PR

×

Profile

バリットくん

バリットくん

Archives

2026/05
2026/04
2026/03
2026/02
2026/01

Comments

taco31 @ Re:神の見えざる手(01/17) んもー絶対あの飽和接続したやつ許せんら…
もきち@ Re:神の見えざる手(01/17) えぇ・・・ リリィさんも呟いていますが延…
バリットくん @ Re[1]:絶対上げといて落とすやつ(01/02) タカオさんへ うぃっす、よろしくおねがい…
バリットくん @ Re[1]:絶対上げといて落とすやつ(01/02) もきちさんへ ここまでは鼻歌で余裕ぶっこ…
バリットくん @ Re[1]:絶対上げといて落とすやつ(01/02) taco31さんへ そう思ってた時もありました…

Calendar

2009/11/02
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
こんばんわ、バリットくんです。

今日帰り道にちょいとアグネスをゆわしてタバコ銭をもいで帰りました。

その余り玉でこんな物を貰いました。


s-さきいか.jpg


みそ味のさきいか!

これはアリなんでしょうか?

後程、家族を巻き込んで試食会を開きたいと思いますw


さて、昨日のコメでリリちゃんからの疑問。

我が家はいったい何の商売をしてたのか?

さらっと答えても良いんですが、ついでなのと記録的な意味合いも込め、我が家のルーツでも紐解いてみたいと思います。




とりあえず、墓石を見てみるのが手っ取り早いということになり(なぜ?)調べてみました。

今では墓地の移転に伴い墓石の数も減りましたが、その当時現存する中で一番古い没年が記されていた年代は・・・

なんと!


享保、つまり江戸時代の元号で、西暦に治すと1711年からです。

それ以前の石を置いただけの墓石も五つ程あったので、恐らく江戸時代初期には我が家の直系は現在の地区に住んでたということになります。

で、その頃すでに苗字を持っていたということはそれ相応の家だったのでしょうか?

僕の曾祖母(勿論故人ですが)から聞いた話では、材木問屋を営み、この地区一体の庄屋だったらしいです。

庄屋の真偽は定かでは無いですが、材木問屋をやってたのは本当らしく、我が家の屋号は木屋といいます。

この屋号は僕の親父の代まで使われてました。

話を戻しましょうw

明治初期までは恐らく材木問屋をやってたらしいのですが、その後、件の曾祖母が別の商売を始めます。



車も無い時代なので曾祖母は10数キロ歩いて商品を仕入れに行ってたそうです。

そして、時は流れ祖父の代で衣料品全般、日用雑貨、文具、化粧品等商売を広げたようです。

僕も幼い頃、そういった売れ残りの在庫を見た記憶があります。

その頃から、僕が子供の頃まで、電話帳には○○百貨店と載ってましたwww

そして親父の代で、日用品等の取り扱いをやめ、カーテンの設置や、フランスベッドの販売代理店、タバコ販売等を平行しながら衣料品メインに移行しました。



僕が結婚し、嫁に店を任せ、クリーニングの取次ぎも始めました。

しかしまあ、時代の流れと不景気に弱い糸偏業界。

結局、二年ぐらいかけて、恐らくは300年以上形を変えながら続いた商売に終止符を打ったのが四年ほど前です。

んで、かつての商売のスペース、最終的にはクリーニング取次ぎのスペースが、現在のスロスペース。
衣料品販売のスペースはガレージになってます。

先日でっかいカウンターをぶった切ってスロの置き台にした日記を公開しましたが、あれはクリーニング取次ぎの場所にあったカウンターですw

こんな駄目な大人になった僕を見て、ご先祖様はいったいどう思うでしょうか?

では、また明日~(^^)ノシ





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2009/11/02 09:06:08 PM
コメント(10) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: