 そのようにアベルが責任を果たすことによってカインが、「あなたは私の後ろに立ってください。サタン世界のみ旨は私が引き受けます」と言って、先頭に立って戦うようになるのです。その時点からカイン・アベルが成立するのです。そして、「私のすべての財産と、すべての所有物をあなたの仕事のために捧げましょう。私の体が犠牲になっても構いません。私がみ旨の先頭に立ちます」と言えるのが、カインです。そうすることで天の国に行くことができるというのです。 カインはアベルの面倒をみなくてはなりません。兄さんが弟をみてあげるのが天のカインの道理ですから、弟を保護する運動が起きてくるのです。エデンの園では、カインがアベルを保護しないで殺してしまったのです。反対になってしまったのです。 このような原則があるにもかかわらず、今日の統一教会の信者の中には、自分は不信仰であろうと、不心情であろうと、不天国であろうとどうでもよく、「ただ先に入ってきたからアベルであり、お前はカインだから屈服しなさい」と言う者がいます。そんな法がどこにありますか! アベルが寝る時間が短いと不満をもらしたり、仕事もこなせず、実績も上がらず、全体の犠牲にもなれないとすれば、いったいどうなるでしょうか、皆さんもそのようなまねをするのですか? 次の問題は、天国に入る時にはカインが、「私が先に入ることはできません。あなたが先に入ってください」と言わなくてはなりません。天の父の前に進む時には、弟が兄さんの位置に立たなくてはなりません。では、それを誰が決定するのかというと、アベルが決定するのではないのです。カインが決定しなくてはならないのです。「統一教会で、自分はアベルだ」と思う人は手を挙げてみなさい。それでは、「自分は統一教会のカインだ」と思う人は手を挙げてみなさい。それならば弟のいないカインがいるのですか? (笑い) アベルがいなければカインもいないのです。カインとアベルの決定は、「お前はカインになり、私はアベルになる」と言って、互いに約束すればいいのです。「私が兄であり、私は弟になる」。こういうふうにです。 では、アベルとカインを結ぶ力の中心は何でしょうか? 不動の中心がなくてはならないのです。それが何かというと、信義と心情と理想です。信義は動くことができず、心情も動くことができず、理想も動くことのできない存在になっているのです。さて、次にもう一つの問題があります。理想に到達し、理想がかなえられると、理想に酔ってしまって二人が行くべき道を歩めなくなるということです。 皆さんにアベルはいますか、カインはいますか? カインとアベルはなぜ必要なのですか? 「私はこのアベルが嫌いだ」「カインにばかり仕事をやらせて何だ」。(笑い) どうして笑うのですか、本当のことでしょう。カインなんか煩わしい、みんな蹴ってしまえばいいじゃありませんか? (いいえ)。なぜ「いいえ」ですか、カインがいかに煩わしい者か知っているのですか? カインはこう言うのです。「統一教会はいいのだが、アベルというのは嫌いだ。天才主義ではないか。アベルは勉強もしていないし、あのような者が何だ。あれがアベルなのか」と。 カインのメシヤはアベル、アベルのメシヤはカインである 皆さんは、皆さん自身がメシヤであることを知っているのですか? カインのメシヤはアベルであり、アベルのメシヤはカインであるということを知らなくてはなりません。それを知らなくてはならないのです。今まで説明したそのような関係を結ばずしては、それを経ずしては駄目です。では、なぜそうしなくてはならないのでしょうか? この原因はエバにあります。エバは堕落して誰を生んだかというと、カインを生み、アベルを生んだのです。これが兄であり、これが弟です。堕落ののち、誰が先に生まれ兄になったかというと、カインが先に生まれて兄となり、アベルはついていったのです。これは何かというと、後ろからついていく根拠になるのです。そのために、カインがサタン世界の相続権をもっているのです。サタン世界のすべてのものの相続権はカインにあるのです。サタン世界はカイン世界ですから、カインのものになるというのです。 もし堕落しなかったならば、長子も天の側であり、次子も天の側になったはずです。これを知らなくてはなりません。そして、その国の相続は長子が受けたのです。長子が引き継ぐようになっていたのです。神様の原理法度は、先に生まれた人が父のすべてのものを管理し、責任を負うようになっていたのです。そして堕落した世界も、原理法度に従って規範どおりに運営していくというのです。 長子がサタン圏のものとなったのですから、二番目の息子はどのようにしてこの、長子の位置を越えていくのでしょうか? それは屈服させることです。長子の権限をどのようにして引き継ぐか、これが問題なのです。どのように迎え入れるかということです。争って越えるのではありません。不信から信義へ、不心情から心情圏へ、不理想から理想圏へと、兄さんは弟についていかなくてはならないのです。そうすることによって、昔カインがアベルを殺したことを償えるのです。従順にアベルについていくことによって復帰されるというのです。カインは自分のほうから先にアベルを殺したのです。何の話か分かりますか? このようないきさつに基づいて、二〇〇〇年前に、国家的アベルとして来られたのがイエス様であり、国家的カインはイスラエル民族でした。イスラエル民族は国家的カインの立場から、国家的アベルであるメシヤに絶対服従してついていくべきでした。イスラエル民族は自らが滅びたとしても、アベルであるメシヤを生かすべきでした。そうできたならば、イエス様は死んだでしょうか? イエス様は十字架で死んではならないという話はここから出たのです。死を決して守ったならば、カインはアベルを殺さずに生かしたはずです。イスラエル民族が二〇〇〇年間メシヤの出現を待望したのは、この蕩減法からきたものです。 母子協助 神様のみ旨の中で、弟が兄さんを屈服させることに誰が協助するかというと、お母さんです。母子協助です。お母さんのエバは、堕落の実であるカインを、アベルと一つになって復帰しなければならないのです。母子協助という言葉はここから出てくるのです。弟が兄さんを屈服させる摂理がいつ行われたかというと、ヤコブとエサウの時代です。エサウは外的な存在です。お母さんであるエバの立場は誰ですか? それはリベカなのです。堕落の種を蒔いたのはお母さんですが、復帰は息子にお母さんが手助けをし、また息子がお母さんを手助けしたのです。 エバが堕落する時、どのような事態が起きていたかというと、アダム、兄さんをだまし、神(父母)を偽り、堕落したのです。お父さんと息子の二人をだまして堕落したのですから、こちらからこちらに行くことで蕩減復帰ができるのです(黒板で説明される)。 エバが堕落することにより、カインが長子になりました。そこでヤコブは何をしたかというと、お父さんのイサクと兄さんのエサウをだましたのです。そして祝福を奪うのです。なぜこのようなことが聖書に記されているのでしょうか? これが聖書だろうかと考えてしまうのですが、しかしそれだから聖書なのです。祝福を奪い取ったのです。長子の祝福は、口で言って次子に与えられるものではないのです。ヤコブはその長子の祝福を要求したのです。ヤコブは知恵を使って言いました。「兄さん、おなかが空いているなら、パンとレンズ豆のあつものを上げますから、代わりに長子の嗣業を譲ってください」と。長子の嗣業は売り渡すべきものではないのです。それは自分の天国を売り渡したのと同じであり、自らを滅ぼすことになるからです。天国も神様もなくなってしまうのです。 エバの立場のリベカは、それほど重大な取り引きに対して、「お前たちが約束したとおりにしなさい」と言ったほかは何も触れていません。「お前たち、売れるものは売るし、買えるものは買えばよい」という調子です。リベカはヤコブに長子の嗣業を奪わせようと思いましたが、イサクが長子の嗣業をヤコブに譲らせるはずがないことははっきりしています。そこで思いついた方法が、兄弟で約束を交わさせることでした。 つまりヤコブはアベルの役割をしたのです。そしてヤコブはリベカに、「お母さん! 約束どおりになりました。兄さんはレンズ豆のあつものを食べて祝福を売りました」と言いながら、母子でこそこそと話し合ったのです。実は、こそこそしているのはエバでなく、アベルだったのです。そのようにしてヤコブが祝福を受けることになるのです。ヤコブを祝福したのち、イサクから「カインは祝福をすることができない」と言われたエサウは、ヤコブを殺そうという憤りを抑えることができなかったのです。それは何かというと、ヤコブがアベルの立場で、カインの脳みそを抜き取ったようなものです。何の話か分かりますか? もし統一教会がある村においてそうしたならば、統一教会は完全にその村のカインの福を占領することができるのです。祝福を奪ってくるということなのです。 ヤコブは二十一年間にカイン以上の基盤をつくる ヤコブは祝福を受けてから二十一年間、天の側の身代わりとなって、ありとあらゆる苦労をしました。家を出て、二十一年間苦労をしたのです。しかし、祝福を受けたはずのヤコブは、両親にも親戚にも、「私は神から祝福された。私は勝利したのだ」と言うことができなかったのです。エサウを屈服させる前は、そのように言うことができないのです。それをはっきり知らなくてはなりません。 ヤコブは結婚をし、家庭をもったのですが、妻子たちにも神様の祝福を受けた話はしませんでした。祝福を公認する立場にないからです。「長子の嗣業を相続したのですから、あなたが天の祝福を受けなくてはならない」というサインを誰がするのかというと、カインなのです。それをカインが認定しなくてはならないというのです。カインがエサウが認定しなくては、ヤコブは祝福を受けられないという話なのです。 では、ヤコブは家を出てから二十一年の間、何をしたのでしょうか? 自分の枠を築いてその中に氏族をつくったのです。カインより優秀な基盤をつくり、カインを消化しようとする運動をしたのです。その努力する姿を見て、ヤコブを神様が祝福してくれたのです。お金も多く、羊も多く、すべてのものが豊かに恵まれていたのです。ヤコブは母方の叔父や両親との因縁を大切に思い、それで、故郷ははるか遠い地にあったのですが絶えず贈り物をして、家族とのつながりを保ち続けていました。分かりますか? (はい)。そうしているうちに、エサウが考えるのです。“弟がいない、ハランに逃げたのだ。長子の嗣業を売った私が悪かったのだ。そうだ、私が悪かったのだから、私のほうから先に弟に会いに行かなくてはならない”。そして、「もう今は反対しない」と言って歓迎してくるのです。エサウも自分の過ちに気がつくようになるというのです。 こうして二十一年後、故郷に戻る時にヤコブは最上の物を兄に捧げたのです。僕も動物も、そして財貨もです。それらの万物を僕たちに持たせて先に贈らせました。「このように、これらの物をすべて差し上げます」と言いながら。しかし一つだけ、長子の嗣業だけは手離さなかったのです。それは、長子の嗣業を返さなければ殺されることもあり得るのを知っての上です。そして、そのようなことがないように、すべてから解放される条件をつくるために、ヤコブは必死に二十一年間を働いたのです。その条件を供えれば、サタン世界を完全に越えることができるのです。それが何かといえば、財物です。何の話か分かりますか? (はい)。これが歩むべき伝統の道です。これが伝統なのです。この伝統の公式はどの時代にも通用するものです。 「怨讐を愛せよ」 先ほど説明した家庭基盤、氏族基盤、国家基盤、世界基盤にこの伝統を立てなくてはなりません。ヤコブは、イスラエルの氏族を中心にした国家編成までの伝統を立てたのです。ここにおいて民族交代をするのです。イスラエルの氏族が、エジプトに大移動しなければなりません。ヤコブの家庭基盤がそうなったためにエジプトに入るのです。エジプトという異邦の国に入って、受難の道を歩むことになるのです。 氏族から民族基盤をつくり、次にエジプトに向かって移動しましたが、エジプトの国は長子の国です。文化も長子の文化ですから、サタンの文化なのです。イスラエル民族は次子ですから、文化も次子の文化です。