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2日に闘病中の叔父が68歳で亡くなりお葬式に行ってきました。
母の弟です。 長女母、長男叔父←この方、次女叔母、次男叔父の4人兄弟でした。
私の祖父を継いで、酒屋をしている叔父はお酒が大好き、たばこも大好きでした。
数年前から体調を崩していましたが、2年前に手術を勧められたのを断って、放射線などの治療をしていました。
お医者さんは手術を勧めていましたが、「入院中の店が心配」だとか「もう少し様子を見てから」など言っているウチに、手術が出来なくなりました。
家族は強く手術や根気よく治療を願っていましたが、叔父は何か覚悟を早くに決めてしまったようでした。
もう長くないと母に聞かされ、お盆に私も妹とお見舞いに行きました。
心配をよそに、痩せてはいましたが、しっかりしていて私たちに心配掛けずに格好いいところを見せようと、面接室まで歩いたり、病状を自分で話してくれました。
そして2週間で叔父は旅だってしましました。
叔父の長男家族はイタリアに転勤中で、臨終に間に合わなかったのですが、
長男も8月の始めにお見舞いに1度帰って来て、叔父の初孫のむすめちゃんとも話しをして、
私たちなど親戚もこの2週間の間にみんなに会って行ってしまいました。
亡くなる前の日に、長男の夢に叔父が出てきたそうです。
「車で送ってほしいところがある」と言って、2人で車に乗って走っていると、「ここで用事があるから、降りる」と言って、自宅の近くで降りたそうです。
きっと病院から帰りたくて、長男の車で帰ろうと思ったのかなぁ、ってみんなで話しました。
そして、もう1つビックリした話しが、「遺影をどれにしようか?」となったときに、
お父さんが「写真あるからな」って言ってたんだけど、どういう意味かしら?って家族が話し、
母と母の妹(叔母)がアルバムを探していたら、「お葬式用」と付箋の張った写真が出てきたそうです。
大好きなアメフト観戦の時の写真で、にっこり笑っていました。
みんなは他にも叔父の笑顔のよい写真を見つけたのですが、「やはりこれがいいんだろうな」となって、大きく引き延ばされていました。
私は叔父と22歳違い、22~3歳の時から「おっちゃん」って呼んでいました。若い叔父です。
私と妹は結婚の遅かった叔父に、よく遊んでもらい思い出も多く、とても悲しい気持ちです。