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どうしたもんだか、調子が良い時がある。雨降りそうかもって思って、天気予報を調べてみると雨マーク。で、遅くなったけど夜に帰ってから取り込んだ洗濯物、今日まで引き延ばしてたらアウトだった...。いつもなら遅れそうな電車が間に合って、いつもよりも早い電車に乗れ、しかもいつもなら遠いホームだから、と諦める電車に乗ってみようと歩いていくと、ちょうど階段を下りて行く頃に、「ドアが閉まりますぅ~」の合図。タイミングよく乗れちゃったし...。いつもよりも早く目的地に到着。う~ん、小雨なんだけど、気分が良い。(*^o^*)そういうタイミングの積み重ねって、ほんと嬉しくなったりする。例えるなら、目的地まで青信号でずっと行けてしまった、とか...。そんな感じ。そういえば、朝の占いコーナーでは、運勢良いって言ってたなぁ~、なんて思い出してみたりする。やっぱりそういうのって関係するかもぉ~って思う。バイオリズムはなんとなくあとで調べてみると、「あぁやっぱりこの時こうだったんだ」ってこと、あったりする。人間も月や地球の動きに同調しているわけだしね。そりゃそうだ、なんて思う。占星術だって、天体の大きな動きを集約して、自分の生まれた時に重ね合わせて、どんなエネルギーに左右されているか、ということになるわけだものね。解釈が多少違うかもしれないけど、大まかには占いの内容は似通って来ていても当然だと思う。そういう流れに左右されすぎず、うまく利用したり、活用できるようであれば、占いも一人前に使いこなしてる、って言えるのになぁ~って思ったりするのよねぇ。(*^^*)
2006/01/31
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1/29、みずがめ座の新月でしたね。すっかり夜の時間だったので、お願い事を書き始めたら、寝る時間が遅くなってしまいましたよ。でもね、この新月の時間に、静かに座って、自分の心と向き合って、10個お願い事を考えるって、月に一度訪れる、静かな瞑想の時間、って感じ。自分と向き合うことって、できそうで、結構日々の生活に追われてしまうと、なかなか...となってしまうこともある。イヤホンで音楽をかけながら、目を閉じても、実際は瞑想状態になれることも、もちろんある。けど、ほんとに静かな状態で、じっくりと心の感じるところへ集中するってやっぱり時間を作ってでもしたい、って思う。本来なら、毎日寝る前に、とか決まった時間が良いと思う。結構「瞑想」って難しく考えている人も多いみたい。実際に、心をクリアにして、と言っても、クリアにする前に、どんどんと、心に雑念が浮かんでは消え、とする...と言う。沸き起こってくることには、抑えるって無理だから、それならば、出てくるだけ出してしまえば、少しは心にスペースが出来てくる。それまでは、いくらでも出てくるのを抑えず、流れ出すままにしてみるのも、手だと思う。そうやって、静かになるのに、慣れていく、というような感じ。と、瞑想も難しいことではなくなる。電車に乗っていてもできるし、歩いていても、実は瞑想状態って可能だと思う。ただ、それを線引いて「今が瞑想状態ですよ~」ってしないとだめ、って思っている限りは頭の中で、もう難しくしてしまっている。気楽にもっと気持ちを楽にすることから始めたら、もっと気持ちいいことだって気づくはずなんだけどなぁ~。
2006/01/30
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今日、また「ファインディング・ニモ」のDVDを観てた。これ、ほんとに内容が深いと思う。子供の育て方を見るには、結構参考になると思ったりする場面が多々あった。ニモの父であるカクレクマノミのマーリンは、とにかく心配性。なんでもかんでも「危ないぞ、気をつけなさい」って少々口煩い。だけど、途中で出てきたカメのクラッシュは、子供は子供で自立する、自立したときは、その時わかる、っていうスタイルで、子供が自分自身で何かをすること自分がやったぞ、という姿を見守っている感じ。ずいぶんと正反対な育て方だった。子供も、のびのびと「やったよ、パパ。見てた?」みたいな感じで、かなりかわいく自分自身が出来たことへの喜びを表現してた。確かに、子供にあれやっちゃだめ、危ないよ、っていう親は多いかもしれない。かといって、野放しでもなぁ...っていうのは、ある。そのちょうどいいさじ加減っていうのが、難しいのかもしれない。私はまだ子供を持ったことが無いからわからないけど、自分自身どういう親になりたいかな?って思ったらやっぱり見守っていって、子供が成長していく姿を勇気付けていける親でありたいな、って思った。う~ん、いつになるやら...。
2006/01/29
