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2024.12.11
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それって「だからなに?」になっちゃわないのかなぁと。

「うちの子が障害児じゃなければ良かったのに…」っていう想いに対しては、「そりゃあそう思うよなぁ」としか返せなくない?

現実として、うちの子はADHDなのですよ。
まぁ、手がかかるし、将来は不安です。
本人は生きていて楽しいこともあるだろうし、親として「出生前に障害が分かる手段があったとして、分かったら産まなかったのか」みたいなことを考えたりはせずに子育てしてます。
それでも、学習能力の低さなどにー気が散りやすい,忘れやすい,覚えてもすぐに忘れるなどー疲労して「この子がADHDじゃなければ子育てラクだったろうなぁ」と思うことがしばしばある。

その「ーじゃなければ良かったのに…」な想いは、そこらじゅうに転がっていて、「背が低くなければ良かったのに…」「団子っ鼻じゃなければ良かったのに…」「ヘチャムクレじゃなければ…」「目が細くなければ…」「不正咬合じゃなければー」「弱視でなければー」「1型糖尿病でなければー」「難治性ネフローゼでなければー」「慢性IgA腎症でなければー」って誰もが思うことで、なんなら「生まれが貧しくなければー」とかあらゆることに通じる想いですよ。

そこに「私は〇〇だけど幸福ですよ」なんて、どういうつもりで言ってるのかなぁと不思議に思う。



井上陽水の「人生が二度あれば」もそうだけど、「自分がいなかったならー」って考えたり、「自分がもっと真面目にやれる人間だったらー」「自分がもう少しタフだったならばー」って思うことは誰にでもある。
「障害を持って生まれたけれど元気です」なひとだって、生きているなかで「もし自分に障害が無ければー」な想いは幾度となくしてきただろう。
無慈悲な現実と向き合うのはツライよねぇ。





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最終更新日  2024.12.11 15:57:59
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