すなわちエジプト文化はカイン型文化であり、イスラエル文化はアベル型文化なのですが、エジプト圏内でイスラエル文化がつくられていくのです。分かりますか? エジプトで民族的試練を受けながら、国家的基盤を築かなくてはならないのです。 そうして四〇〇年の間、僕として過ごしたのです。それは迫害を受け続ける長い道程でした。その受難の中で信義のイスラエルの民族となり、また心情において天を愛することにより、彼らの前に、大いなる恵みが与えられることになりました。イスラエル民族を神様は祝福せざるを得なかったのです。 イスラエル民族は、エジプトの最下級以下の人たちと交流を深めており、高位の人ほどその間に隔りがありました。天の摂理圏にある、アベル圏の立場のイスラエル民族が親しくしたのは、社会からつまはじきにされた人たちでした。イスラエル民族を愛した下層のエジプトの家族たちです。しかし上流階級の人たちはイスラエル民族を蔑視したのです。そして、エジプトの地でイスラエル民族は次第に増えていったのです。 やがてエジプトの民は、このままではイスラエル民族のためにエジプトの民がいなくなり、エジプトの地がなくなるのではないかと恐れるようになり、国王は王権が奪われ、国中が侵害されてしまうと危惧したのです。国王が、「さては長子の嗣業を奪いに来たのか」と警戒するのです。これは公式なのです。 さあそこで、モーセがイエス様の仮の立場で現れ、カインがアベルを殺した歴史の、国家的基準を越えるのです。個人的犠牲を耐えなくてはならず、国家的犠牲を耐えなくてはならないのです。イスラエル民族は耐えること四〇〇年間、怨讐に対して耐え続けたのです。イエス様が言われた「怨讐を愛せよ」ということはここから生まれたのです。既成教会はこれを知りません。イエス様が何をもとにして、「怨讐を愛せよ」と言われたのかを知らないのです。ヤコブも怨讐であるエサウを愛したというのです。兄弟を愛するのも、神様を愛するのも、父母を愛するのも同じことなのです。そのように、神様を愛しているから兄さんを愛することができたのです。兄さんから見れば、自分がアベルの立場ですから、ヤコブがカインであり、ヤコブはまたイエス様の立場でもあったというのです。イエス様の兄弟なのです。この兄弟が一つにならなければ必ず神様の仕事が複雑になるのです。分かりますか? イスラエル民族はこれを解決したのでしょうか、できなかったのでしょうか? エジプトで兄弟のような立場を、国家的次元でイスラエル民族が解決しているのでしょうか、いないのでしょうか? (解決しています)。そのように解決したのならば、エジプトでは他にすることがなく、イスラエル民族はエジプトでの受難期を終えてカナンに復帰したでしょう。しかし、カナン復帰してから何をしたのかというと、メシヤを待つ間に、もっと大きなカインであるローマ帝国の国家圏内に入っていったのです。ローマ、それは世界圏なのです。もし、カインであるエジプトを屈服させて、一つになっていたならば、ローマは問題ではありませんでした。ローマは問題外だったのです。 カナンに復帰してから、イスラエル民族に大勢の優れた頭脳をもった人々が生まれました。それは神様が祝福したからです。次第にイスラエル民族が繁栄していくので、ローマ帝国は恐れ始めました。ローマ帝国は、イスラエル民族にはメシヤ思想があるということを知るようになったのです。イスラエル民族はメシヤの名を呼び、「我々はローマの兄弟ではなく、神様が送った人の兄弟だ」と叫んでいました。 そして、イスラエル民族はローマ帝国から打たれたのです。メシヤを信じる人たち全員がです。そうすることでローマ復帰が始まるのです。一方、ローマ帝国でもイスラエル民族と親しむ人々が増えていき、イスラエル民族の勢力が広い範囲に及びました。その時期にイスラエル民族がカナンの人々と一つになって、メシヤを迎えたならば、メシヤとイスラエル民族が完全に一つになることができ、カナンにいる十二支派も完全に一つになれたのです。 そして次はどこに行くかというと、アラブ圏を通って、インドへ通じる道が用意されていたのです。当時、ヨーロッパはローマ強国に直轄されていました。アジアを中心に世界が一つになるためにはまず、アラブ圏内でイスラエル民族が一つになった条件を立てるべきであったのです。それができたならば、インドと中国はイスラエル民族を応援し、受け入れたはずなのです。インドと中国はローマ帝国に圧力をかけ、イスラエルの政治的基盤を強力にしたに違いないのです。イエス様が血を流したのはなぜでしょうか? 本来イエス様はこの地点を通過して中国に渡ったに違いありません。中国とインドは宗教圏であり、ローマは純然たる人本主義圏です。キリスト教は絶対にローマでなく、インドから中国に渡ったはずでした。東洋にキリスト教が伝わるという結論です。それを知らなくてはなりません。 しかし、イスラエル民族がメシヤに反対したために、どこに行ってもキリスト教信者たちは打たれて歩くようになったのです。追われつつ、より大きな怨讐のいる、より大きな国に入って、より大きな蕩減をしなくてはならなくなったのです。 イスラエル民族はローマの中に入ってしまいましたが、本来の神様の計画は、東洋にキリスト教を迎えることでした。しかし、イスラエル民族が反対したためにアラブ圏の道がふさがれてしまいました。そしてローマ帝国に逃げて行ったために、ローマ帝国を相手に勝利しなければならないのです。そうしなければ、追われていくだけなのです。この世界が許さないのです。民族が離れ離れになってしまうのです。信義の人、心情の人、理想の人になるか、否かにかかっているのです。イスラエル民族も一つにならなければ、カナン復帰はできないのです。一つになることによってこそ、下水溝の底のような位置からはい上がって、ローマ帝国に勝利することができるのです。 ついにそのような底辺から立ち上がった大衆運動が、ローマ帝国をしてキリスト教を受け入れさせ、全世界はローマの支配下に集まったのです。この勝利が、イエス様が死なずして勝ち得たものであれば、イエス様は天下を統一したはずでした。しかしイエス様の死によって得たものなので、キリスト教は霊的キリスト教文化圏としてのみ世界に広まったのです。 ローマの世界制覇は、教皇を中心とした自由世界のローマ統治時代の幕明けとなったはずでしたし、その時の王がアベルに屈伏したならば世界は統一されていたのです。国民が知ろうと知るまいと、アベルが王に向かって、「王よ、あなたは私の言うことを聞きなさい」と言い、王が、「はい。絶対に服従します」と答えたならば、この世のすべては平安に治っていたはずなのです。 本来、イエス様は死なないで、元老院と折衝すべきであったのです。しかし十字架のために、キリスト教は、ローマを経て英国に渡り、アメリカを回って中国に向かい、再びローマに戻っていくのです。アジアを通ってローマに戻るという逆の道をたどっていくようになるのです。 その過程で、霊的であるはずの教会が物質的な教会になり、西欧文明の外的なキリスト教になったのです。精神的文化のキリスト教がなぜ、実用主義の物質的なキリスト教になったのか、キリスト教自身も分からないでいるのです。キリスト教が物質的アメリカを導いていかなくてはならないのに、物質的アメリカがキリスト教を引っ張っているのです。逆になってしまったのです。これを逆転させなくてはならないのです。 アメリカの不信仰 アメリカにサタンが入ったのです。サタンとしては、キリスト教を滅ぼさなくてはならないのであり、家庭と倫理を滅ぼさなくてはならないのです。その的の中心は、二世の青年たちです。神様が入らなくてはならないのに、サタンが入って全部を堕落させています。若者たちは酒を飲み、ディスコ・ダンスに夢中です。二世たちは国がないと言い、宗教も必要ないと主張するのです。全く単純としか言いようがありません。父母を否定し、兄弟を否定し、家庭を否定し、国を否定し、宗教を否定しているのです。すべてが否定であり、ただあるのは自分一人の人生なのです。 愛についても、人が何と思おうと身勝手な愛に溺れているのです。サタンが若者たちに淫らな行いをさせるのです。日本女性を愛したあとで中国の女性も愛し、黒人の女性も愛して、十二種以上の女性たちを放蕩させているのです。サタンの所有物だからそうなるのです。自らを破滅させる者たちにはサタンがついているのです。 これらはみな、アメリカで起きていることです。アメリカの女性は、男性と簡単に結ばれているのです。これらの人たちは落伍者です。必要のない人たちです。今夜はどこへ行こうか、東に行こうか西に行こうかと考える、このふしだらな女たち。女が問題です。男よりも女が問題なのです。そのように女たちは、あのエジプトの時代も今も、村や町のあちらこちらで、時には路上で男の遊び相手となっているのです。アメリカの女性たち、どうですか、そうでないのですか? これからアメリカの女性に何が起こると思いますか? 嫁にいきたくても、アメリカの女性はまず同じアメリカの男性から嫌われるようになります。嫁にいっても娼婦のような女たちです。パーティーなどと言って、家を回りながら、愛を売り歩く女たちです。そのように歩き回ったあとどうなるのでしょう。今に一人住いの女性のアパートが数十棟、ずらりと列をなして建つ日を、アメリカは目前に迎えているのです。このことゆえに世界中から打たれ、「ヤンキー・ゴー・ホーム」と叫ばれ、追放される日が来るでしょう。これは、レバレンド・ムーンが作った話ではなく、神様が教えてくださったことです。アメリカはこのように不信仰に陥っています。カインがアベルを殺した不信の歴史は、殉教の形で受け継がれており、終末の最後の時まで天の人は卑しまれ、世界の果てまで及ぶということを知らなくてはなりません。 アメリカは韓国を犠牲にしようと陰謀をたくらみましたが、時を逸して失敗しています。どういうことかというと、この線がアメリカの行く道です(黒板で説明)。韓国を通過しなければなりません。このように、アメリカは韓国を切り離すことのできない運命にあるのです。加えて、キリスト教がアジアを通過しなくてはならないことを意味するのです。イエス様が死ななかったならば、アジアの東洋文化世界を中心にして、世界を指導し、その精神的基準はアジアにおいたはずでしたが、イエス様の死により、物質的世界が精神的世界を求めて行かなければならない立場に置かれてしまったのです。そのため、キリスト教文化は逆の道を回り、物質を根拠にしてきましたが、今度は物質世界の西欧から精神世界を捜して、世界を一周する役事をしなければならないのです。 レバレンド・ムーンの使命はアベル的歴史の収拾 現在アメリカは滅亡の危機に瀕しています。統一教会の我々は、このアメリカを救うために、韓半島を通過してこの地に集まってきて、二世たちに手術を施しているのです。 レバレンド・ムーンの使命は何でしょうか? それはアベル的歴史を収拾することだというのです。今日世界的に拡大した人類の数から見て、カイン・アベルの歴史も、二人の歴史ではなくなっています。それを一人の人が解決しなくてはならないのです。 家庭を中心にして見る時、家庭には必ずカイン・アベルがいて反対し合うのです。家庭的時代から氏族的時代に移ると、加重された十字架がカイン・アベルに負わされることになるのです。氏族的反対があってそれを越えると、より大きな民族的カイン・アベル圏に入り、国家的、世界的へと広がっていくのです。そのように役事をしなければならないのです。そして、今日の全世界的カイン圏は何かというと、天の前に一番近いキリスト教です。来られる主の前にはキリスト教がカイン圏なのです。ユダヤ教がイエス様の前にカイン圏であったことと同じ立場に立つのです。 ユダヤ教のすべての祭司長や祭司たちがイエス様に、「この世のすべてが、あなたのためのものですから、ユダヤ教もあなたのためのものです。すべての財産とこの身を捧げますので、どうぞ指導してください」と言ったならば、「分かりました」と言うイエス様の一言で、アベル圏ユダヤ教としての大きな恵みを受けることができたのです。そうすれば、ユダヤ版図を中心にして、ユダヤの国王と一つになることができたのです。 そこで国王が、「私はあなたの絶対カイン圏として服従します」と誓ったなら、国家的アベル世界が広がったのです。