イドラ~私的遍歴~

イドラ~私的遍歴~

2009.03.20
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カテゴリ: 詩的遍歴
お月さまいくつ

北原白秋


お月(つき)さまいくつ。
十三(じふさん)七(なな)つ。
まだ年(とし)や若(わか)いな。
あの子(こ)を産(う)んで、
この子(こ)を産(う)んで、
だアれに抱(だ)かしよ。
お万(まん)に抱(だ)かしよ。

油(あぶら)買(か)ひに茶(ちや)買(か)ひに。
油屋(あぶらや)の縁(えん)で、
氷(こほり)が張(は)つて、
油(あぶら)一升(しよう)こぼした。
その油(あぶら)どうした。
太郎(たろう)どんの犬(いぬ)と
次郎(じらう)どんの犬(いぬ)と、
みんな嘗(な)めてしまつた。
その犬(いぬ)どうした。
太鼓(たいこ)に張(は)つて、
あつちの方(はう)でもどんどんどん。



 この「お月さまいくつ」の謡(うた)は、みなさんがよく御存じです。私たちも子供の時は、よく紅(あか)い円(まる)いお月様を拝みに出ては、いつも手拍子をうつては歌つたものでした。この童謡は国国(くにぐに)で色色(いろいろ)と歌ひくづされてゐます。然(しか)し、みんなあの紅(あか)い円いつやつやしたお月様を、若い綺麗(きれい)な小母(をば)さまだと思つてゐます。まつたくさう思へますものね。


お月(つき)さんぽつち。
あなたはいくつ。
十三(じふさん)七(なな)つ。
そりやまだ若(わか)いに。

お嫁入(よめい)りなされ。(伊勢)

ののさまどつち。
いばらのかげで、
ねんねを抱(だ)いて、
花(はな)つんでござれ。(越後)

あとさんいくつ。
十三(じふさん)一(ひと)つ。
まだ年(とし)若(わか)いの。
今度(こんど)京(きやう)へ上(のぼ)つて、
藁(わら)の袴(はかま)織(お)つて着(き)しよ。(紀伊)

お月(つき)さんいくつ。
十三(じふさん)七(なな)つ。
まだ年(とし)は若(わか)い。
七折(ななをり)着(き)せて、
おんどきよへのぼしよ。
おんどきよの道(みち)で、
尾(を)のない鳥(とり)と、
尾(を)のある鳥(とり)と、
けいつちいや、あら、
きいようようと鳴(な)いたとさ。(伊勢)
  「おんどきよへ」とは、「今度(こんど)京(きやう)へ」といふのがなまつたのです。

お月(つき)さまいくつ。
十三(じふさん)七(なな)つ。
そりやちと若(わか)いに。
お御堂(みだう)の水(みづ)を、
どうどと汲(く)もに。(美濃)

お月(つき)さま。お年(とし)はいくつ。
十三(じふさん)七(なな)つ。
お若(わか)いことや。
お馬(うま)に乗(の)つて、
ジヤンコジヤンコとおいで。(尾張)


 かういふ風(ふう)に、「そりやまだ若(わか)いに。」と、みんな歌つてゐるから面白いのです。京へ上(のぼ)つたり、紅(べに)かねつけたり、お嫁入りしたり、赤ん坊を生んだりしてゐます。お馬のジヤンコジヤンコもおもしろいでせう。それにまた、「そりやまだ若(わか)い。若船(わかぶね)に乗(の)つて、唐(から)まで渡(わた)れ。」(紀伊)といふのもあります。それから少し変つてゐるのに、一寸(ちよつと)西洋(せいやう)の童謡見たやうなのがあります。それは珍らしいものです。


お月様(つきさま)いくつ。
十三(じふさん)七(なな)つ。
まだ年(とし)は若(わか)いど。
お月様(つきさま)の後(あと)へ、
小(ち)いちやつけ和尚(をしやう)が、
滑橋(すべりばし)をかけて、
お月様(つきさま)拝(をが)むとて、
ずるずるすべつた。(下総)


 これは、空のけしきが其のままに歌はれてゐます。小さい和尚さんは白い星か薄(うす)い霧のやうな星の雲かでせう。滑橋(すべりばし)もさうした雲のながれでせう。天の川のやうな。ずるずる滑るところがをかしいではありませんか。
 それから、その綺麗(きれい)な若いお月様の小母さまに、みんながお飯(まんま)を見せびらかしたり、またいろんなものをせびつたりします。やはり子供の小母さまですから。


お月様(つきさま)。
観音堂(くわんのんだう)下(お)りて、
飯(まんま)上(あ)がれ。
飯(まんま)はいやいや。
あんもなら三つくりよ。(信濃)

お月様(つきさま)。お月様(つきさま)。
赤(あか)い飯(まんま)いやいや。
白(しろ)い飯(まんま)いやいや。
銭形(ぜにがた)金形(かねがた)ついた
お守(まも)りくんさんしよ。(岩代)

あとさん。なんまいだ。
ぜぜ一文(もん)おくれ。
油(あぶら)買(か)つて進(しん)じよ。(肥前)

どうでやさん。どうでやさん。
赤(あか)い衣服(べべ)下(くだ)んせ。
白(しろ)い衣服(べべ)下(くだ)んせ。(陸中)


 そのお月様は、紅(あか)いのに桃色だと云つたとて、プリプリ怒つたのもあります。


お月様(つきさま)桃色(ももいろ)。
誰(だれ)が云(い)つた。
海女(あま)が云(い)うた。
海女(あま)の口(くち)ひきさけ。(尾張)


 それから、


大事(だいじ)なお月(つき)さま、
雲(くも)めがかくす。
とても隠(かく)すなら、
金屏風(きんびやうぶ)でかくせ。(東京)


 といふのがありませう。ほんとに金屏風でなくては、あの若い小母さまには似合はないでせうね。いかにも昔のお江戸の子供が謡つたやうでせう。気象(きしやう)が大きくておほまかで、張(はり)があつて、派出(はで)で。
「兎(うさぎ)うさぎ」といふのも御存じでせうね。


兎(うさぎ)。うさぎ。
何(なに)見(み)て跳(は)ねる。
十五夜(じふごや)お月(つき)さま
見(み)て跳(は)ねる。ピヨン/\。


 ほんとに、お月夜の兎のよろこびと云つたらありません。両耳を立てて、草の香の深い中から、ピヨン/\と跳ねて飛んで出る、あの白い綿のやうな兎さんもかはいいものです。それにしても、あのまアるいお月さまの中には、いつも兎が杵(きね)をもつて餅を搗(つ)いてゐる筈でしたね。







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最終更新日  2009.03.20 12:50:11
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