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本日の体調は、ほんと自分でもびっくりするくらい、だめだめだった。ちょうど、歌う日だったんだけど、そのリハの最中に自分の手がマイクを持っていて、どんどん痺れていくのがわかる。で、マイクを持ち上げていることすら出来なくなった。気づくと、手が硬直していく感じ...。その前から、酸欠で、空気がほしいのか、あくびが止まらなくなってた。うわぁ~、まずいなぁ、って思ってたら、その手の痺れ。そして、さらには、飲んでた飲むヨーグルトも全部戻してしまう...。あぁ、体調絶不調ですよ。そんな中、他でもアクシデント...。楽器の方がトラブル、と重なる時は重なる。自分では、もう自分の体だけで精一杯。こんなこともあるんだなぁ、と後で少し元気になってからは思えたけど、その不調の最中には、もう余裕が無い。いくら何をしようとも、貧血っぽい状況は、どうにもならないし、一山超えない限り、どうしようもないから、っておとなしく寝転がって、ピークが過ぎるのを待ってた。このあたりは、何度もそういう状況に出くわしているから、対処はわかる。ただ、わからなかったのは、ここまで手が痺れたことってなかったから、正直びっくりしてた。あまり、普段と違う症状だと、まだ、どうしたらいいか、ってわかり辛い。ある程度、自分の具合の悪いときがわかっていれば、いくらかの対処はわかるんだけどねぇ...。にしても、今年の風邪のせいなのか、結構長引いてるわ~。
2006/01/28
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昨日思っていたこと...。急に「人を愛するってこんなに難しいことだっけ?」って考えてしまった。私は人を愛しているのではなくて、エゴで「好き」って思っているのではないだろうか?って。自分がその人にしてあげたいと思ってやること、それで喜んでくれたら嬉しいな、って思ってた。事情が異なる場面では、必ずしも喜んでもらえることを提供できないこともあるし、それは仕方の無いことだ、って思ってはいた。けど、それがいくつか重なるうちに、自分の中で考えていることに疑問を持ち始めた。「もしかして、相手のためを思って、ってやろうとしているのかもしれないけど、実際はこれ、エゴなんじゃないか?」って。その証拠に、思い通りにスケジュールが進まなかったり、計画していた通りに行かなかったから、と自分自身の気持ちの収まり所が悪くなったりしてた。昨日に至っては、そのことで自分自身「何をしてたんだろう?」って自問自答して、自分のことを後回しにする癖がまた再発してるのかなぁ...と思い悩んだ。出来事自体は、ほんとに些細なことだったかもしれない。だけど、落胆した気持ちの持っていきようが無かった。自分自身、「愛の元に行動していたんじゃなかったの?!」って自問自答し、それに対して「100%Yes!」って言えるだろうか?って思ってしまった。仕方ないので、しばらく冬の夜空を見て、ちょっと気持ちを落ち着けるために泣いてみたりした。でも、もう少し、時間を置いて考えたら、冷静に考えられるようになるかもしれない。風邪っぴきには寒かったけど、星空は温かく見守ってくれているように感じた。
2006/01/27
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お昼に胡蝶蘭の根っこをキレイにしようと、はさみを持って、観察してた時のこと。不思議なことに、途中空っぽになるくらい枯れてしまっているのに、その先にまだ実の詰まったようになっている根も存在しているんです。で、その枯れかかっている部分を見逃すと、普通の根に見えてしまう。でも、遡ってその先を辿っていけば、根っこの先の方は、白っぽくなって、なんとなくふやけている感じ。普通の力強い根っことはどうも違う。ひ弱、というか、細胞の感じがなんか軟な感じ..。大事に大事にしようとして、結局今まであんまり手を入れなかった、ってこともあった。でも、これをこのままにしておけば、この先、腐っていたかもしれない。となると、腐るのを待つだけだった根なのかもしれない。先に気付けば、周りにもその被害が及ぶこと無く、取り除くことは出来た。ま、まだ周りの根への影響は無かったけど...。でも、これって、日常のことでも当てはまることだ、って思った。大事に大事に取り除かないでいたために、被害が大きくなってしまうこと...。心の中にたまったこともそうだと思う。1つ気付いているのに、そのまま放っておいて、で、その問題が大きくなってから、元もとの糸口がなんだかわからなくなってから、ようやく手を着けようとすると、もう収拾が付かなくなって居たりすることもある。ある時、コミュニケーションの取り方のことで、なんとなく気になる事が有ったけど、いくつかは、そのまま見送っていた。で、やっぱり気になって、後になってから、「あの時のあれ、この時のそれ」って考え始め、話し始めたけど、結局その時の詳しいことなんて、ぼやけかけてたりするわけで、どっちがそう言ったからどうなった、っていうこまごました所はわからなくなることも少なくなかった。後で、「その都度問題は片付けよう」ってことで合意した。それと一緒。あとで、って思ってたら、腐ってからその根に気付いたのかもしれない。でもそれでは手遅れ...。どうやったって、持越しは止めようって思った。なんだかそれをビジュアル化してくれてたような気がした。蘭よ、ありがとう!
2006/01/26
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と言っても、育ててる、胡蝶蘭のこと。昨日、一日お休みをしている間に、しっかり成長していました。かわいがっている胡蝶蘭たち...。もう2回目の冬の開花の始まりです。今日になって、ようやく1つ目のつぼみが開きました。いやぁ~、昨日休んでいる間じゃなくて良かった。(*^-^*)今年初の開花をちゃんと見逃すことなく、見ることが出来ました。思えば、一度は茶色くなって、見捨てられそうになっていたのを、一つ一つ株分けして、素焼きの鉢に移して、ってしてから、ようやくちゃんと緑を取り戻してきた。そこから、ちゃんと花芽を出し、今度は花を咲かせている。自然の力を思い知る。去年、もう少し栄養分をあげていれば、もう少し大きな花を付けたのかもしれない。ただただ、素人的に懸命にお水を絶やすことなく、とせっせと給水してはいる。今年はもう少し研究して、来年の冬、もっと大き目の花をつけてくれるように、世話をしたいな、って思う。こうやってみると、亜熱帯の気候をどう再現してあげたら良いだろう?って思うけど、冷暖房の完備している室内って便利。冬でも温かいし、夏は窓辺でなんとか暑さを保てる感じ。過酷過ぎず、適度に暖かさもあるし、水分もちゃんとあれば、しっかり育ってくれる。そんな彼らがまた咲いてくれるのが始まった、と思うと、もうすぐ春なのかなぁ~って、期待が沸き起こってくる。
2006/01/25
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今日も仕事、休んでしまいました。熱のせいか、体に力が入らず...。すごい高熱ではないのに、動けないわけではないんだけど、位の熱。だけど、動けばフラフラと重心が定まらないし、腰からは力が抜けていくし、一生懸命立とうとしても、頭が痛くて集中できず。咳は出ない時は平気だけど、一度出始めたら、喉の奥が切れているのではないか?という位、激痛が走るときもあり...。挙句の果てには、つばを飲み込むにも痛かったりする。インフルエンザとは違うらしいけど、それにしても頑固な風邪...。そんなわけで、いまだ風邪に勝てておりません。ヽ(>(ェ)<)ノ体力が弱っている時、人からももらいやすい。どんなにうがい、手洗いを頑張ってても、それ以上のことをしないと、勝てない。私の場合、食生活がその頃、手薄になってた。ちゃんとおうちでご飯を食べようって思ってるそばから、仕事の嵐に巻き込まれ、あれよあれよという間に、深夜に食べるのは...って食べない日もあって、結局それが、自分を追い込んだ形となったようだ。あぁ、やっぱり規則正しい生活は、すごい、って実感するのは、こうやって、体が自由にならなくなった時。いつも普通にあることが、すばらしい、って思うのね。贅沢じゃなくて、普通にある、そのことが、贅沢とも思える。
2006/01/24
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朝、「用意してたマスクを持ってくるの忘れた~」と言うと、仕事先の周りの風邪をひいた同志達が、「あるよ、これ使いな~」と二人もマスクをサクサクと出してきてくれた。嬉しいじゃないの。こうやって、さくっと言葉に反応してくれるのって嬉しい。あぁ、ちゃんと周りの人が気遣ってくれているんだ、って感じるとき、ほんとに嬉しいと思う。これって、ちょっと照れくさい瞬間でもあるけどね。でも、正直なところは、やっぱり、えぇ?!そんなにしてくれるの?って思う。その後も、「無理しないで早く帰りなよ」とか、「牡蠣食べるといいよ」とか言ってくれたり、色々と、良くなる術を教えてくれたりする。なんともありがたいです。こういう時に、金八先生じゃないけど、人が人を支えて「人」という字ができる、というのが、体感できる気がする。ほんと一人じゃない、って思うし、ちゃんと見ててくれる人が居る、って思える。確かにね、仕事で抜けたら困る、っていうのが、先にあることなのかもしれない。でも、必要とされている人間、って思われているのは、ある意味悪くない。むしろ嬉しいことである。そうやって、周りの人のことも考えたいって思う。誰かが休んだのに、何の話題にもならないよりは、やっぱり「どうしたんだろうね」って話題の上るようにしてあげたいな。
2006/01/23
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シンクロってやっぱりあるな~ってこのところ思う瞬間。相手にメールを打っている時に、その相手からメールが入る。送ったら、送ったすぐ後に、「今打ってたところだよ」ってメールの返信がある。メールを打っている時に、その人からの電話が入る。なんとなく目が覚めた時間が、遠隔ヒーリングをしてくれてた時間だと知る。う~ん、すごいなぁ、って思ったりする。こういう時にシンクロを強く感じる。ものすごく無意識なんだけど、意識が繋がっているな~って感じる瞬間。シンクロってそんなことを言うんだと思う。
2006/01/22
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金曜日からくしゃみが出たりして、寒かったり、眠かったり...って続いて、その夜から、なんとなく体調がおかしくなり始めた。咳も出始めたし、熱を計れば38度を超えた。土曜日の朝になって、午前中のみ診察をやっている病院へ雪の中向かう。数日前から腰が痛かったけど、その理由も今回なんとなくわかった。女性の場合は特に、って言ってたけど、お医者さん曰く、腎盂炎(じんうえん)になると腰に痛みが走るらしい。ただ、咳が出ているということは、両方一気になることはないらしいので、その疑いは無いらしいんだけど、腰は腎臓に何か現れた時に、反応が出る、ってことらしい。そのために、トントン、って叩いて、痛みが響くかどうかを調べられた。今回はちょっと安心した。熱が出るたびに腰が痛くなったり、腰に力が入らなくなっていた私は、ちょっと心配になった。ということは、腰がおかしくなる時、その恐れもあるのか?と。痛みが激しくなった場合、気をつけよう、って思った。それから、今年もまたインフルエンザ、流行ってきている。幸か不幸か今回、私はインフルエンザにかかったわけではなかったらしい。インフルエンザにかかったかな?と思ったら、そこから48時間以内に、薬を飲まないとだめらしい。確か風邪もそんなことを言っていた。ウイルスが体に入ってからの、48時間以内に薬を体に入れれば、ひどくなる前にやっつけられる、と。だからこそ「早めの、XXXX」なんていうCMもあるわけだ。このところ、あんまり薬は服用しないで来た。それゆえに、抵抗はあったけど、仕事も休めない、風邪をひくわけにはいかない、という事情が多々あり、今回ばかりは早めに薬を飲んだはずだった。しかし!!48時間はとっくに過ぎていたらしく、すっかり私の体は熱を上げる方向へ...。なんども汗をたっぷりかいて、熱を出して、免疫機能を上げようと頑張ってたみたい。やれやれ、今年まだ1ヶ月も経たないうちから、風邪ひいちゃったなぁ。気をつけていたとしても、女性の場合、特に周期的に気をつけないといけないのが、生理前の体温調整が利かなくなったりする時がある。この時に寒気がするのを放っておいたりすると、一気に体調を崩しかねない。そういうパターンを何度か経験してたりもする。なんだか今回もそんなパターンのようでもある。体の言うことを素直に聞いてあげるようにしよう、と日々思いつつも、つい忙しくなると、睡眠時間が短くなったり、食生活が乱れがちになる。それを「だめじゃないの!」とぴしゃっ!とされるのが、こういう風邪をひいたり、って寝込むパターン。毎度ながら、思い知らされるんだけど、人間って忘れやすく出来ている。すぐに忘れて、忙しさに負けてたりする。う~ん、ちゃんと体の声も聞かないとな~。
2006/01/21
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最近になって、江原さんが出てきたりした事からというのもあると思うけど「スピリチュアル」という言葉が怪しく無くなってきた。前は、宗教と一緒の所に本が並んでいて「精神世界」なんて言われるから、ちょっと怪しいとか、宗教がかっている、とか思われることも少なくは無かった。それに伴って、いろんなワークも増えてきた。最近では数え切れなくらいの種類のエネルギーワークがあるし、色んなワークショップもある。前から感じてたことは、あるワークに出ると、あれも出ないと、これも出ないと、とチェーンスモーカーじゃないけれど、途切れることなくワークショップを受け続けないといけないんじゃないか、という強迫観念に囚われている人も、よく見かけた。で、変わっているのか?と言えば、う~ん、良くわからないんだなぁ。( ̄▽ ̄;A変わっている、といえば変わっているようだし、そうじゃないかも?と言えばそうじゃないかも...。ただ、どこにそういう傷を持っているっていうのだけ、明らかになってしまった、という人もいた。トラウマや、自分の前世を明らかにした所で、そこに固執してしまったり...。ほんとは「スピリチュアル」ってしがみつくところではない。どこかに頼るわけでもないし、誰かに助けてもらうことばっかりじゃない。自分で自分自身を見つめて、その中から、自分の真の姿を見出すところにあるんだと思う。だからこそ、自分の中に神性を見出したり、とか、心の中に平穏な状態をもたらしたり、色んな事を吐き出したりするうちに、皮が剥かれるたまねぎのように、本質が見えてくるわけだ。しかし、いつまでもその皮を剥く事をためらっていれば、周りの茶色の皮と一緒にくっついて剥がれない、っていう状態に陥ってしまうわけだ。となると、変化はいつまでも訪れないし、その間に気付いた茶色い部分をずっと握っていたら、キレイな部分は出てこない。それどころか、埋め尽くされていくばかり。中心がぼやけていくばかり...。気付いているようで実は、自分の周りに物事をとっ散らかして、それで、呆然としているに過ぎない。スピリチュアルな道に踏み込む事で、固執したり、執着したり、何かに頼らなくては生きられなくなっている人も中には居ると思う。もう一度見直して欲しいな~って思う。何を見出すために、自分の本質を見ようとしているのか?前世を知るためじゃないし、前世からの目的はあくまでも目安であるけれど、ほんとに何がしたいのかは、あなたの本心が知っているはずだ。でも、そこが見えなくなっているのでは、やっぱり自分の中心から遠ざかっている状態としか思えない。迷いを作るためにスピリチュアルなものがあるのではない。むしろ、はっきり物事を見るために使って欲しい。自分自身の心を感じたり、感覚を敏感にしたりするために...、だと思う。そこがはっきりしていないと、闇雲にワークを受けつづけても、何も変化は訪れないと思う。何も解決はしないと思う。誰かが解決してくれるのではないし、自分自身が解決していかないといけないと思う。
2006/01/20
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人によって、言い方のアプローチって異なったりする。そりゃ仕方ないさ、って思うけど、やっぱり「う~ん、そう言われたらあんまり気分良く無いよ」っていう人は時々居る。例えば、人が何かを間違えて言ってしまった時としよう。「今度は気を付けてね~、よろしくぅ」とかなら、「はぁい!」って答えられる。しかし「この時にこう言われてがっかりしたよ。間違えるんだったら言わなくて良いから」みたいな...。これだとどうだろう?結構なトゲを含んでいないだろうか?「すいませんでした」って謝るしかない...。なんか言い方によって、人から受ける印象は変わる。後者の言い方だと、「イヤな言い方する人だな」の方がどうしても印象として残ってしまい、何をしなくちゃいけないんだっけ?が薄れてしまう。本意は人を傷つけよう、って思っていないんだと思うけど。だけど、そういう取られ方をするような話し方になっている場合、やっぱりやって欲しい事の内容が伝わりづらくなってしまうように思う。ストレートに、「こうしてね」って言えば済む事を、「こうだったからさ」っていうのを含んで、「悪いでしょ?あなたさ」的な部分をにおわせてしまうと、素直に受け取るには、やっぱり難しくなる。人により、誉めて言う人、けなしながら言う人っていると思う。それによって、印象は全く異なるのと一緒。「ドンマイ、今度は頼むよ」だと、気持ちは明るいけど「だめじゃない!ちゃんとしてよ!」ってなると、ショゲル...。そういう事だと思う。ほんとに少しの差かもしれないし、言い方の違いかもしれないけど、相手に与える印象や感覚で、捉え方は大きく変わる事は実際にあるから、やっぱり言葉って、丁寧に話したい、って思う。特にメールとか、こういった文章になると、相手のイントネーションは伝わってこない。冗談ぽくいっているのか、それとも普通のモードなのか、もしくは、怒って書いているのかもしれない。そういう微妙なニュアンスも言葉から読み取らないといけないわけだ。もしかしたら、後で聞いたら思い違いっていうこともあるかもしれないけどね。(;^-^;)だからこそ、言葉や言霊は、ちゃんと責任を持って扱おう、って思う。無責任に人を傷つけたり、非難するためよりは、人にとって心の栄養になったり、活力になるような言葉を沢山使いたいって思う。