次は、もっと大きな国ローマを、そしてインドや中国を屈服させれば、世界的版図の世界統一が成就したのです。その日に、世界は完全に一つになれたのです。 英国が世界的な支配力をもった時代には、アジアもインドもその支配下にありました。国土を擬人化した場合、半島は息子であり、島はお母さんです。それを知らなくてはなりません。キリスト教はどの道を通ったかといえば、ローマの国を中心にして、ヨーロッパを過ぎ、英国を経て、次は大陸に、お父さんである大陸に行くのです。そのようにしてアメリカ大陸に入ったのです。 アメリカは男性です。そして天の側の女性の国家は島国です。ですから、島国の日本を通過してアジアを回らなくてはなりません。島の次は半島です。半島は息子です。韓国は息子です。必ず、日本から韓国への過程を通らなくてはならないのです。物質的なものが、精神的な世界に入っていくのです。アメリカも、日本についていくようになるのです。 最近は一つになる道しかないのです。韓国の統一教会もキリスト教と一つになるならば、アメリカとも自然に一つになれるのです。世界を代表した立場でアメリカの宣教師がみな韓国に入っているではないですか。 二〇〇〇年間、繁栄し発展してきたキリスト教は、約二十年前に力を失ってしまいました。罪のない統一教会に反対したからです。我々統一教会は底辺の位置にありましたが、今やはい上がって世界的キリスト教に勝利したのです。全世界のキリスト教が、レバレンド・ムーンをどうすることもできないのです。統一教会をどうすることもできないのです。 ヤコブは七年で終わらせることを、二十一年かかりました。キリスト教が七年の間で統一教会と一つになったならば、七年以内に世界的統一をして余りあったのですが、その責任を果たせなかったのです。統一教会は、一週間以内で思想を変えることができます。たったの七時間で思想が変わることもあります。皆さんがそうであったからです。それは本当ですか? (はい)。皆さんがそうであるのに統一教会に反対し、レバレンド・ムーンを踏みにじり、「レバレンド・ムーンはブレーン・ウォッシュをして、搾取した」と悪口を言った世界中のキリスト教も、七時間でその思想を変えることができるのです。七時間です。そういうことを可能にしたレバレンド・ムーンが罪人になるとしたら、悪いことで罪人になるのでしょうか、良いことで罪人になるのでしょうか? (良いことでです)。 それでは、レバレンド・ムーンが個人的カイン・アベルの蕩減復帰を瞬間的に果たし、家庭的カイン・アベルの蕩減復帰も瞬間的に果たせるならば、すべてのカイン・アベルの蕩減復帰も瞬間に終えることができ、キリスト教会の世界的版図も瞬間的に乗り越えることができるのです。 その機会は、私がアイゼンハワー大統領に会った時にあったのです。そのころは韓国動乱が起きていた最中でした。アイゼンハワー大統領が私の考えを受け入れたならば、キリスト教が反対したものを蕩減復帰できたのです。私は間違いを指摘してあげましたが、彼のアジア政策はことごとく反対に回っていったのです。何の話か分かりますか? 彼はキリスト教が反対したことを蕩減復帰しなくてはならなかったのです。ですから、世界史的カイン圏の蕩減条件を立てなくてはなりません。それで七年の間にアメリカで、世界中の動きを正す運動を展開することになったのです。そのような目的で私はアメリカに来たのです。 より大きなカインを求めて戦っていく公式の道 一九八〇年までが七年路程です。全部を合わせると二十一年です。世界蕩減に反対したために、そのような世界蕩減の路程を歩むことになったのです。三次七年路程を中心にして、打たれながら統一の日まで歩み続けなくてはならないのです。それで先生が打たれてきたのです。また、私に反対した大統領も打たれたのです。先生の話を受け入れたならばこのようにはならなかったのです。それで、アメリカの統一教会の中にも騒ぐ者たちが現れたのです。彼らはいつの間にかいなくなることでしょう。「私は、アベルについていけない。アベルは嫌いだ! 先生にも厳しくてついていけない。ついていけない」と、このように不平不満を言い散らすのです。アメリカの国民が統一教会を受け入れようとする時は、また統一教会の群れたちが落ちやすくなるのです。 統一教会はどのような反対を受けたかというと、私が何もしなくても、アメリカの人々は統一教会の信者たちをけなし、先生がさも暴力人間か詐欺師かのように言いふらしているのです。アメリカの国民は審判されなくてはなりません。 もし、アメリカの国民がみ旨の責任を果たさなければ、南米人が果たし、黒人が果たし、アジア人が果たすというのです。白人たちがみ旨を放棄した場合は、スペイン人がやり、黒人がやり、アジア人たちが成就するのです。世界がアメリカを打つ日が来ます。それが何の話か分かりますか? 南米ではレバレンド・ムーンを招請しています。「敬意をもって、歓迎する」と言って、人を送ってきているのです。レバレンド・ムーンが南米に行くとすれば、皆さんはアメリカに残りますか、ついていきますか? (ついていきます)。南米に行って何をするのですか? その国に行くというのは、迫害を受けにいくことなのです。新たな迫害を受けにいくことなのです。そこでは我々をさげすむ「ムーニー、ムーニー」という声が、アメリカ以上に高まるでしょう。 しかしそこで、何回も会って協議を繰り返しているうちに、下層階級の人たちはレバレンド・ムーンとムーニーたちが好きになります。今やアメリカの反対で、下層部にいる黒人たちとスパニッシュたちが行き来しています。レバレンド・ムーンの下に集まっているのです。そして、「ムーニーは信義のある人で、心情的で愛のある人であり、思想のある人たちである」という噂が次第に広まって、今度は歓迎の、「ムーニー、ムーニー」の声を聞くようになるのです。今のアメリカの不信仰、不心情、不思想も覚えておきなさい。語る言葉はみな覚えておきなさい。もし摂理が延長されたならどうなるでしょうか? 七年路程でアメリカが方向を変更しない場合、二〇〇〇年まで摂理が延長してしまうのです。 私はアメリカの牧師たちに、英国、南米、ヨーロッパ、アフリカ、アジアに新しい基盤をつくらなくてはならないと指導してきました。この指導をアメリカが支援すれば、私は遠からずして間違いなくモスクワ大会を開きます。たとえ一人であってもです。何の話か分かりますか? それで先生は、青年の皆さんを厳しい試練の場に送り出しているのです。そのような試練を与えるのはなぜでしょうか? アメリカの幹部たちは先生を怖いと思っているのですが、君たちもそうでしょうか? 先生は厳しいのです。誰のために厳しくするのかというと、民主世界のためにそうするのです。共産主義の打倒を先生が一人でやっているのです。共産党が背後から攻撃してくるのを、先生が一人で受けているのです。サタンの攻撃を先生が一人で受けているのです。キリスト教会からのサタンの攻撃も先生が一人で受けているのです。 皆さんは、攻撃されるのが嫌ですか? みんな嫌がっているのではないですか。では一つ聞いてみましょう。昔、愛していた、好きな男性、好きな女性に会いたくないですか、その人が恋しくないのですか? ディスコに行って踊り、学校では自分の自慢をし、自分だけが満足する生き方をしたくはないですか? クリスマスや年末でにぎわう通りを歩きたいでしょう。おいしいごちそうを思いきり食べたいのも知っています。しかし、君たちの現実は全く別のものです。 アメリカ人で、レバレンド・ムーンが死んだらいいと思う人が、どれほど多いか知っていますか? 国務省でさえ、レバレンド・ムーンを追放しようとしているではないですか。「彼をこのままにしておくとアメリカが危ない。彼はアメリカを滅ぼそうとしているのだ」と言っているのです。昔のローマ帝国と、そっくり同じことをしているのです。アメリカ全土でレバレンド・ムーンをのみ込んでしまおうとしているのです。今、我々にとって、キリスト教が怨讐であり、共産党が怨讐であり、アメリカ人が怨讐となっているのです。民主主義も、共産主義も、キリスト教信徒も、アメリカもすべての人々がレバレンド・ムーンを嫌っているのです。 これが公式なのです。アベルという名の公式です。歓迎せず、反対する日にはこの公式どおりのことが起こるのです。天の側の人は、サタン世界では、反対されても歓迎はされないようになっているのです。そのような見方で歴史の内容を分析する時、アベルは、「個人的カインよ出てこい。家庭的カインよ出てこい。氏族的カインよ出てこい。民族的カインよ出てこい。国家的カインよ出てこい。アジア的カインよ出てこい。世界的カインよ出てこい。共産主義の世界的最後のサタン、カインよ出てこい」という具合いに、より大きなカインを求めて戦っているのです。 カインは全部アベルを殺そうとするのです。個人的基盤で殺そうとし、氏族的基盤で殺そうとし、国家的基盤で殺そうとし、世界的基盤で殺そうとするのです。蕩減をするのにも、個人のレベル、家庭のレベル、イエス様のレベルなど、いろいろな蕩減の段階があるのです。それを知らなくてはなりません。 では、皆さんにアベルがいますか? (いいえ)。何が「いいえ」ですか。アベルのレバレンド・ムーンと一つになるのです。一つになって伝統を立てるのです。レバレンド・ムーンは、天の国の摂理的伝統をつくるために来ているのです。その伝統は単にアジアや韓国だけのものではありません。それは神の伝統なのです。(拍手) 私は個人を信じたいし、家庭を信じたいし、氏族を信じたいし、民族を信じたいし、世界を信じたいのですが、すべてが信じられません。信じられるのは自分自身だけです。分かりますか何の話か? (はい)。もう分かりましたね。この世がどうなっているのか、世界がどうなっているかということを。先生は反対を受けるたびに、「この身に世界中の反対の弓矢が当たろうとも神様のみ前に恥じないアベルとしての十字架の道を越えさせてください」と祈って乗り越えてきたのです。今後は共産陣営のモスクワで、アダムの仕事を成功させることです。その時、皆さんは共産党に勝利できますか? 共産党に勝利して、次は何をしますか? 皆さんはソビエトに行かなければなりません。皆さんはその国で働き、その国に住まなければなりません。それにはお金も必要ですし、友達も必要になります。それをどのように解決するのですか? それには基盤をつくることです。黙々と基盤をつくらなければなりません。 そうすることで、カンボジアの青少年のことを、ベトナムの戦争のことを、回教圏で戦う人々のことを考えられるのです。これらの考えをもって、心情の中に鋭敏に感じ取った不義なるものを歴史から除去してしまわなくてはならないのです。ベトナムの人々は家族がバラバラに分かれて生きているのです。そのような悲惨さをよそに、皆さんは今まで甘く楽しいことばかり考えて生きてきました。そのままの延長では、果たして世界に出て天のみ旨を立てることができるのかというのです。 み旨の地で「神様! 私を保護してください」と言っても、絶対に保護されないのです。アメリカで私から受ける訓練は、共産主義からの大きな迫害を消化させるためのものです。迫害を乗り越えて、未来世界に行く準備です。未来世界で神様にお会いする準備をするのです。そのためにはもっと苦労しなければなりません。私は皆さんを骨が抜けてしまうほど訓練させるつもりです。 韓国の蘇生圏、日本の長成圏を吸収して、アメリカの完成化を 今日まで、数十年たちましたが、その間皆さんを愛さなかったとでも思うのですか? レバレンド・ムーンは、韓国人を最も愛し、その次は日本人を愛し、三番目にアメリカ人を愛していると思っているのですね。皆さんは原理が分かっていません。私は韓国を捨て、日本とアジアも捨て、アメリカを訪ねてきたのです。なぜかというと、アメリカは世界的な版図であるためです。世界中の民族がアメリカに来ています。韓国人も日本人も先生と一緒になって苦労してきました。皆さんも、その苦労の伝統を受け継ぐのです。その文化を受け継ぐのです。 今まで何を行ってきたかというと、新しい文化と生活方法を残し、新しい伝統を立てるための仕事をしたのです。皆さんは韓国と日本の食口から先生の生活方法と伝統を聞いて、いろんなことを知っているでしょう。