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つい先日、春の高校野球が終わったばかりですが、我が家では甲子園よりも地元の県大会が話題でした。それは、甲子園に香川県の高校が出場しなかったことも理由のひとつ、そして、私にとっては高校時代があまりにも昔になってしまったのもその理由です。(笑)私の家は、県立の工業高校のすぐ裏手にあります。遅くまで明かりがもれる野球部の部室は私の部屋の目の前です。ボールが庭まで飛んできたこともある近さ。運動場に響くバットの音も、球児の声も届いてきます。^^県下の高校でもかなり広い敷地を有し、バッティングなどの設備も早くから整っていました。けれどいつも負けて帰ってくる弱いチーム、、、それが子供の頃からの印象でした。その高校が県大会ではありますが、この春はどんどんと勝ち進み、準々決勝では14回もの延長戦を制し、優勝こそできませんでしたが、準優勝という快挙を成し遂げてくれました。^^練習前に学校周辺を何周もジョギングする彼ら。「こんばんは~!」監督が代わったのかな、、、数年前より道端で会う近所の人に元気よく挨拶をしてくれるようになりました。「こんばんは~!」「こんばんは~!」「こんばんは~!」大勢の部員全員が、すれ違う度に大きな声で声を掛けてくれます。こちらも馴染みができてきて、父などは「頑張ってるね~。」「今日の試合はどうだったんや~?」と声を返すようになりました。最近、○○高校の野球部の子達、礼儀正しくなったよね。そう話していたところでした。夏のハードルはもっと険しく高いでしょうが、それでもこれに自信をつけて、一試合一試合勝ち進んでいってほしいものです。^^* * *古い話になりますが、私が高校一年の夏、TVに流れる甲子園を何気なく眺めておりました。キャッチャーの合図に何度も何度も首を横に振る徳島県池田高校の投手(桜間選手)の顔が印象的で、いつの間にか大ファンになってしまった私。池田高校 vs 静岡の浜松商業。もう昔の勢いはすっかりなくなっていましたが、゛やまびこ打線"で一時代を築いた蔦監督、そして池田高校の名前はまだまだ全国的に有名でした。それは1988年(昭和63年)8月、監督の最後の甲子園となりました。浜松商業に負けてしまったので、甲子園における最後の試合でもあったわけです。試合の内容こそは全く覚えていませんが(笑)、どうしても桜間くんに会いたかった私は、9月頭に池田高校まで友達と一緒に訪ねてみました。3年生の桜間くんは、甲子園を最後に引退したのでしょう。彼の姿はありませんでした。ですが、諦めきれません!(><)池田高校のある徳島県池田町(現在は三好市)、そこに本家のある私は、大叔父が蔦監督と大親友であることを思い出しました。部員の宿舎を建てる時も相談に乗ったのだと、大叔父はいつか自慢気に話してましたっけ。ふっ、ふっ、ふっ。 私はただでは帰らない。( ̄ー+ ̄)急いで大叔父に電話をし、蔦監督の家まで連れていってもらったのです。(o^―^o)非常に残念なことに、桜間くんと蔦監督に会うことこそできませんでしたが、その時奥さまからもらった監督直筆の色紙は今も大切に保管してあります。^^『山あいの町の子供たちに一度でいいから大海を見せてやりたかったんじゃ』これは、夏の甲子園に初出場した時の言葉だそうですが、この言葉に監督の思いが凝縮されているようで、今改めて読んでもじ~んとします。*「こんばんは~!」 今日もいつもの元気な声が聞こえます。あなた達にも、いつか大海を見れる日がやって来るといいですね。(^^)
2009.04.03
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*古い話になりますが、韓国ドラマ"冬のソナタ"はご覧になりました?ここは撮影に使われた「ユジンの家」のすぐ前の道、そしてヨン様演じるチュンサンが壁にもたれ掛かり煙草を吹かしていた坂道です。昔、そのユジンの家に住んでいた"宋胤子さん"と共に【'08.05.05】いつもの海外旅行では、私はものすごく夜更かしをし、朝は太陽を待ちかねて早起きをします。興奮して眠っていられないのです。(^^)それに、誰もいない早朝の街並みを散策すると、自分もその街に溶け込んでいくようで、その感覚が大好きなのです。