2006/01/19
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いつもながらのことになりつつあります。また次回のすぴこん、出展いたします。今回は4名で、それぞれの分野で、ミニ体験セッションをする予定です。え~、いつものメンバーで可能なのが、オーラソーマ、レイキ、クリスタルヒーリング、クォンタムタッチのセッション。で、今回は、お知り合いを...ということで、エッセンスも登場です。私自身もコルテエッセンスのファシリテーター、ということもあり、エッセンスも実際に使ったり、イルカやクジラのエッセンスのペンダントをしたりしています。エッセンス、たかだか波動の転写されたもの、って最初は思っていました。しかし、使ってみると、すごい効果を発揮したりします。波動、ってすごいんだなぁ、というのを実際に認識し直したりしました。私もエッセンス、持っていけたら持って行こうと思っています。というのも、かなりいつも石達を連れていくだけで、いっぱいいっぱいになってしまうんです...。(;^-^;)さすが、石、というだけで重たいんです。ブレスを作って行くとしますよね?とすると、一つ一つは重たく無くても、いくつかそれがまとまると、結構な重量になります。さらに、ジェネレーターという、先端がとがっているクリスタルを持っていったり、そのなかでも、タイムリンクや、レコードキーパーなんかを選りすぐって持っていったりすると、それも、かなりの重量になってくるんです。とすると、石以外に持っていけるものが限られてしまうんですねぇ...。(切ない裏事情ですよ、ほんと)ビンが沢山になる、エッセンス、ほんとは対面セッションをやりたいのは山々なんですが泣く泣くいつもの、石メインで落ち着くようになってしまうんですよね。今回はエッセンス仲間がいる、となると、少しは軽減されるものも無きにしも非ずのようにも思えます。特に、イルカのエッセンスは、ほんとに緊張状態や浄化にも良いと思うので、使って頂きたい物なんです。お部屋にスプレーするのも良いと思います。後日ご注文を受ける事も考えてます。そんなわけで、また次回のすぴこんは2/25の土曜日です。両国のKFCでお待ちしていますよ~。「PinkDolphin」でいつものお仲間と出ていますよ。ぜひぜひ会いに来てくださいね~。すぴこんの詳しい情報はこちらをどうぞ。
2006/01/18
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昨日の夜、久しぶりに、横隔膜が震えてしゃくり上げる位まで泣いた。すごい久しぶりだった、ほんとに。でも、たまにはこれ、必要だって思う。気持ちの中に溜め込んでいるものを、吐き出してしまうため、必要な作業。どうしてかというと、横隔膜の近くには、太陽神経叢=第3チャクラが存在する。ここは、感情を溜め込みやすい部分。ここに感情が溜め込まれすぎると、胃がやられたりするわけ。そんなわけで、横隔膜が震えるまで泣くと、その部分を肉体の側から刺激することになる。という外からの刺激によって、内部の身体→心へと働きかけるわけ。もっと「出しちゃいなよ」って、強制的に揺すっているような感じ。となると、もう嫌がおうにも、泣き止むまでは、解放を強制的に行わせられているかのようになる。しばらく疲れるまで泣くと、すっきりするのは、この作用のため、とも言われる。それが、自分にも起こってた。ちょうど「自分の中に居る臆病者」の話をした。そいつのせいかもしれないっても思う。だけど、いつまでもそいつと仲良くはしてたくない、って思う。そろそろお別れしても良いなって思ったら、すぐにバイバイできる、って思う。というか、しよう、って思う。色んな理想があるだろう。いつまでもこのままの自分で居たければ居れば良い。けど、そのままで良いか?と言われれば、それは「NO」って思った。ならば、すぐに行動すれば良いじゃない、って。いつだって「明日からやるよ」って言ってたら始まらない。思い付いた時に、そうすれば良いわけだものね。
2006/01/17
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自分の中に臆病者が住んでいる。ここ最近、その臆病者が大手を振るってのさばっているのを感じる。この臆病者が活発になると、人の意見を聞き入れないためにブロックを作ってしまうようだ。あぁ、どこかで見た光景、と誰かのことを思い出しながらも、結局はそれを自分自身がやってしまっていることに後になって気付く...。私自身子供の頃、いじめられたりしたこともあり、人の言動に過敏になってしまうこともあった。「人は誰も信じられない」、って思いつめたこともあったし、なんでも自分独りでやってしまう事が、楽なことであり、人に頼れば、その分ややこしいことになる、って思っていたこともあった。今までに何度か自分自身のやっていることや存在自体を否定する人に出会ううちに、やっぱり独りで閉じこもったほうが楽なんじゃないか?って思ったりすることもあった。そんな時に、体が限界、とばかりに悲鳴をあげ、不調を訴え、ホメオパシーやヒプノセラピーに触れてから、それがきっかけになったのか「自分の心の中を安らぎで満たすには?」ということ、そして、今までの殻からの解放を行うように、って頑張ってきたつもりだった。出来ている、と今までも思ってた。でも、まだまだ私の中には、殻の中側の薄皮が残っているらしい。薄いだけに、余計にその琴線に触れることがあると、敏感に反応してしまうのだろうか?あまりにも自分でも情けなくなるくらい、このところ泣くことが多くなった。泣くことは、解放に繋がる、と思えども、なぜにこんなに涙が溢れてくるのだろう?って自分でもびっくりすることもある。いつまでその臆病者は、殻を張ったままでいるのだろう?何をしてみたら、その殻を難なく破ることが出来るのだろう?そして、素直な心と平常心を取り戻すことができるのだろうか?