それらは全部私が教えたものです。私は多忙なため、個人のためのみに時を費やすことはできないのです。そこで一つの方法として、指導できる人たちを連れてきて、私の代わりに教えるように指導しているのです。皆さんたちはその指導者たちから、文化と生活方法を学ばなくてはならないのです。皆さんには伝統がありますか、あるとすればいったいどこの伝統ですか? 皆さんは日本や韓国の指導者なしに、自分たちだけでみ旨をしたいと願っているに違いないのですが、果たして皆さんだけでみ旨ができると思いますか。韓国が蘇生で、アジアが長成で、アメリカが完成だとすれば、蘇生圏を吸収して、長成圏を吸収して、完成化すべきではないでしょうか。天使長が、アダム圏、エバ圏以外のどこから何を受けるのですか? それを知らなくてはなりません。しっかりと覚えておかなくてはなりません。 アメリカ人がアメリカで仕事をするよりも、韓国人や日本人がアメリカで仕事をすることは、はるかに骨が折れるということを皆さんは知らなくてはなりません。韓国人が英語をしゃべり、日本人が英語をしゃべらなくてはならないという、そういう原則はないのです。逆に皆さんたちにも同じことがいえます。しかし先生は英語を学び、日本語も学んでいるので、皆さんも韓国語を学び、日本語を学ばなければなりません。 韓国人に話すためには韓国語で、日本に行けば日本語で話し、アメリカに来れば米語で話せるように私は努力しました。言葉が通じないため、アメリカに来てからどれほど面倒な思いをしたかしれません。本を見れば分かることでも、会話となっては出てこないのです。そのような経験をしながら、韓国では「イエス」と「ノー」しか知らなかった私が、今では大分聞き取れるし、理解もできるようになりました。 初めのうち、言葉が理解できない部分は心情で理解しようと努めてみましたが、どれだけ言葉が重要か、改めて教えられる思いです。皆さんは先生よりも若いのですから、「学べ、学べ、学べ」と言うのです。先生の年になると本を読むのも大変です。昔だったら二十ページぐらいなら、一度読むだけでも自然に単語が頭に入ったものですが、今はそうはいきません。きのうも単語の勉強をするつもりで、夜三時間ほど頑張りましたが、これがくねくね、あれがくねくね、ちらちらして、虎文字です。健忘症に陥ったような気持ちになってしまうのです。 最近になって少しずつ分かるようになったのですが、勉強の苦痛は知らない時より大きいのです。何の話か分かりますか? (はい)。外国の地に行って仕事をするということは、そのように言葉の悩みがつきまとうのです。皆さんが私の立場であったなら、仕事を投げ打って逃げてしまっていることでしょう。 私はこの国を救ってあげようとするのに、この国は私を捕まえて殺そうとしているのです。私に何の罪があるというのでしょうか。この国を救うために、膨大な資本を注いでいます。そのことに対して同情されることは願いませんが、私を捕らえるのでなく、彼ら自身は同情しなくてはならないというのです。 さあ、それでは、皆さんはアベルをもっていますか? (はい)。それは誰ですか? (先生です)。先生は天の側に立っているのですか、サタン側に立っているのですか? (天の側です)。では、先生が迫害されるべきでしょうか、皆さんが迫害されるべきでしょうか? 原理的に先生の話を考えてみなさい。「私はこんなに苦労しましたから、先生覚えていてください」と言うべきでしょうか、「先生、責任を果たせなくて申し訳ありません」と言うべきでしょうか? 原理がすべてに通じる公式である 自分がカイン的基準で迫害されたならば、その迫害に負けず、より高い基準の迫害へと乗り越えていくのです。氏族的迫害から民族的迫害へ、民族的迫害から国家的迫害へ、国家的迫害から世界的迫害へと、迫害を受ける次元を高めながら先生の歩む道を直くしなくてはならないのが皆さん自身の責任であるのに、私は世界的迫害は嫌だと言うのですか? (いいえ)。「迫害という迫害はみな引き受けて、先生が行かれる道を、アベルが行く道を自分がつくってみせます」と言えるようにならなくてはなりません。(はい)。 先生に対してアベルというのですが、そのレベルは、家庭的レベル、氏族的レベル、国家的レベル、世界的レベル、天宙的レベルのどのレベルなのですか? (天宙的レベルです)。 天宙的レベルになれば、カインも祝福されるでしょうか、されないでしょうか? み旨を成したあとで、天宙的レベルになれば、神様の前で私が祝福を与えることにより、家庭段階に入っていかなくてはならないのです。アベルの家庭を中心とするカイン家庭は、「我々の家庭が犠牲になっても、アベルの家庭は犠牲にさせないでください」と祈るのが道理であるにもかかわらず、「我々の家庭は犠牲にしないで、アベルの家庭を犠牲にしてください」と言うのですか? (いいえ)。それならば、「先生はイースト・ガーデンでいい暮らしをし、我々の家庭は惨めな生活をしている」と言うのは、どういうことですか? それがカインの言う言葉でしょうか、カインがそのようなことを言えるようになっているのですか? 先生は、そのような祝福家庭の事情を知った上で言っているのです。 イースト・ガーデンを守るためには、喜んで迫害され、家族も家庭も犠牲になれるようでなくてはならないのです。皆さんはイースト・ガーデンを保護するためには犠牲となる責任があるというのです。先生にはまた、守ることのできる天の側の本物のカインをつくる責任があるのです。皆さんを昼も夜も苦労させているのは、早く蕩減復帰して、永遠なる世界的位置のカインとならしめるためです。原理がそうだからです。先生は例外だとでも思うのですか? 原理はレバレンド・ムーンに対しても同じだというのです。何の話か分かりますか? レバレンド・ムーンの息子たちは今まで何をしたのでしょうか? 個人であっても、世界史的個人として、世界史的家庭として、世界史的氏族として、世界史的民族として、世界史的国家として、世界史的世界として立つことができるよう、天宙を賭けて戦ってきたのです。そのようにして、世界史的位置を定めることができたというのです。その位置は誰のために定めたのかというと、皆さんたちのために定めたのです。 もし、共産党が民主世界を襲撃した場合、我々は民主世界を守るために天軍となってサタン世界と戦わなくてはなりません。その時、その位置は皆さんを守る柵となるのです。保護は柵の中で受けるのです。ですから柵がなくてはなりません。先生はこのアメリカに、共産主義の侵入を防ぐことのできる世界的柵をめぐらせようとしているのです。この柵が皆さんたちの家庭を守っているというのは事実なのです。何の話か分かりますか? これは原理的思想による話です。原理的思想をもたない者には理解できない話です。原理に外れたことを言わないように気をつけなければなりません。この原理を知らないと、伝統の原理も生活の原理も知ることはできません。原理に従って伝統が受け継がれ、原理に従って生活も営まれますが、これは、原理がすべてに通じる公式であるからです。 レバレンド・ムーンは最も原理の公式どおりに生きているのですが、歴史上の世界的迫害を受けるというこの事実はなぜでしょうか? それは世界的アベルの責任があるということを示しているのです。分かりますか何の話か? (はい)。黒人たちでレバレンド・ムーンに反対する人がいますか? (いいえ)。最初は反対したのです。世間の噂を聞いて、最初のうちはレバレンド・ムーンは間違っていると非難していたのです。しかし、蕩減期間は短いのです。 神の前に信仰、愛、理想においてアベルでなければならない 世界の一二七カ国に宣教師を送ったのは全部、攻撃を受けさせるためです。世界的反対を受けさせるためです。宣教師はアメリカ人、日本人、ドイツ人の組み合わせでした。アメリカは南北アメリカの代理であり、日本はアジアの代理であり、ドイツはヨーロッパの代理です。この三つの国の宣教師たちが世界の国々に派遣されていったのです。三人の宣教師はそれぞれに、かつての敵対国家の国民です。その怨讐同士で一つにならなくてはならないのです。これはやさしいことでしょうか? (いいえ)。そこでもし、「自分がアベルだから従順に従え」と言えば、怨讐は従うでしょうか? アベルは、カインに尽くしたあとにアベルとなるのです。互いに相手を尊重しなければなりません。尊重されるためには先に、カインとなる人に尽くすのです。誰よりも信仰心が厚く、誰よりも愛の心情が深く、誰よりも理想的であるという模範を示し、自然屈服させたあとに、カインたちのほうから、「我々の代身となって指導してください」と願われた時、「はい」と答えてアベルになれるのです。 そうであるのに、食事の時に一番先に御飯を食べるのがアベルですか? (いいえ)。「私は食べ残りでもいい。君たちが先に食べなさい」と言うのです。休む時も「君たちは休みなさい。私はもう少し仕事をしてから休みます」と、言わなくてはならないのです。そこでカインが、「あなたは天の人です。どうぞ私たちの代表者となってください」と言ったならば、その時から御飯を先に食べてもいいし、先に寝ていいし、先に休んでもいいと言うのです。 先に入教したからアベルであり、先に食べて良いという、そんな法はないのです。年取った人が、先に生まれたからといって天を先に知るというのですか? 統一教会の前にも、神様の前にも先に入った者がアベルではないのです。信仰においてアベルとならなければならないのであり、愛においてアベルとならなければならないのであり、理想においてアベルでなければならないのです。助けてくれず、伝道してくれなければアベルとは言えないのです。アベルは低くなければなりません。またエバの立場も低くなくてはならないのであり、アダムの立場も低くなければならないのです。これが何の話か分かりますか? (はい)。これがアダムとエバの位置です。 カイン、アベルは一つになっていなければ、祝福は受けられないようになっているのです。その三者とは、神様とアダム・エバ、そして息子・娘です。 皆さんも同じです。なぜ伝道するのかというと、父も子も、四位基台をもたなければならないからです。内的にも外的にも、子女が生まれれば食べさせなくてはなりません。自分の子女だけでなく、他人の子女たちも食べさせなくてはならないのであり、結婚させる準備もしなくてはなりません。ですから、各自が資金をつくることもでき、伝道することもできなくてはなりません。 まず外的に家庭を祝福して、次は自分の息子、娘を祝福してあげるのが原理です。先生もそのようにするのです。先生も、原理があるから勝手にはできないのです。もし勝手にできるならば、私がなぜ苦労するでしょうか。皆さん、今日のこのアメリカの自由奔放な結婚を見てみなさい。祝福の意義を無視しているのです。全く許せないことです。貧しいのは嫌だとけちをつけるし、顔はきれいでなければいけないと要求するのです。どれほど頭の痛いことでしょうか。良いものは全部自分が得ようとする欲張りです。ある者は「レバレンド・ムーンとその息子、娘は良い暮らしをしているのに、我々は苦労しています」と、不平をもらしています。それは皆さんがレバレンド・ムーンを助けたのでいい暮らしをしているとでも言うのですか? 先生は血の汗を流し、世界で苦労しながら、自分の力で生活しているのです。何の話か分かりますか? (はい)。外的に先生が祝福してあげて、そして食べさせてあげて、嫁に行かせる時には、世の中のお母さんお父さんが生んでくれた以上にしてあげなければならないのはなぜでしょうか? 三家庭以上が、先頭に立って天の祝福を受けるのを讃揚してから、内的家庭が生まれてくるのです。これが原理です。それから皆さんが、今度は「このように、我が息子、娘にも」と教えるのです。そのような自分の内的家庭として、一つになることのできる教育を教えているのです。 そして、私がこのアメリカでは住めなくて、追い出される時、「あなただけが出ていくのです」と言うのではなく、霊的子女として共についていくのです。それは、自分が世話になったことを報いるためにです。あなたの息子、娘に対し「これこれこうだから、それを報いるためについていかなければなりません」と、言うのです。