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続く余震。放射能の恐怖。買占め騒動。停電。今、東京は大パニックです。ストレスからかめまいがひどく、一日のうちにも気持ちのアップダウンが激しい。私にできることは、子供に笑いかけること。そのために、テレビを消し、パソコンを消し、深呼吸をする。過剰な報道によるネガティブの連鎖のようなもの、それに飲み込まれてはいけない。必要以上の情報に惑わされることは、私の役目ではない。被災者の方を思えば本当につらいけれど、私たちもまた今を生きなければいけない。友人のアドバイスを受け、意識して楽しいことをするようにしている。友達を誘って一緒にごはんを食べたり、歌を歌ったり、お料理したり・・・。不安定だった長女もだいぶ落ち着いてきたように見える。買占めですっからかんになったスーパーを見ると不安は募るけど私は買い占めない。今まで原発のおかげで惜しみなく使えた電気。そのことに感謝をしよう。ありがとう。そしてお疲れ様。政府の発表を信じるならば、東京は安全、それは本当??先が見えず不安が募る・・・。それでも私はここに住むことを選んだわけだから、ここにいたい、こんなときこそ家族といたい、(津波で流されるとわかっていながら家に残ったおばあちゃんの気持ちがわかる、ともらしたら、そういうタイプだよね、と笑われた)と自分の気持ちが固まった昨日、夫より「少なくとも1週間、実家に帰るように」との命令。彼の見解は「赤ちゃんと妊婦は基準が違う」ということ。http://takedanet.com/(東京から離れられない人に向けた記事もあるので、興味がある方は読んでください。)夫が一家の長として判断した結論を受け入れることにしたものの、なぜか拭えない罪悪感。自分だけが逃げる、ような気持ち。そんなとき友人のブログに書いてあった松山千春さんの言葉。以下引用。知恵のあるヤツは知恵を出せちからのあるヤツはちからを出せカネのあるヤツはカネを出せ何も出せないヤツは元気を出せ!わたし、元気を出すぞーーー!!
2011年03月17日
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会場が臨時休業、電車が不通(その後動き出していますが、駅の外まであふれています)になってしまったので、中止せざるを得ませんでした。申し込みしてくれた方に電話したら、みんなすごく温かく対応してくださって、嬉しい!!東京では今日から4月まで計画停電がはじまるようです。午前中3時間と夕方3時間。幸い我が家がある地区は停電がないみたいだけど、今停電にならない地区もいつ停電になるかわからない状況。震度6強の誘発地震がまだまだ起こる可能性があるという報道。続く余震。しかも震源地がどんどん北にきているあまりにも情報が錯綜し、うろたえている自分がいます。落ち着かなきゃ。本当に先が見えなくて意味なく焦ってしまう。お店は懐中電灯、電池、カップめん、バナナ、パンなど次々と売り切れています。同じように子供を抱えて不安な人に何かできないかと考えて見るけど、公民館や公共施設はどこも臨時休業。こんなときこそ開放してくれたらいいのに!!我が家をオープンにするには狭すぎるし、犯罪も怖い。もちろん知り合いならいつでもウェルカムなので停電などで困っている方は連絡くださいね。同じマンション内でコミュニティを作れないかと考えてみたり…。何ができるのか!?何をしたらいいのか!?テレビを見て涙するばかりで何もできません…。
2011年03月14日
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実は…引っ越しました。帰省から戻り、1日で荷造りをし、新居へ。そして手伝いに来てくれた母が帰って3日後に、あの地震。たまたま友達が来てくれていたので、なんとか冷静でいられたものの、いざというときに何も出来なかった子供を机の下に入れ、まだ耐震をしていなかったテレビを押さえるので精一杯でした。友人に言われ、ベランダの窓を開け、部屋のドアを開け。私がしっかりしなくてはと思いながらも、慌ててしまい、長女がパニックに。反省取り乱したつもりはないけど、ふつうじゃない状況を感じてしまったんだろうな。その後も大きな地震が何度か、そして余震はいまだに続いています。夫とは最初の地震直後にメールで連絡はとれたものの、電車が止まっているので帰ってこれず。「横浜の高層ビル23階で死を覚悟した。」「窓から燃えているビルや爆発した工場が見える。」「色々なデマが飛び交い、精神的に追い詰められている。」など、生々しくて恐ろしいメールが…。津波警報もあったのでオフィスに待機命令が出ていたそうですが、もし下階が火事になっていたらどうしていたのだろうと思うとゾッとします。「そこが安全なのなら無理して帰ってこないで。とにかく家と子供は私が守るから」と、強がって言ったものの、正直本当に不安でした…。幸い、引っ越したばかりの新しい場所にも関わらず、ご近所さんに恵まれ、本当に心強かった!!!!!ガスの復旧方法を教えてもらったり、コンビニで買い出したものを差し入れしてもらったり、大丈夫?と声をかけてもらったり。アンパンマンじゃないけれど、勇気100倍でした。結局、電車が復旧したのが夜中0時すぎ、彼が家にたどりついたのは3時を越えていました。私のどこかをつかんでいないと冷静でいられなかった長女は夫の顔を見て急に元気に。「父の役目」を思い知らされた瞬間でした。その後も余震の度に、あのとき、を思い出し、泣きわめいて不安定になる娘。しばらくは落ち着かない日々が続きそうです。対照的に次女は何もわからずニコニコ。被災地にも小さな子供や赤ちゃんがたくさんいることでしょう。それを想うと本当に胸が痛みます。今私にできることは、節電すること、そして、家族と過ごせるあたたかい時間を大切に想うこと。それくらいしか思い浮かびません。被災地の一日も早い復興と犠牲者のご冥福をお祈りいたします。明日は、おはなし音楽会。開催を中止することも考えましたが、こんなときこそ子供たちに、そしてお母さんたちに、音楽の癒しを、ということで決行することになりました。うたやおはなし、手遊びやわらべうた、バイオリン、フルート他楽しい楽器がたくさんでてきます。1~3歳クラスは定員になっていますが、0歳クラスは少し余裕があります。場所は富士見台地区区民館。ご興味がある方はorugo-ru2009@live.comまでご連絡くださいね。
2011年03月12日
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