2006/01/16
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「オペラ座の怪人」の500円でTSUTAYAで売ってたDVDを観た。怪人が怪人になってしまった理由。このストーリーで初めて知った。というのは、前の古いストーリーから、最近の映画になると、随分と、ミュージカル色が強くなってしまったため、ストーリーが随分とカットされていた。で、何を私が感じたこと。このストーリー、ソプラノのコーラスガールを、代役を経て、スターになっていく、というのを、オペラ座の楽団内のバイオリニストがサポートしていく、というのがあって、その過程でさまざまなことが起こるわけですが...。まあ、それは、観てのお楽しみで、詳しくは言わないようにしておきます。ぜひ観てくださいね。そのバイオリニストが、あるきっかけから、ファントム(怪人)になってしまい、そのソプラノのクリスティーンをサポートするために、人殺しまでしてしまうようになってしまうんですね。人が盲目になると、なにも怖くない、やってしまっても、罪悪感すら感じなくなってしまう、ということの表れなのだろうか?と思った。にしても、その彼女にだけは、献身的に尽くそうとするわけです。しかし、その方法が、手段を選ばず、ただ、彼女のために邪魔になる物事を排除するために、一生懸命なのは良いのだろうか?!というところなわけです。本人の満足でだけ、彼女がそれを受け入れるかどうか、というのも全く考えずに、自分自身の思いだけでなんとかして、彼女をスターにしようというする心、そして、周りを巻き込んでいく、という構図。物語だから、見ていられるけど、これが例えば現実に起きてしまったら、ワイドショーどころの騒ぎじゃない。人の命、それよりも、自分の強い思いを優先してしまっている。モラルというのを考えて行動しないと、「恋は盲目」で、笑って済ませられるものではない...。う~ん、ストーリーとしては、こういう裏が無いとだめなんだろうけど、現実で考えたら、ストーリーって出来ないものなぁ...。ドラマチックってなんだろう?って、ちょっと考えさせられる映画だった。
2006/01/15
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本日、せっかく楽しみにしていた満月。せっかくのお休みになった時は、やっぱり満月もちょっと特別に感じる。が、しかし!!天気、雲たちには、そんなのはまったくお構いなし。というわけで、曇りでした。ちょうど、満月のタイミング18:48には、雲が一面におおっていて、見えなかった。深夜寝る前になって、ようやく見ることが出来た。以前、やっぱり土日の、お休みだった時に、外で月光浴したりした。とってもエネルギーに満ちていて、心地よかったのを覚えている。そうしようかな~って思っていたのに、寝る前にようやく見えたのって、ちょっと悲しかったなぁ。せっかく今年最初の満月だっただけに、次回に期待!