「あなたが私のために、また私たちの三家庭のために尽くしてくださったので、我々三家庭はあなたの息子、娘が結婚される時にはすべての精誠を込めて、あなたが苦労することを、我々が代わってあなた以上にしてあげたいのです」。このように報いていけば、今度は自分の息子、娘を愛することができるのです。アベルの息子、娘を愛するように、自分の子女たちを愛することができるというのです。 アベルは目的をもって世界に伝統をもたらす者 アベルはそのような目的をもって世界に出ることができます。伝統をもたらすのがアベルですが、その一つの希望をもって働くのです。伝統を残すためです。伝統は誰が立てなくてはならないかというと、アベルが立てなくてはなりません。アベルが、祝福家庭がです。何の話か本当に分かりますか? (はい)。それで、その復帰の基準が何かというと、僕の僕から、僕の位置、養子の位置、その次は実子の位置、父母の位置、神様の所に来るのです(黒板に書かれる)。これが統一教会の復帰の公式だというのです。 ではこの「僕」とは何かというと、天の側からサタンの側に来た人を指すのです。サタン世界の僕の僕の位置だということを知らなくてはなりません。僕の僕から蕩減復帰しなくてはならないのです。その時、彼らは、「彼が我が家を奪いに来た」と言うのです。「主が来る時は盗人のように来る」と言うのです。サタン世界の泥棒です。それが誰ですか? (イエス様です)。皆さんもそうです。四方を見回して見て、自分がひどすぎたことを知り、息子を見るのも恥ずかしいし、お母さん、お父さんを見るのも恥ずかしいのです。また隣近所を見るのも恥ずかしく、国を見るのも恥ずかしく、世界を見るのも恥ずかしいのです。それを悟ったので屈服してきたのですね。 皆さんはいつサタンが屈服し、いつカインが屈服するのかを知らなくてはなりません。いつ僕が屈服するのでしょうか? 隣近所で、「あいつを殺さなくてはならない。こいつ死んでしまえ」と、このように迫害されるというのです。そうしたあとで、サタンが屈服するというのです。皆さんはそのような迫害を受けたことがありますか? 皆さんは、僕の僕になってみましたか、話だけではなく、やってみたことがありますか? 「この統一教会の信者たち、みなこの位置に行け」と言ったなら、一人残らず逃げてしまうでしょう。このアメリカの者たち! 僕の僕ですから、僕の主人がこう言うのです。「おい、お前はそこにいることはできない」と。また僕の主人は、「おい、お前のような奴はこうしなさい」と言い、僕が滅びるのを見ようとするのです。そうかというと、「おい、ああいうのを連れていけば金をもうけることもできるし、仕事をさせれば何でもできる」といって他に連れていくのです。そこでまた死ぬほど仕事をさせ、金もうけをするためのありとあらゆることをさせるのです。 また僕に仕事をさせて、牛を買い、土地を買い、いろんなものを買ったということがみな噂となり、「あれは僕が来てから全部つくったのであって、主人がつくったのではない。この主人を殺せ、殺せ」というほどの噂が立った時に初めて、「これは汗代として」と言ってくれるようになるのです。そのようにして、養子の座に行くことができるのです。 そうすることで、自分の贈物をもって初めて天の前に祭祀を捧げることのできる位置に立つので、養子圏内に行くことができるのです。その養子の立場で祭物を供える時、サタンの讒訴できる何らの条件もないのです。養子とはどういう位置なのか分かりましたか? 皆さんが祝福を受けるのは養子としてなのです。 祝福され、次にはたくさんの財産を得ますが、その財産は自分のために得るのではありません。来たるべきメシヤ、アベルのために得るのです。養子になってから、“自分のために稼いだものだ。自分のものだ”と考える人は、絶対に天の国の、息子、娘の位置に立つことはできないということを考えなくてはなりません。息子、娘として迎えられないというのです。これが皆さんが行くべき道だというのです。話だけでなく、行かなければならない道だというのです。 そして、養子圏を中心にして、家庭をつくり、国家をつくり、世界をつくったので、神の真の息子として立ったのです。これが養子圏内の神側の僕です。これを世界的につくったのがユダヤ教であり、キリスト教でした。また、これは天の側の天使です。僕は天使長側ですから、カインの側です。天の側のカインです。 皆さんはどのような位置にいるかを知って、七〇年代を越えなくてはなりません。皆さんは今どの位置にいますか? サタン側でこういうことをすべて成して、僕として仕えたことを世界が知り、「ひどすぎる」と噂され、「ムーニーが何の悪いことをしたのか」と味方してくれる人をもったのですか? 今や「レバレンド・ムーンが何の悪いことをしたのか」と言われる、今そういう時が来たのです。何の話か分かりますか? (はい)。 ここを通過せずしては結婚生活はできません。子供を生むことはできません。その十字架を背負っていく時には、その息子、娘を苦労させなくてはならないからです。ですから終わりの日には子をはらんだ女が罪になるというようになっているのです。養子の位置を経て、息子、娘にならなければ結婚できないために、独身生活をしなくてはならないのです。新郎、新婦もみな独身生活をしなければならないのです。五色民族が独身生活を強調するのは、蕩減条件を埋めるためです。そこで、宗教家はみな独身生活をしなければならないのです。この僕の僕の座を経ていく時に妻がいれば、どれほど気が重いことでしょうか。子供がいればつらく、その苦難を耐えられるでしょうか。どれほど耐え難い苦痛でしょうか。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2021.10.20
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「真のお母様神世界安着のための世界巡回書信 (12)」からの一部です。機械翻訳によるものであり、正確なものではないことをご了承ください。真のお母様神世界安着のための世界巡回書信 (12)「南アフリカの空の豪雨は、天の喜びの涙でした。」愛する天一国の指導者、祝福家庭の皆さん!天の父母様と真の父母様の祝福と恵みが一緒にすることを祈ります。今日は「南アフリカの空の大雨(暴雨)は天の喜びの涙でした。」というタイトルで、この手紙を開始したいと思います。いく日間こんなに降る雨は初めて見ます。アフリカで「雨」は「祝福」を意味するとするが、真のお母様が南アフリカヨハネスバーグに到着した後、雨は止むこと知らなかった。多くの気象情報を留まりおき、毎時間ごとにすることができず、ここで天気予報をチェックして、また確認したが、祝福の雨は止むことを知らなかった。薄情なだけでした。それでも「12月7日は?」、今日も間違いなく雨は降りました。土砂降りのように降りました。昨日FNBスタジアムでリハーサルをするときは、夜遅く豪雨まで下がり、今日の歴史的なアフリカ大陸単位祝福式は確かに困難な課題であることを直感しました。しかし、希望の紐を離さず、いくつかの状況を予想した数多くのオプションの企画を広げておいて、最後のステップの全体会議をしました。ハデべ預言者の教会も、完全に私たちと一つになったスタッフでした。真のお母様を侍るにいる私たちは、地位の上下を問わず、一つのチームであり、チームのスタッフでした。 歴史的な "アフリカ大陸単位祝福式(南アフリカ共和国20万)」がある早朝真のお母様はこれまで以上に早く咳ご丁寧に一日を開始しました。今日は天暦で11月11日、一番数が4位の期待をなす日です。朝陣地をリネンが、真のお母様は、最初に、今日の天気を厦門ました。雨が降る場合大会の難しさを誰よりもよく知ってお母様時期の天候のアモイでは、それに伴ういくつかの対応策を確認しました。だから、私は今日の全体的なプログラムと、雨に来たときに備えた複数のオプション、そしてFNBスタジアムに9時きっかりに出発おら言葉上げました。ところが、現場でのイベントを準備する世界本部スタッフから大雨により人員の動員が遅れていることを見ています。その報告を受けて、私はハデべ預言者と動員の問題とその他のプログラム等について引き続き緊密に議論をしました。人員動員を一緒に確認していたハデベ預言者は目標とした人数を必ず動員が、動員のために1時間のイベントの時間延期を要請してきました。私はこれらのすべての状況を総合して真のお母様に報告をして許諾を得た後、イベントの時間を1時間延期しました。人員動員の状況はこのように深刻だったが、6時にゲートオープンと一緒に入場した多くの参加者は、8時から始まった式典公演を通じて、まさにお祭りの場を作っていました。人員は急速に増加したが続く豪雨で、参加者は雨に当たらないスタジアム3階側の階段とゲートに幾重にも集まっていました。3階の幾重にもに立っている参加者だけの1階やグラウンドに降りてもキックができる程度の人員だった雨のために通降り考えていない。……10時30分スタジアムに到着した真のお母様を、今日54カ国を代表して聖水の祝福を受ける162組の新郎新婦がタキシードとドレスを着て待っていました。真のお母様の車を見てすぐに大きな歓声と拍手で「マザードア、マザームーン "を叫ぶそれらみなし、降り注ぐ"雨 "が"心配の雨 "ではなく、"喜びと祝福の雨 "であることを感じさせました。ハデベ預言者は、事前にスタジアムに到着して真のお母様を迎えており、真のお母様はハデべ預言者に「今日よくしましょう。」と短いが、強力な言葉をいただいた後、グリーンルームに入ってました。会場はまさにお祭りの場すべてが起立して降り注ぐ豪雨に全くものともせず、真のお母様によって下される今日の歴史的な祝福をガムサヘし、参加したすべてのダンスを踊って歌うなど、まさに祝福祭りの場でした。しかし、彼とは違って、私とハデべ預言者の中はからから乗りました。ハデべ預言者スタッフも、大陸本部のスタッフも皆が一つの心でした。今回祝福式は20万人のスタジアムの参加者と300万人(インターネット生中継で、教会に出席して視聴)の生中継の参加者を基本とし、南アフリカ共和国の国営放送とアフリカの全域に生中継されるメディアの生放送で数千万のアフリカの国民はもちろん、ヨーロッパなどの世界の人々が一緒にする、まさに大陸単位祝福式でした。すでにチケットが20万枚出て行き( - 予備の祝福を受けたこれらのだけチケットを受け行事に出席し、残りの信徒たちは、インターネット生中継で教会に出席 - )、動員には問題ないようにすることができなく企画し点検したが、予想できなかった続く豪雨と、2,000台を超えるバスの契約の問題が最も難題でした。南アフリカでのバス会社は、様々な腐敗に無防備にさらされているので、今までFNBスタジアム歴代の行事の中で、バスの動員がしっかりとしたことは一度もないそうです。だからこそグラウンドまで含め今回動員目標は全く困難な課題でした。また、豪雨が降る悪天候に...事実、昨日夜遅く、ここヨハネスバーグガウテング地域のバスの中で500台キャンセルされる初の事態が起きました。今回祝福式は、アフリカ大陸の単位の祝福式なので、南アフリカはもちろん、モザンビーク、ザンビア、ジンバブエ54カ国が参加する歴史的なイベントです。他の国では、数日かかってバスに乗って、今日の夜明けに到着してスタジアムで夜を明かした人もたくさんいました。ところが、このような動員のうち南アフリカヨハネスバーグは動員において最も重要な地域でした。そんなところで、バス500台イベントの前日に、キャンセルになったので、それこそ初の事態でした。事実、今回の祝福式のために既に予備祝福を10万組以上したので、動員企画には何の問題なかったが、「バスキャンセル」と「豪雨」という事態に全く目の前が真っ暗でした。率直に言ってハデベ預言者は、この問題を解決するために、昨日スタジアムリハーサルに出席しました。私と一緒にリハーサルをすることにしたが、このバスキャンセル問題を整理して、追加のバスを確保するためにあちこちで努力しました。このような困難を乗り越えて、特に休みなく降る豪雨を突き抜けて、時間は遅滞されたが奇跡のように、今日決まった人員が動員された。