2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全9件 (9件中 1-9件目)
1
昨日パートから帰ると裁判所から書類が届いてました。エレベーターに乗りながらすぐに封を開けて中を確認すると、目に飛び込んできたのが・・・『・・・・上記事件について、当裁判所は申立人の本件申立てを理由があるものと認め、申立人の名を○○と変更することを許可する』部屋に帰って、そのままリビングに居た彼に差し出し、彼から「よかったなあ!」って言われたときに涙が溢れた。そのまま彼にしがみついて、ひとしきり泣きました。本当にほっとした。先週の審査の日(19日の日記参照)、やけにあっさり終わった印象だったのでもしかしたら許可が下りないかも知れない、と思っていました。実際あたしは使用年月が2年と短いので無理かもしれないと最初から思っていたので、ダメもとで起こした申し立てだったのです。これから、公的書類の名前も変えられるしもう昔の名前を見て苦しむことはなくなるんだと思うと本当に安心した。やっと本当の自分で、本当に前へ歩いていける。いろいろな変更の手続きが終わるまではまだしんどいけれど、それが終われば、もう名前で辛い思いをすることはないんだ。彼がよかったね、よかったねってずっと抱きしめてくれました。俺は何もしてないけど~って言ってたけどそうじゃない。あたしは悠と出会えたから、愛せたから名前を変えれて過去を乗り越えようと思えて、今回の申し立ても、悠がいなければできなかった。あたしを前に進ませてくれて本当に感謝しています。一番に喜んでくれて、嬉しかった!
January 26, 2007
コメント(2)
平日のお昼から夕方まで働く予定。いろいろ探してたけど、いよいよ経済的に危ないのでさっさと働かないとね☆彼は無理して働くことないって言ってくれるけど、やっぱり家計の足しにしなきゃな~っと思う。雑貨などの販売員です。一日入って、びっくり。レジが超ややこい商品数が半端じゃない為、それを振り分けた部門の数も多し。その上、バーコード読み、部門打ち、手打ちの3パターンの打ち込み方があるんです。品物によって、ピっってやったりテケテケ打ったり。もち、慣れるの絶対時間かかるし~初日から「続けれるんかな・・・」って思うほどテンパッたのでした☆
January 24, 2007
コメント(0)
先週末から喉が痛くて、どうやら風邪をひいた様子。。彼がベンザブロック喉の風邪用を買ってきてくれたきっちり食後に飲んでたら、熱も微熱以上上がらなくて喉も少しましに。喉が落ち着いたら今度は鼻にきて、さらに咳コンコン☆☆☆夜とかすごい咳き込むんだよね~隣で寝てる彼に、不機嫌そうに「うう~ん」とか言われるし・・・しかたなく咳が止まるまでおコタに移動したり。とにかくしんどかった。。二人で並んでテレビ見てるときに咳き込んだら、また彼が不機嫌そうにしたから「うるさいってこと?」って聞いた。「うるさい」って・・・なんというか、、このときばかりは『なんて思いやりのない人なんやろう』って思いました。むっちゃ咳き込んでて苦しいのわかってるのに「大丈夫?」の前に「うるさい」とは☆自分のテレビタイム邪魔されたくないだけやんか~腹が立つやら悲しいやら苦しいやらで咳が出そうになると、寝室へいちいちひっこんでましたよ・・。のち、さらーっと許しちゃったけど(笑)しんどがってた間に、面接を受けた所から合格の連絡。水曜日からパート。久しぶりの販売です。どんなもんかな~?