2006/01/14
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初めて知りました。「蘭」でネット検索したら「園芸フォーラム」なんていうところが掲示板であるんですね。色んな人が色んな花について書き込みをしてました。蘭、バラ、ハーブ、果樹野菜、サボテン・多肉、観葉植物...などなどそれぞれの分野で、熱く語られていました。こういうのがあるのって、インターネットのいい所、って思ってます。何かあった時、わからない時、まずは検索してみて、それで調べられるって良いことです。知らない人が、知っている人の意見を見たり読んだり出来る、って、普通に電話や手紙だけだったら、不特定多数の方々とはお知り合いにもなる機会がまず無いし、必ずしもそういう詳しく知っている人に出会えるかどうかもわからない。となれば、ツールとしては、ずいぶんと役に立つ要素があるわけです。これも使い様ですよね。あまりにもどっぷりになれば、時間がそれだけ奪われてしまうし、ネットだけに依存すれば、人とのコミュニケーションを生でやり取りする機会が少なくなってしまう。どちらも良し悪しはあると思う。「良いとこ取り」っていうのが、好き!ネットも良いところは利用すれば良いわけだ。人とのコミュニケーションだって、良いところを利用すれば良い。そうやって、便利な世の中なりに、便利なツールを活用する術を知っていると、時間が逆に短縮されることも有るわけだしね。何事もすいすいいける方法を知っていると良いと思う。
2006/01/13
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誰かと話していて、この言葉を言ってほしいんだな、っていうのがわかったとします。でも、その言葉は、自分が思っていない言葉だったとしたら、あなたは自分の心にうそをついてでも、その言葉を言えますか?きっとこの言葉を言えば、この話はまとまる、そうわかったんだけど、あえて、それをしませんでした。なぜなら、自分が本当はそのことをしたくなかったから...。言えば、きっとまとまった話でしょう。それは、相手の方が言って欲しい言葉だからです。その一言が欲しいから、その方はずっと同じような質問をしていたのでしょう。それがわかったので、あえて避けました。自分の心にうそをついてまで、相手の方を満足させる結論を出すのは、なんだか違う、って思ったんです。そりゃ、円満にまとまったかもしれない。でも、自分の心の中は...?絶対に後で後悔する、そう思えました。この要求を飲んだら、その先も...またその先も...と、きっと自分の思っていない方向に行っても、「そうですね」って同意をせざるをえない状況になったかもしれません。やっぱり、そこまでするのって、自分自身の心が豊かになれない。もっと素直になろう、って思った。で、自分に素直になってみました。そのほうが、やっぱり気持ちよかったですよ。
2006/01/12
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どうしたら、誰にでも同じように「無条件の愛」って、表現できるだろう?って思う。優しい気持ちになれたなら、って思う。けど、偽善者的な気持ちでは、どこか心の中が落ち着かないし、常に、心の中に戸惑いが渦巻いているような気がしてならない。やっぱり「嫌い」って思ってしまう人、敬遠してしまいたくなる人だって世の中にはいる。それも「仕方が無いんだ」って受け容れることも必要だと思ったりする。それを押さえつけようとすると、自分の心が苦しいからだ。無理にやりたくないことは、強要しないようにしよう、ってこと。受け容れられる時は、何だって受け容れられるはず。自分の心に余裕が有る時もあれば、無い時もあるさ。そう自分の心に言い聞かせる。誰かから批判をされたとしても、その言葉を聞ける時もあるだろうし、素直に認められないよ、って思う時もあるだろう。もしかしたら、後々になって考えてみれば「もしかしたら、そうかもしれない」って思えるようになるかもしれない。それはいつ何が心の中に訪れるのかわからない。だからこそ、素直にピュアな状態を保てるなら...、って思う。いつでも無条件に受け容れるだけでもなく、ちゃんと自分自身のアンテナに素直に受け取ること。ゆえに、心の中にも迷いも無いだろうし、感じていることとの相違も無いだろう。いつだって、にこにこしていれば良い、というものではないけれど、感覚に素直になれば、反応する部分も思考だけではなくなってくる。思考はいつだって、過去からのデータ分析を優先させ、新しいことを拒んだり、違うことを拒否したりもする。それよりは、受け容れてから昇華(消化)してみる、っていうのも良いと思う。何度と無く自分の中で自問自答することもあるかもしれない。だけど、その一つ一つは決して無駄ではないと思う。
2006/01/11
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電車の中って色んな人がいますね。周りをちゃんと見ながら乗る人、全く考えずに自分のことだけしか考えない人...。今日はまあ、お休みをずっと1月してて、明けた人にとっては、初出勤だったのかもしれない。だからこそ、混みあったりもしたのかもしれない。ほんと、恐ろしくなるのが、「集団の意識」というやつです。みんなが「電車が6分遅れての到着です。申し訳ありませんでした」のアナウンスを聞くと、そりゃ、朝ですから、会社へ遅刻しないように、と急ぐわけですね。となると、階段やエスカレーター、エレベーターへと人が殺到する...。しかも、順番で行けばスムーズに動けそうなものを、どんどん押すもんだから、上から一気に出そうと詰め込みすぎて、詰まって出てこなくなったトコロテンのよう...。全く進むスピードが落ち、進もうとする人、押す人で、ぎゅうぎゅうになっている。あぁ、なんてみんな自分がかわいい、ということだけで動くんだろう?もう少し共同作業とか、円滑に進むことを考えられないのだろうか?と思う。そこで、もうちょっと落ち着いて行けば良いのに、とか声を出して「お先にどうぞ」とか譲るとか出来たら良いのに、とか思う。けど、その中にいざ入ってしまうと、「あ~れ~」と街娘状態で、ぐるぐるとその波に巻き込まれるしかない。長いものには巻かれろ状態ってこんなことも言ったりする?って思う。こういう混雑の風景が、その先には、将棋倒しを生んだりするのかなぁ、って思う。世界の各地では、地震災害が多々起きている。例えば、通常の電車ですらこうであれば、災害が起きた時、「我先に」とかけこんでいく人が周りにいたら...?!と怖くなる瞬間もある。そういう時こそ、冷静な判断、落ち着いた行動を求められるんだと思う。自分ひとりだけでも、冷静に...とは思うけれど、どこまで通用するのだろうか?