ある者は、今日スタジアムの1階の一部とグラウンドの一部の座席が空いているので人員の動員が目標通りダメと見ることもできるが、降り注ぐ雨を避けて2階と3階の階段などに幾重にも座ったり立っていて、ゲートの中にも入っていたので、人員動員専門チームの伝言によると、少なくとも目標された人員は、参加したします。率直に言って豪雨を突き抜け参加したことも奇跡だが、私より驚くたのは、今日祝福式が終わった午後3時まで微動もせずに最後まで参加しをしたということです。ところが、11時に第2部ウェルカミングセロモニを開始しに私と挨拶を交わして下がったハデベ預言者がまったく舞台に上がらなかった。ハデベ預言者は目に見えず、継続して賛美だけが続いていました。ハデべ預言者のグリーンルームが真のお母様グリーンルームの隣の2階にあったので、ステージまでいくら時間がかかる場合でも、2〜30分かからないにも、ハデべ預言者は、2〜30分経過しても舞台に上がらなかった。後で分かったことだが、ハデべ預言者は、満杯になったスタジアムを真のお母様にお見せするためには、スタッフが3階出席者に1階と地上に降りることを案内したが、全く反応がなかったため、預言者本人が直接3階に上がって、参加者たちにとって、1階と地上に降りるよう促したという話を聞きました。その話を聞きながら、私は確かにかっとしました。そして、彼は真のありがとうございました。雨は少し止み1階と地上に参加者が降りてきてスタジアムはある程度満席になっていき、ステージ上に100人のアフリカを代表する前現職上、国王、国会議長、長官、種団長が座しました。ハデベ預言者の入場の前に、南アフリカ最大の部族であるズール族の王(ズールー族はヨーロッパの南アフリカ侵攻の際に最後まで強かった唯一の部族であり、今日の南アフリカはズールー族によって形作られたと言えます。)の入場はスタジアム全体で熱狂的な興奮と歓声の状態を引き起こしました。この国南アフリカでは、大統領よりも大きな影響力を持つ国王です。そんな綺羅星のような人物が舞台の上に並んしているので、祝福式舞台はさらに輝いました。今日「アフリカ大陸の単位祝福式」には、現職の上および国の大統領の公式代行5人、「アフリカのユニオン(AU)」の代表と「西アフリカ経済共同体」(ECOWAS)代表は、元の上6人、国会議長12人、国会議員140人(海外100人、南アフリカ共和国、40人)は、主要な種団長127人、王と首長219人、地域社会のリーダー2,000人(女性、青年、長、機関長など)などを含む20万人と、インターネット生中継を介して参加した300万人(教会に出席)と、30カ国80以上の報道機関の代表が出席しました。1部式典公演イベント(Part⑴:Entertainment)が終わって2部ウェルカミングセレモニー(Part⑵:Welcoming Ceremony)が開始され、ズールー族の王入場後ハデべ預言者が議長団の査閲の中の入場しました。まさにスタジアムは歓声そのものでした。第2部の順序は、南アフリカ共和国国歌斉唱の後ハデべ預言者の歓迎の辞で簡単に仕上げました。ハデべ預言者の歓迎の辞は、それこそ真のお母様の証でした。以下は、ハデべ預言者の歓迎の辞の一端です。「雨の日、アフリカで最も巨大なFNBスタジアムをいっぱいに冷たいものを見たことはありません。雨の日ように競技場をいっぱいに満たすことができません。それでも今日私達がそう集まったのは、私たちが霊的だからです。アフリカの雨は祝福です。今日は真のお母様を中心とした祝福がある日です。特に今日は、アフリカ大陸祝福式の日です。真のお母様には本当に感謝いたします。今日受ける祝福は一度も受けて見ない祝福です。世界の五色人種をひとつマンドゥシヌン私たちの独り娘真のお母様を心から歓迎し、真のお母様を介して神アフリカが実体的にされている今日です。今日南アフリカはもちろん、アフリカの新しい未来が開かれたと思います。お母様は本当に真のお母様です」 (略)一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2019.12.09
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「『天一国経典・真の父母経』より--ジャルジン第一宣言——絶対信仰、絶対愛、絶対服従」(2019.06.24)を再掲載します。真の父母経 -第10篇 - 第3章 - 第2節 サンバウロ宣言とジャルジン(Jardim)宣言第二節 サンバウロ宣言とジャルジン(Jardim)宣言サンパウロ宣言真の父母様は、一九九五年三月三十一日、第三十六回「真の父母の日」を迎え、ブラジ ルのサンパウロにおいて、「世界基督教統一神霊協会」を創立した一九五四年以降の四十年を締めくくり、新たな四十年路程を出発するという意味の「サンパウ ロ宣言」を宣布された。これを基盤とした「ジャルジン宣言」が、八度にわたって発表された。「サンパウロ宣言文」真の父母様は、過去四十年間、個人から天宙まで、また僕の僕から神様まで段階を上げながら、犠牲と真の愛によって蕩減復帰路程を勝利してこられた。第三十六回「真の父母の日」を期して、全世界の統一教会員たちが真の父母様のこの勝利の基 台を相続し、私たちの責任分担期間となる第二次四十年路程を出発することを宣布する「サンパウロ宣言」を発表された。み旨の道には「自分」というものがあってはならず、ゼロ、すなわち無の境地に入っていかなければならない。驕慢や個人主義は禁物である。真の父母様の伝統的な生活は、神様のみ旨を成就してさしあげるという一念で、地を愛し、万物を愛し、人を愛し、神様を愛してきた、すなわち真の愛を投入してきた生活である。このような真の父母様の生活伝統を相続しなければならない。それゆえ、私たちはみな、地と万物と人と神様を愛しながら、氏族(的)メシヤの使命を完遂する真の愛の実践伝統を継承しなければならないのである。第二次四十年路程の出発は、第三十六回「真の父母の日」である一九九五年三月三十一 日であり、(これは)二世中心の、また祝福家庭ごとに成就すべき、私たちの責任分担期間である。真の父母様が縦的、横的に勝利された基台を相続する私たちの責任分担は、天宙復帰までではなく、氏族メシヤの使命を完遂した家庭が心を合わせて一体となり、国家を復帰するところまでである。したがって、四十年期 間がすべて必要なのではなく、各自の信仰と責任分担をどのように果たすかによって、四年や七年で成就することもできるのである。このような時点において、真の父母様が南米で理想村と理想的な国のモデルを造る活動 を始められた摂理的意義は非常に大きい。南米摂理は、神様が立てられたアベル圏の勝利と祝福をカイン圏にまで移し、広げる摂理である。アベルの位置にある北米のプロテスタント圏の基盤を南米のカトリック圏に移し、一つにする摂理である。その次に、その一つになったアベル圏の勝利をユダヤ教圏に連結して一つ にし、さらに、一つになった広いアベル圏の勝利をイスラーム圏に連結させて大きくし、その大きく広がったアベル圏の勝利と祝福を他の宗教圏にまで連結させるのが、未来の摂理の方向である。北米をはじめとする世界の統一教会は、精誠を尽くして南米を支援しなければならない。真の父母様の勝利圏を私たちが相続 するように、私たちは、私たちのカイン圏が神様の祝福を受けるように、範囲を広げながら精誠を尽くさなければならないのである。1 サンパウロ宣言とともに、南米前線に大移動するのです。ですから、「アメリカを離れると発表しなさい」と話しました。父母様はアメリカを離れ、南米に移動 するというのです。ですから、すべての制度と機関を縮小するのです。アメリカに投入していたすべての経済力と人材を南米に投入します。今や、理想的な国をつくらなければなりません。理想的な家、理想的な村、理想的な都市、理想的な国家をつくらなければならないというのです。ジャルジン第一宣言——絶対信仰、絶対愛、絶対服従真の父母様は、一九九五年四月三日に発表した「新しい希望農場宣言」がジャルジン第一宣言であると語られた。この宣言には、絶対信仰、絶対愛、絶対服従を基に、真の父母様の生活に倣い、理想的社会、理想的国家のモデルを立てる方案が含まれている。「ジャルジン第一宣言」今日の世界は、性道徳の紊乱(びんらん)と家庭破壊、そして、個人主羲の澎湃(ほうはい)により、深刻な人間危機に直面している。また、一つしかな い地球の環境汚染と公害は、人類の存在自体を脅かしている。全人類は、いつどんな時よりも、他の人と共に協力し合い、愛し合う実践運動を必要としている。 また、万物と自然を愛し、大切にすべき環境保護運動が切実に求められている。特にこの運動は、宗教者たちが率先して取り組まなければならない。真の父母様 は早くから、「人間のために創造された自然万物を愛さなければ、人間を愛しているとは言えず、神様の実子として造られた人間を愛さなければ、神様を愛して いるとは言えない」と教えてこられた。神様を愛する人が、その神様によって子女として造られた人間を愛するのは、当然のことである。さらには、神様が人類のために造ってくださった自然を 愛することなく、どうして人類と神様を愛していると言えるだろうか。理想的な社会や国は、すべての人が国境と皮膚の色を超越し、互いに協力して調和を形成 し、幸福に生きていく社会である。この社会は、人々が唯一なる神様の息子、娘であることを自覚し、真の父母を中心として皆が兄弟となった大家族社会であ る。そこは、血統と所有権と心情を復帰した祝福家庭が、真の父母の言語、真の父母の文化のもと、自由と平和と統一の世界を実現する所である。人々は、神様の心情文化の中で共生、共栄、共義の生活をするようになる。それゆえ、この世界は、腐敗や不正、そして、戦争や罪悪と無関係であり、人 類は地球環境に対する公害の要因を取り除き、万物に対しては真の主人として愛し、保護しながら暮らすようになっている。その世界において、生活のための活 動と作業は、他のために生き、愛する心情に基づいた喜びの奉仕であり、実践である。したがって、構成員の生活水準は平準化される。教育は、すべての文明の 利器を活用して受けるが、知識教育、体育教育、技術教育はもちろんのこと、祝福家庭を土台とした心情教育と規範教育を優先することにより、天道に従う善民 を育てる教育となる。このような理想の実践は、真の父母の思想、すなわち、「ために生きる」真の愛の理念でなければ不可能である。アダムの堕落によって信仰を失い、復帰の道を運命的に行かなければならない人類は、絶対信仰、絶対愛、絶対服従が必要である。神様が宗教を立てて摂理されるのも、この目的のためである。ノアのような勝利的人物の絶対信仰が貴いのも、このことゆえである。真の父母様は、地上だけでなく、霊界における壮 絶な霊的闘いにまで勝利してこられながら、絶対信仰、絶対愛、絶対服従の実体になられたのであり、その勝利基盤を今や私たちに相続させてくださるのである。私たちは、実践によって真の父母様のこのような伝統に倣い、また地と万物と人と神様を愛してきた真の父母様の生活に倣って、そのごとく生きてこそ、理 想的な国のモデルをつくることができるのである。新しい希望農場は、正にその実践のための訓練場である。投入し、また投入しながら、地と水と自然を愛し、万国の人々が一ヵ所に交わって兄弟となり、 神の国を創建する実践道場である。ここで成果を収め、万民に示してあげることにより、人類が皮膚の色と文化と国家を超越して、どのように愛の共同体を築くのかを教育するであろう。また、自然万物を愛して大切にする模範を示すとともに、すべての地球環境をこのような思想によって、国際管理しなければならない ことを悟らせるであろう。人類が戦争と飢饉と犯罪をなくし、平和に生きていける手本をここで見せるであろう。世界百六十ヵ国の宣教国から人的・物的支援を行い、祈りによって声援を送るであろう。世界の青年たちがここで訓練を受け、実践経験を得て自国に帰り、その国を理想的な国につくり上げることの先頭に立つであろう。まず各大陸別に支援を行い、また、四十ヵ国からは第一次として五人ずつ派遣するが、一九九五年五月一日からそれぞれ二人ずつ先に送り、この歴史的な運動に同参させるであろう。2 第二次四十年路程を、ジャルジン農場で宣言しました。