January 22, 2007
コメント(0)
数日前に、名前の変更申し立てをしました。それより前に、家庭裁判所へ行って申立書をもらい、両親の嘆願書と病院の診断書及び意見書を同封して手数料の収入印紙と切手とともに郵送。その返答が来ました。一度話を聞くので来て下さいとのことでした。裁判所へ行くと、女性の調査員の方と二人で個室へ入りました。実際、どれほど詳しいことを聞かれるのか心配やったけど結構あっさりしてた。申立書の変更理由の欄には書ききれず別紙を添付して、事情を詳しく書いて送ったのでいろいろと話さなくて済んだみたい。職歴などは詳しく聞かれました。持参した資料を広げて、重要なものは引き渡したりコピーしたり。今の名前を使用して、そんなに年月が経っていないので資料と言っても大きな紙袋ひとつ分。これだけで大丈夫なのか心配です。その後は、彼が呼ばれて話をしました。同じ戸籍なので、妻の名前が変わることを了承しているかの確認らしい。以上で終了。調査員の方から、病院の先生にも一度確認をとった後報告書をまとめて提出。その後のことは上が判断するとのこと。もっといっぱい話さなければいけないと思っていたので結構肩透かしくらった感じがした。でも、これであたしのこれからの人生が大きく変わるのですごくすごく緊張したのでした。神様。どうか許可が下りますように。
January 19, 2007
コメント(0)
遅くなりすぎですが、今年も宜しくお願いします~。年末年始と非常にバタついて、目が回りそうやった。これから遡ってちょこちょこ書いてきまっす。
January 16, 2007
コメント(2)
お葬式は、かなりの人が来てた。全員でお経を連呼。かなりびっくりです。全然言えるわけないし~・・・お祖父さんはかなりの変わり者だったらしいけどコロっていう犬がすごく好きで可愛がってたんだって。コロの絵を、お棺に入れてあげてた。もう少し、悠と知り合うのが早かったらお祖父さんとももっと話する機会もあったかな~って少し残念に思う。お母さんが嫁いできてからのすごい話(嫁いびり系)を聞くとほんとに嫌だなあって思うけど、実際あたしはお祖父さんお祖母さんにいじめられてないので。どんな人だったのかも、人から聞くしかなくて少し寂しいなって思った。 お祖母さんを一人残して、心配だろうけど 周りに人がたくさんいるし、安心して天国でコロと遊んでくださいね。 そしてお父さんが長生きできるように、見守っててください。お祖父さん、お疲れ様でした。
January 9, 2007
コメント(1)
7日の夜にお祖父さんがなくなって、お通夜でした。お祖父さんは学会葬、よくわからないけど友人葬なんだって。うちの両親も駆けつけてきた。その後の食事がバイキングで、適当に取り分けて配って来いとお母さんからお達しを受けたので、お皿を山盛り持って、必死に配膳。ビールや飲み物も減ればすぐ注がなくちゃ~っと思うのでゆっくり食べれなかった。美味しそうだったのに~。だんだん時間がたつとやることもなくなって、うちの両親も帰ったら、悠もあたしをほったらかしです。毎度の如くですが。たぶん、言ってもわかんないし気づかないんだろうなあ~。自分の家族だし身内だからね、彼には。いろいろ片付けてました。会場に今日はみんなで泊まる、ということになったけどヤダ~気使うし、家族といえど他人に囲まれて寝るのが嫌~☆・・・なんてのも通るわけないので。お風呂だけ入りに帰って(そのときばかりはホッと一息)会場で寝ることになった。悠とお義兄さんが寝ずにお祖父さんをみていることになったけど「先に寝とき~」と言われても、無理。寝たくないので、彼等に付き合って、しばらく起きてました。お料理の残りをつついたり、お線香に火を足したりでもすることもないので、4時ころに寝ました。
January 8, 2007
コメント(0)
夕方お母さんから連絡があって、お祖父さんがもうダメかもしれないとのことでした。急いで彼と二人で実家へ駆けつけて、その後病院へ。去年の12月22日に入院してから、もう退院は出来ないだろうって言われてたけど、お正月は大丈夫だった。病室へいくと、人工呼吸器をつけたお祖父さん。。両目にガーゼが乗せられてた。手を握って、「お祖父さん、来ましたよ~」と声をかけて病室を一旦出ました。正直、ほとんど話したことのない彼のお祖父さん。あたしが悠と知り合って、家へ出入りするようになったときにはほとんど部屋に居たし、彼の実家自体が、お祖父さんお祖母さんとそんなに関わりがないから遠い人です。彼も可愛がってもらった覚えは一切ないらしい。肺に水がたまっているらしく、あとは心拍がなくなるのを待つ状態になった。お母さんは病院にあんまり居たくないみたいで、急、ということもないようなのであたしたちは実家へUターン。明日か明後日か、という感じなので急いであたしの実家へ喪服を取りに行って、すぐ帰ってきた。そしてそれぞれ就寝。
January 5, 2007
コメント(0)
大晦日から彼の実家にいたんやけど、ここしばらくないほどの胃痛・・・ほとんど食べれずガスター10を買ってきてもらって飲んだけど効き目なしです(泣ギリギリッとくる痛みが大波小波で訪れるので座ってるのもやっと。お姉さんの部屋で横にならせてもらった☆でもちょっと嬉しいことがwお母さんが、あたしに白いロングダウンジャケット買ってくれてた♪サイズもぴったりで、前に欲しいなあって話してたからむっちゃ嬉しかったぁそんな感じでお正月を迎えました。皆で初詣。お参りして、おみくじ。今年は中吉。探し物出てくるし、旅行もいいし安産だww←でも予定なし2つくらい初詣回って、そのあとは彼の恩師が神主をしている神社へ。焚き火で暖をとってたら悲劇がっ・・・・・・・ジャケット燃えた(泣火の粉がばちーんって飛んで来たのだよ。。汚れただけならよかったけど、火だから溶けちゃった。もうショックでそのあと無言さ。。
January 1, 2007
コメント(0)
全9件 (9件中 1-9件目)
1


![]()