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2017.03.27
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いーけないんだ いけないんだ
ひーかんようは いけないんだ
こーくれんに 言ってやろ


「寛容さ」とは、外圧によって強制されることで社会に根付くものなのだろうか。

寛容に対する打消し語は「非寛容」だが、いまの「強制的寛容主義」に対する拒否感は「不寛容」だと思う。
「寛容への拒絶」のではなく、「寛容を押し付けられることへの抵抗」だからだ。
強制的寛容主義者は、非寛容と思われる主義・思想を攻撃し排除することで、寛容を社会に根付かせようとしている。
これは「宗教戦争」にも似た愚劣な振る舞いだ。
「異教徒を弾圧し排除することで我々の神をこの地に降臨させるのだ」という目論みは、摩擦を生むだけだろう。


我々は、狭小であろうとしているのではなく、非寛容を掲げて戦っているのでもない。
ただ、「強制的寛容主義」を受け容れることができないと言っているにすぎない。

強制的寛容主義者たちは、彼らの敵を攻撃することで何か戦果を得ただろうか?
彼らは空の雲に向かって彼らの銃を打ち続けているに過ぎない。
彼らは、自分たちの敵の姿さえも目視できていないのだ。


強制的寛容主義者が、自分たちの価値観を押し付けようとするならば、私たちは次のように答え、姿を消すだろう。

「すごーい。きみは寛容を押し付けるフレンドなんだね。おもしろ~い!」

たとえ強制的寛容主義者の前から姿を消したとしても、我々は不寛容であり続けるのだ。





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最終更新日  2017.03.28 15:00:18
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