ジャルジンはこれを宣言した所なので、今まで四十年間に経てきたすべてのことを再編成して、新しい時代に越えていくために、歴史的材料を残さなければならないのです。お父様を主体として、このジャルジン農場を中心として活動し、この南米で新たに伝統をつくろうとするすべてのことの先頭に立った人々は、スペイン系でもなく、アングロ・サクソン系でもなく、ゲルマン系でもない、東洋人たちです。東洋人たちが来て、このことをするのです。統一教会は、今まで歴史上、東洋にもなく、西洋にもなかった団体です。この統一教会は、個人を革命し、家庭、氏族、民族、国家、世界を革命しようとする団体です。堕落した世界とは違う、新しい世界を形成、創造しなければなりません。創造をするときには今まであったものを創造するのではありません。ないので、再び創造しなければならないというのです。再び創造する材料は、新しいものではありません。今まであったものをつくり直して、再創造しなければならないのです。3 ジャルジン宣言は、第二次四十年路程で守るべき絶対信仰、絶対愛、絶対服従について発表したものです。エデンの復帰です。エデンに帰ってきたというのです。エデンに帰って、神様の絶対信仰、絶対愛、絶対服従の相対平衡基準に立たなければなりません。そのためには、私たち自身もすべての万物を中心として、 絶対信仰、絶対愛、絶対服従をする自らにならなければなりません。神様に似ることができるように、与えなければなりません。受けたので、完全に、絶対的に 与えなければなりません。絶対的に犠牲になり、与えることができてこそ、この運動が広がるのです。愛は授受作用を続けます。それで、ジャルジンで「絶対信 仰、絶対愛、絶対服従」の宣布をしたのです。それにより、堕落していない万物全体、絶対信仰、絶対愛、絶対服従の上に造られたこの世界をすべて管理するこ とができ、同一圏において接触することができるのです。統一教会の祝福は今、十二の峠を越えました。三億六千万双まで十二の峠を越え、地上に着陸する時になりました。三億六千万双まですべて行ったので、 サタンの血統を根絶できるようになったのです。それにより、神様が願う理想的な真の家庭、神様と共に暮らせる栄光の真の家庭を築いて、生きることのできる時代に入ったのです。ジャルジンでは何をするのでしょうか。祝福を受けた家庭が、縦的には上がってきましたが、横的基準に立つことができていないので、今からは横的基準で神様と共に生きていける家庭を築かなければなりません。そのために、世界平和のための理想家庭教育センターを造り、今まで祝福を受けた家庭を新たに教育するのです。神様の絶対的栄光の家庭に同参できる内容を、再び訓練しなければならないのです。それがジャルジンの家庭訓練です。4 絶対信仰、絶対愛、絶対服従という概念は、神様から生じたのです。神様御自身が、絶対信仰をもって創造しました。また、神様が、他の体としてではなく、一つの体のように思う一体理想をもって創造したのです。神様御自身が完全に服従したのです。この理想的実体に対して、完全に投入しました。投入して忘れ、永 遠に投入して忘れてしまったのです。完全服従の概念の上に立っていた主体者が、神様だったというのです。皆さんは、「絶対信仰、絶対愛、絶対服従」と言えば「ジャルジン宣言だ」と言いますが、それは父母様を中心として、皆さん自身が絶対に信じなさいということではなく、そのような主体に、皆さん自身がならなければならないということです。皆さん自身が、絶対信仰の実体、絶対愛の実体、絶対服従の実体に ならなければなりません。そうしてこそ、神様の対象になるのです。それが公式です。神様がそうなので、その相対になる人も、自然にそうならなければなりま せん。5 ジャルジン第一宣言は、絶対信仰、絶対愛、絶対服従です。神様が天地を創造するとき、この三つの概念の上で創造したのです。統一教会員たちは、お父様の進むところに対して、どのような疑いももってはいけません。批評をしてもいけません。絶対愛の道です。どのように出発をしても、結果的に答えは一つです。永遠に一つです。昼と夜が過ぎ、季節が過ぎ、生命が尽きても、永遠に神様の答えは同じだというのです。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.04.03
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真の父母経 - 第10篇 - 第3章 - 第2節 サンバウロ宣言とジャルジン(Jardim)宣言第二節 サンバウロ宣言とジャルジン(Jardim)宣言サンパウロ宣言真の父母様は、一九九五年三月三十一日、第三十六回「真の父母の日」を迎え、ブラジ ルのサンパウロにおいて、「世界基督教統一神霊協会」を創立した一九五四年以降の四十年を締めくくり、新たな四十年路程を出発するという意味の「サンパウ ロ宣言」を宣布された。これを基盤とした「ジャルジン宣言」が、八度にわたって発表された。「サンパウロ宣言文」真の父母様は、過去四十年間、個人から天宙まで、また僕の僕から神様まで段階を上げ ながら、犠牲と真の愛によって蕩減復帰路程を勝利してこられた。第三十六回「真の父母の日」を期して、全世界の統一教会員たちが真の父母様のこの勝利の基 台を相続し、私たちの責任分担期間となる第二次四十年路程を出発することを宣布する「サンパウロ宣言」を発表された。み旨の道には「自分」というものがあってはならず、ゼロ、すなわち無の境地に入って いかなければならない。驕慢や個人主義は禁物である。真の父母様の伝統的な生活は、神様のみ旨を成就してさしあげるという一念で、地を愛し、万物を愛し、 人を愛し、神様を愛してきた、すなわち真の愛を投入してきた生活である。このような真の父母様の生活伝統を相続しなければならない。それゆえ、私たちはみ な、地と万物と人と神様を愛しながら、氏族(的)メシヤの使命を完遂する真の愛の実践伝統を継承しなければならないのである。第二次四十年路程の出発は、第三十六回「真の父母の日」である一九九五年三月三十一 日であり、(これは)二世中心の、また祝福家庭ごとに成就すべき、私たちの責任分担期間である。真の父母様が縦的、横的に勝利された基台を相続する私たち の責任分担は、天宙復帰までではなく、氏族メシヤの使命を完遂した家庭が心を合わせて一体となり、国家を復帰するところまでである。したがって、四十年期 間がすべて必要なのではなく、各自の信仰と責任分担をどのように果たすかによって、四年や七年で成就することもできるのである。このような時点において、真の父母様が南米で理想村と理想的な国のモデルを造る活動 を始められた摂理的意義は非常に大きい。南米摂理は、神様が立てられたアベル圏の勝利と祝福をカイン圏にまで移し、広げる摂理である。アベルの位置にある 北米のプロテスタント圏の基盤を南米のカトリック圏に移し、一つにする摂理である。その次に、その一つになったアベル圏の勝利をユダヤ教圏に連結して一つ にし、さらに、一つになった広いアベル圏の勝利をイスラーム圏に連結させて大きくし、その大きく広がったアベル圏の勝利と祝福を他の宗教圏にまで連結させ るのが、未来の摂理の方向である。北米をはじめとする世界の統一教会は、精誠を尽くして南米を支援しなければならない。真の父母様の勝利圏を私たちが相続 するように、私たちは、私たちのカイン圏が神様の祝福を受けるように、範囲を広げながら精誠を尽くさなければならないのである。1 サンパウロ宣言とともに、南米前線に大移動するのです。ですから、「アメリカを離れると発表しなさい」と話しました。父母様はアメリカを離れ、南米に移動 するというのです。ですから、すべての制度と機関を縮小するのです。アメリカに投入していたすべての経済力と人材を南米に投入します。今や、理想的な国を つくらなければなりません。理想的な家、理想的な村、理想的な都市、理想的な国家をつくらなければならないというのです。ジャルジン第一宣言——絶対信仰、絶対愛、絶対服従真の父母様は、一九九五年四月三日に発表した「新しい希望農場宣言」がジャルジン第一宣言であると語られた。この宣言には、絶対信仰、絶対愛、絶対服従を基に、真の父母様の生活に倣い、理想的社会、理想的国家のモデルを立てる方案が含まれている。「ジャルジン第一宣言」今日の世界は、性道徳の紊乱(びんらん)と家庭破壊、そして、個人主羲の澎湃(ほうはい)により、深刻な人間危機に直面している。また、一つしかな い地球の環境汚染と公害は、人類の存在自体を脅かしている。全人類は、いつどんな時よりも、他の人と共に協力し合い、愛し合う実践運動を必要としている。 また、万物と自然を愛し、大切にすべき環境保護運動が切実に求められている。特にこの運動は、宗教者たちが率先して取り組まなければならない。真の父母様 は早くから、「人間のために創造された自然万物を愛さなければ、人間を愛しているとは言えず、神様の実子として造られた人間を愛さなければ、神様を愛して いるとは言えない」と教えてこられた。神様を愛する人が、その神様によって子女として造られた人間を愛するのは、当然のことである。さらには、神様が人類のために造ってくださった自然を 愛することなく、どうして人類と神様を愛していると言えるだろうか。理想的な社会や国は、すべての人が国境と皮膚の色を超越し、互いに協力して調和を形成 し、幸福に生きていく社会である。この社会は、人々が唯一なる神様の息子、娘であることを自覚し、真の父母を中心として皆が兄弟となった大家族社会であ る。そこは、血統と所有権と心情を復帰した祝福家庭が、真の父母の言語、真の父母の文化のもと、自由と平和と統一の世界を実現する所である。人々は、神様の心情文化の中で共生、共栄、共義の生活をするようになる。それゆえ、この世界は、腐敗や不正、そして、戦争や罪悪と無関係であり、人 類は地球環境に対する公害の要因を取り除き、万物に対しては真の主人として愛し、保護しながら暮らすようになっている。その世界において、生活のための活 動と作業は、他のために生き、愛する心情に基づいた喜びの奉仕であり、実践である。したがって、構成員の生活水準は平準化される。教育は、すべての文明の 利器を活用して受けるが、知識教育、体育教育、技術教育はもちろんのこと、祝福家庭を土台とした心情教育と規範教育を優先することにより、天道に従う善民 を育てる教育となる。このような理想の実践は、真の父母の思想、すなわち、「ために生きる」真の愛の理念でなければ不可能である。アダムの堕落によって信仰を失い、復帰の道を運命的に行かなければならない人類は、絶対信仰、絶対愛、絶対服従が必要である。神様が宗教を立てて摂 理されるのも、この目的のためである。ノアのような勝利的人物の絶対信仰が貴いのも、このことゆえである。真の父母様は、地上だけでなく、霊界における壮 絶な霊的闘いにまで勝利してこられながら、絶対信仰、絶対愛、絶対服従の実体になられたのであり、その勝利基盤を今や私たちに相続させてくださるのである。私たちは、実践によって真の父母様のこのような伝統に倣い、また地と万物と人と神様を愛してきた真の父母様の生活に倣って、そのごとく生きてこそ、理 想的な国のモデルをつくることができるのである。新しい希望農場は、正にその実践のための訓練場である。投入し、また投入しながら、地と水と自然を愛し、万国の人々が一ヵ所に交わって兄弟となり、 神の国を創建する実践道場である。ここで成果を収め、万民に示してあげることにより、人類が皮膚の色と文化と国家を超越して、どのように愛の共同体を築く のかを教育するであろう。また、自然万物を愛して大切にする模範を示すとともに、すべての地球環境をこのような思想によって、国際管理しなければならない ことを悟らせるであろう。人類が戦争と飢饉と犯罪をなくし、平和に生きていける手本をここで見せるであろう。世界百六十ヵ国の宣教国から人的・物的支援を 行い、祈りによって声援を送るであろう。世界の青年たちがここで訓練を受け、実践経験を得て自国に帰り、その国を理想的な国につくり上げることの先頭に立 つであろう。