けれど 韓国最終日の5/5、前日見学した「独立記念館」による疲れと心の重さに、私はなかなかベッドから起き上がることができませんでした。やっとのことで立ち上がった私は、その日の日程を頭に入れようとガイドブックを広げます。15時には仁川空港行きバスに乗らなければなりません。「西大門刑務所歴史館」に行く前に、「京福宮~キョンボックン」に寄ってのんびりしようかな。カフェでくつろぐのもいいし。。ペラペラ、ペラペラ。京福宮では、伝統的な宮中文化の再現として、李朝時代に王宮の警備を担当していた守門将の交代儀式が"興礼門前広場"で行われます。せっかくですから、これも観ましょう。、、、とイベントの時間を調べてみると、「10:00 11:00 12:00....16:00」とあります。10時かぁ~、、それまでどこで何しようかな~。。ペラッと一枚ページをめくると、、ソウルの中心部にも韓国の文化を感じる伝統家屋が残された村(マウル)があると、、。その一つが、明洞のホテルから地下鉄で一駅"忠武路駅"からすぐの「南山韓屋マウル」。最初はここに行くつもりでした。けれど、京福宮の近くにもマウルがあると載っています。それが、「北村韓屋マウル~プクチョンハノンマウル」です。私は中学時代、"北村くん"という男の子が好きだったことを思い出し、「北村地区」に決定しました。*^―^*(なんて単純な私、、。)9時前に、その最寄り"安国駅"に降りた私は、都心にしてはひっそりとした佇まいの、どこか懐かしさを感じる町並みを、少し上り坂を歩いていきました。どうも気が付かないうちに、「北村エリア」に入っていたようです。緩い坂道を登り詰めたところにある「中央高校」まで、まずは行ってみましょう。その高校のすぐ目の前で、ある女性に話しかけられました。日本語です☆「私、ユジンの家に住んでいました。」「へっ?」・・・私。「冬ソナ、知ってますよね。ユジンの家はすぐそこです。」「へっ???」へっ? ここがドラマの撮影場所~?中央高校は、ユジンとチュンサンが通った高校です。そうだったのかぁ~。*私が持つガイドブックは、実は前回(2004年)の旅行で使ったもの。確かその頃に冬ソナ人気が始まり、まだロケ地について記載されていませんでした。最近のガイドブックにはしっかりと「冬ソナロケ地」と書いてありますね。知っていれば、「南山地区」を選んでいたのにぃ~。と悔やんだところで、その女性"宋さん"は一人勝手に喋り続けます。「こちらですよ~。ユジンの家、覚えてますか?」えぇ、えぇ~、一度は見たドラマですから覚えていますよ。。「実は、ユジンの家は壊されてしまって、今はもうないのですよ。」なら、なんで連れて行くのよぉ~。(>_<)「でも、ここから見下ろす北村韓屋村の景色が一番美しいですよ~。」そぉお~~~? まぁ、見晴らしは良さそうね。この宋さん、今は中央高校前でスターグッズのお店を開いているとのこと。私は韓流スターのファンではないわよ! 、と心の中で叫びつつ、いつの間にか宋さんのペースにはまっていました。(^。^;)「お茶でもどうぞ。」 お店に案内されて、一杯のお茶を出されました。ゴクッ。。 何のお茶だろう、とっても美味しい!o(^^)o「これ、すごく美味しいですねぇ~。」 これには私、完全に負けてしまいました。「そうでしょ。トウモロコシのお茶ですよ。」気が付けば、、(*^_^*)お店にあるグッズを手にとりながら、宋さんと話が弾む、弾む♪結局、"チェ・ジウ"さんの写真集と、母が大好きな"パク・ヨンハ"さんの2008・2009年版カレンダーを買ってしまいました。私、韓流スターのファンではないと言いながら、実はチェ・ジウさんに憧れていることを忘れていました。^^宋さんに勧められて、ジウ姫の写真で埋め尽くされた傘を射しかけ、「はい、ポーズ!」。*^O^*彼女のメモ帳までプレゼントされました。(-◇-;)母もこのお土産が一番気に入ったようだし、、何より、今回の重~い旅行で"ほっ"と一息つけた 優しいひとときでした。*韓国旅行記、一旦終了です。お付合い、ありがとうございました。(カムサハムニダ~。^^)*幼なじみの親愛なるN子ちゃん、お誕生日おめでとう!物事をいつも冷静に見れる姿、尊敬していますよ。^^
2008.05.23
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