いつもは火曜日更新なので、ちょっとフライングですが……『あの日』から、2年の歳月が流れましたね。
『もう』二年も経つのに、こんなに心が痛い。重い。『まだ』二年しか経たないのに、こんなに忘れかけてる。
『もう』なのか、『まだ』なのか、
私自身の中でも、それは判別し辛いです。
以前にも、ちらりと書きましたが、あの震災の時、
私は、埼玉県に住んでいました。
仕事中、かつて感じたことのない揺れに驚き、真っ青になりつつ、
プレハブ建ての会社内(笑)から、仕事仲間である下半身に障害を持つSさんを、どうやったら素早く外に連れ出せるかと、
頭の中がフル回転したことを覚えています。
まあ、50代の恰幅のいいおじさんであるSさんを負ぶうわけにもいかず、結局は、肩を貸すくらいしかできなかったんですけどね(´-∀-`;)。
そして、その後、何度か参加した現地ボランティアでは、本当に得難い、貴重な体験をさせていただきました。
あの悲惨な状況の中、助け合おう・支えあおうとする人々の熱意や、
諦めずに立ち上がろうとする人々の強さ……
ボランティアに行った筈の私のほうが、たくさんのものをもらいました。
結局、私は半年も経たない内に、諸事情によって戦線離脱を余儀なくされてしまい、
その後も、殆ど何もできないままに月日を過ごす羽目になってしまいましたが、あの時に出会えた現地の方々や、ボランティア活動を共にした仲間達の事は、
ずっと、気になっています。
いつの日か、できるだけ近い内に、
ぜひとも、あの地に様子を見に行きたいのですが、
種々の事情が、それを許してくれません。
TVや新聞、ネットなどのメディアを見ていると、
そんなふうに、『種々の事情』がいろんな場所で、いろんな事で障害となり、
上手く進まないでいる……そんなふうに見えます。
だけど、それもこれも、『誰もがより良いと思える方向』を探しているから、最善ではなくとも、少しでもそれに近いものを探しているからだと信じたいです。
もちろん、一日でも一刻でも早く、物事が進んでくれるのが望ましいです。
それでも、それを急ぐあまりに、間違った方向や取りこぼすものが多くならないよう、
しっかりと考えてほしいと思います。
利便さを求める余り、原発を、放射能を軽んじた過去に、学んでほしいです。
祈ること以外には、今は何もできない私ですが、
今日、あの時間には、せめて、黙とうを捧げたいと思います。
・・・授業中でも、ちょっとだけ許してください(爆)。
どうか、あの地の人々が、しっかりと幸せを取り戻せますように。そして、あの地に眠る人々が、安らかに眠れますように。
3月11日に寄せて。
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