まず各大陸別に支援を行い、また、四十ヵ国からは第一次として五人ずつ派遣するが、一九九五年五月一日からそれぞれ二人ずつ先に送り、この歴史的な運動に同参させるであろう。2 第二次四十年路程を、ジャルジン農場で宣言しました。ジャルジンはこれを宣言した所なので、今まで四十年間に経てきたすべてのことを再編成して、新しい時代に越えていくために、歴史的材料を残さなければならないのです。お父様を主体として、このジャルジン農場を中心として活動し、この南米で新たに伝統をつくろうとするすべてのことの先頭に立った人々は、スペイン系でもなく、アングロ・サクソン系でもなく、ゲルマン系でもない、東洋人たちです。東洋人たちが来て、このことをするのです。統一教会は、今まで歴史上、東洋にもなく、西洋にもなかった団体です。この統一教会は、個人を革命し、家庭、氏族、民族、国家、世界を革命しようとする団体です。堕落した世界とは違う、新しい世界を形成、創造しなければなりません。創造をするときには今まであったものを創造するのではありません。ないので、再び創造しなければならないというのです。再び創造する材料は、新しいものではありません。今まであったものをつくり直して、再創造しなければならないのです。3 ジャルジン宣言は、第二次四十年路程で守るべき絶対信仰、絶対愛、絶対服従について発表したものです。エデンの復帰です。エデンに帰ってきたというので す。エデンに帰って、神様の絶対信仰、絶対愛、絶対服従の相対平衡基準に立たなければなりません。そのためには、私たち自身もすべての万物を中心として、 絶対信仰、絶対愛、絶対服従をする自らにならなければなりません。神様に似ることができるように、与えなければなりません。受けたので、完全に、絶対的に 与えなければなりません。絶対的に犠牲になり、与えることができてこそ、この運動が広がるのです。愛は授受作用を続けます。それで、ジャルジンで「絶対信 仰、絶対愛、絶対服従」の宣布をしたのです。それにより、堕落していない万物全体、絶対信仰、絶対愛、絶対服従の上に造られたこの世界をすべて管理するこ とができ、同一圏において接触することができるのです。統一教会の祝福は今、十二の峠を越えました。三億六千万双まで十二の峠を越え、地上に着陸する時になりました。三億六千万双まですべて行ったので、 サタンの血統を根絶できるようになったのです。それにより、神様が願う理想的な真の家庭、神様と共に暮らせる栄光の真の家庭を築いて、生きることのできる 時代に入ったのです。ジャルジンでは何をするのでしょうか。祝福を受けた家庭が、縦的には上がってきましたが、横的基準に立つことができていないので、今からは横的基準 で神様と共に生きていける家庭を築かなければなりません。そのために、世界平和のための理想家庭教育センターを造り、今まで祝福を受けた家庭を新たに教育 するのです。神様の絶対的栄光の家庭に同参できる内容を、再び訓練しなければならないのです。それがジャルジンの家庭訓練です。4 絶対信仰、絶対愛、絶対服従という概念は、神様から生じたのです。神様御自身が、絶対信仰をもって創造しました。また、神様が、他の体としてではなく、一 つの体のように思う一体理想をもって創造したのです。神様御自身が完全に服従したのです。この理想的実体に対して、完全に投入しました。投入して忘れ、永 遠に投入して忘れてしまったのです。完全服従の概念の上に立っていた主体者が、神様だったというのです。皆さんは、「絶対信仰、絶対愛、絶対服従」と言えば「ジャルジン宣言だ」と言いますが、それは父母様を中心として、皆さん自身が絶対に信じなさいと いうことではなく、そのような主体に、皆さん自身がならなければならないということです。皆さん自身が、絶対信仰の実体、絶対愛の実体、絶対服従の実体に ならなければなりません。そうしてこそ、神様の対象になるのです。それが公式です。神様がそうなので、その相対になる人も、自然にそうならなければなりま せん。5 ジャルジン第一宣言は、絶対信仰、絶対愛、絶対服従です。神様が天地を創造するとき、この三つの概念の上で創造したのです。統一教会員たちは、お父様の進むところに対して、どのような疑いももってはいけません。批評をしてもいけません。絶対愛の道です。どのように出発をしても、結果的に答えは一つです。永遠に一つです。昼と夜が過ぎ、季節が過ぎ、生命が尽きても、永遠に神様の答えは同じだというのです。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2019.06.24
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26日の「Southeast Europe Peace Summit 2019 開会式」の様子、PeaceTV映像のスクリーンショットから。平昌冬季オリンピック開催された”母の山”、發旺山(パルワンサン)で採火された聖火(「2019南北統一希望前進大会」、平和都市平昌から。)が、9月29日の神韓国第2地区大会から10月6日の日本「名古屋4万名大会」を経て、今回のアルバニアでのサミットでも「聖火点火」された。今後その聖火は東アジア(カンボジア・台湾)、神アフリカ、オセアニア(パラオ)、中南米(ドミニカ共和国)を経て12月28日の世界聖職者3万名大会(ニューヨーク)へと世界を駆け巡る。その合間を縫って10月31~11月2日には「韓国KCLC創設大会」も予定されており、12月のニューヨークに連結されていくものと思われる。母の山「パルワンサン」で採火された聖火が全世界に灯(ともしび)を灯していっていることは、私たち祝福家庭には大きな希望である。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2019.10.27
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『小さな精諴が集まれば : 壁を越えて一つになる場所』20260920 キム・サンヒョ教会長2026/09/20一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2026.09.21
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天の独り娘 - 孝情讃美https://www.youtube.com/watch?v=E_aBfx6pmxE2026/04/29 #天心苑 #孝情讃美 #cswb[天の独り娘 - 日本40日修練生]一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2026.09.27
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安倍元首相銃撃事件から4年...田中前会長が語る当時の状況と「加害者が被害者に被害者が加害者に」NoFilter -田中富広が語る家庭連合-https://www.youtube.com/watch?v=Cd3eORATCQ02026/07/09 #旧統一教会 #宗教二世 #祝福結婚「No Filter-田中富広が語る家庭連合-」この番組は「家庭連合」に対する間違った情報に対して前会長である田中富広が正しい情報を伝える番組第50回 安倍元首相銃撃事件から4年収録日:2026年7月8日#旧統一教会#宗教二世#祝福結婚#祝福二世#世界平和統一家庭連合#献金#信教二世 #統一教会#偏向報道#解散命令一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2026.07.09
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隔年ごとのピースカップが来年からは毎年の開催となり、2009ピースカップ アンダルシア大会で綱引きをしたマンユーだったが、2010ピースカップはそのマンユーと共同開催の方向で話が進んでいる。マンユーにはパク・チソンもおり、韓国ではまた大きく話題となるだろう。(以下)ピースカップ来年大会マンユーと共同開催推進 ピースカップ組織委員会(委員長クァク・ジョンファン)が来年開かれる5回大会をマンチェスターユナイテッドと共同開催する方案を推進中だ。 組織委員会関係者は4日"その間2年周期に開かれた大会を来年から毎年開くことにした"としながら"2010年大会はマンチェスターユナイテッドと共同開催したいという意を伝達した"と話した。 マンユーは共同開催を肯定的に検討していると分かった。 組織委は今年初めて国内を離れて,スペイン アンダルシアで大会を開いたしレアル マドリードの出場で言論の関心を集めたが本来興行に惨敗した後,代案でイングランド開催を推進してきた。 マンユーと共同開催がなされればパク・チソンが2003年元年大会でPSVエイントゥホボン ユニホームを着て出場した以後7年ぶりにまたピースカップに出ることになりクンネペルの関心を集めるものと見られる。 組織委はマンチェスターとロンドン. グラスゴーなど3都市で景気(競技)を分散開催する計画だ。 パク・チソン,来年ピースカップ走る...マンユー,大会開催するようにほんブログ村
2009.11.04
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入力2013.01.25 17:17:00、修正2013.01.25 18:23:06 "ベーリング海峡プロジェクト"イタリアの世界の建築展に紹介<世界日報> 世界規模のデザイン美術展であるイタリアのミラノトリエンナーレに"世界平和のトンネル財団"が推進しているベーリング海峡プロジェクトが初めて紹介され注目を集めた。ベーリング海峡プロジェクトとはベーリング海峡に海底トンネルを掘り、ユーラシア大陸と北米大陸を陸路で接続する事業で、1981年の文鮮明総裁が提案した以来、これまで世界の平和トンネル財団を通じて、様々な方法で推進事業を進めてきた。また、このイベントに関連する国際学術会議に韓国人で唯一イヨンフム同財団副理事長(一新総合設計事務所会長)とグォンビョンヒョン未来の森代表(前駐中大使)が主題発表者として招待されたことが25日、分かった。ミラノトリエンナーレは1923年に始まって3年毎にトリエンナーレミュージアムで開かれる国際的な美術展覧会で、今回は"世界の建築-インフラ、モビリティ、新しい風景"をテーマに、昨年10月8日に開幕され、2013年2月10日までの3ヶ月かけて進行される。今年は道路、鉄道、空港などの世界的なインフラとしての変化と拡大に3つのセクションに扱い、ベーリング海峡プロジェクトは、 "国際的な巨大プロジェクト"セクションに含まれて世界の平和トンネル財団が主催した事があるUIA国際アイデア設計コンペ出品作と同プロジェクトの広報動画である"平和と繁栄への道"などが展示紹介された。一方、展覧会の一環として15日ヴェネツィア国立建築大学であるIUAV大学が主催した国際学術会議が開かれた。韓国人として唯一招待されたが副理事長は"世界平和高速交通網としてのベーリング海峡韓日トンネルプロジェクト"をテーマに、巻代表は"中国の砂漠化防止策-緑の長城事業を中心に"をテーマにそれぞれ発表した。イ·ウンジョン記者ehofkd11 @ segye.com 訪問ありがとうございますにほんブログ村・統一教会
2013.01.25
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Holy Mother Han ホーリーマザーハン1000回 呼名祈禱 帝王蝶(オオカバマダラ) 제왕나비2025/04/24#天心苑 #家庭連合 #祈祷#ホーリーマザーハン #家庭連合 #呼名祈禱 #オオカバマダラ #天心苑 #祈祷 #제왕나비 #帝王蝶一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2025.04.26
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