2006/01/10
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本日、「成人の日」でしたね。成人式、そういえば、出れなかったんです...。ちょうど、成人式の前に日本を発ち、留学するのが、1月の始めでした。着飾った女性、男性たちを見ると、自分が成人式を日本で迎えていたら、どんな感じだったのだろうか?と思うこともあります。「成人」なにをもって成人、とするのか...。年齢?精神年齢?行動?考えられることはいろいろある。出来る限り、歳を重ねるごとに、自分自身が毎年成長していたいな、と思う。今年、何を伸ばすことができただろう?って。去年、何が出来ただろう?って。そんな年々の成長を振り返るのも必要かなあ...。
2006/01/09
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人がいろいろな決断をして、その場を去っていくこと、状況を変えることがある。たまにある場にいると、その光景を目の当たりにしたり、重なっている時期に出くわすことがある。時々ちゃんとそのタイミングを調べてみると、なにか自然の流れに沿っているときもある。月の満ち欠けでの動きだったり、月の星座だったり、13の月の暦でだったり...。そのどれの影響を多く受けているのかは、はっきりわからないけど、その人が自然と反応しているのは、確かなんだろうなぁとは思う。どのくらい強く影響を受けているのかもわからない。そして、どんな影響として表面に出てくるのかもわからない。ただ、わかるのは、それを客観的に見たときだけ。自分自身だって、もしかしたら、そんな影響下にある時もあるだろう。衝動的に動くこともあるだろうし、もしかしたら、ゆっくりとなだらかな変化だったりするかもしれない。自分自身の心の動きが一番正しい、とするなら、その影響下で反応していることに、素直に耳を傾けるのが、一番素直にいる時なんだろうか、と思うんだなぁ~。
2006/01/08
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誰かを愛するとき、何を元に「愛している」って思いますか?または「愛してる」って感じますか?そして、どんな時に人を好きになりますか?どんな時にその特定の人とずっと一緒に居たい、って思いますか?人によってはよく言われるでしょう。自分より背が高くて(低くて)、かっこ良くて(可愛くて)、学歴が高くて収入があって...etc...。本当にその条件だけが揃っていれば、相手を好きになることができますか?本当にその条件がある人と、出会ったなら、恋に落ち、一生好きでいられますか?心で感じる部分は、その条件から生まれると思いますか?「愛してる」=身長+容姿+学歴+収入な~んて公式、納得できますか?まだまだ世の中にそれだけしか見ていない人も多い気がします。本当に心から相手を信頼したり、好きになったり、共鳴したり、共感する部分は、その公式以外のところにあると思うんです。確かにある意味、まったくお金が無ければ、生活できないし、衣食住困ることは認めます。ただし、その衣食住の最低限は、働いてお給料をもらっていれば、なんとか満たしているはずです。となると、それ以上、どの程度を「良し」とするか、です。上を見ればキリが無いでしょう。お金がいくらあったって、苦労する人は苦労しますし、心が満たされていない夫婦だって居るでしょう。いったい何を「愛」と捉えるか?が重要なんだと思うんです。相手と、どういう愛の形を築こうとしているのか、と感じたことはありますか?相手に対して、何かをしてもらうことだけを考えたり、物をもらうことだけを考えてみたり、そういうことで、満足度を量っていませんか?「心の満足度」は何を感じたときに、満たされるか、そこを感じ取ってください。相手が嬉しい顔をしているとき、喜んでくれたとき、一緒に居るとき、眠っている横顔を見ているとき、どんな瞬間でも、些細なことでも幸せと感じられますか?一緒に瞬間瞬間を生きていること、その楽しみを味わうことができますか?同じものを見て、同じように感じ、心を動かされ、それについて語り合うことで、喜びを感じることはできますか?人によって、いろんな楽しみ方、感じ方、喜び方はあるでしょう。その部分がお互いで共感できるものであるか?一度見つめ直してみてください。あなたは愛している人を「心の目」で確かに見ていますか?
2006/01/07
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すぐそばで、よくため息をつく人がいる。仕方ないけどさ、色んなこと起こるし、大変だとは思う。だけどさ、やっぱり「その場その場で溜め込まないで良いよ」って思う反面、周囲にもその同じ気持ちを吐き出していて、影響させてるって、なんだか複雑。いつも「ため息つくと幸せ逃げますよ」って、言っては見るけど、最初のうちは笑っていたけど、そのうち、それにも応える余裕が無くなってきたのか「いちいちツっこまないでください」と言われた。こっちも冗談を交えて、和んでくれたら、両者に気分良く、ことが運ぶなら、っていう思いで言っているわけだ。なにも責めている訳でもないし...。できることなら、気分良く進めたいだけなんだなぁ、って思う。でも、渦中に居る方には、そんな思いは届いていないようだ...。「あぁ~」とたまに、溜まりかねたストレスを発散しているようです。そのたびに、「まあまあ」となだめるわけですが、それもなぁ...って思ったり...。もっと心に余裕持って見てみたら、もう少し、気持ちが楽になるんじゃないかなぁ~、なんて。(;^-^;)人はその物事にどっぷりと入り込んでしまうと、とかく周りが見えなくなってしまいがち。少し引いてみてみると、その全体像が見えてきたり、もう少し違う角度からのアプローチの仕方が見えたりする。どっぷりだと、その物事に振り回されてしまうことも多々ある。ため息ばっかりついていると、どうもその「物事に振り回されている人」になってしまっているような気がして、勿体無いなぁって思うんだなぁ。
2006/01/06
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周りを見渡すと、風邪ひきさんが沢山です。マスクをしている人、咳き込んでいる人、ティッシュを片手に歩いている人...。このところ急に寒かったりしたからか、急激に変化する温度に耐え切れず、身体が調子を崩しているのだろう、と思います。自分自身思ったのは、少し無理をすると、体は不調を訴えてきます。ちょっと無理をしたりすれば、「疲れたよ、ちょっと休んだらどうかしら?」とばかりに、風邪をひいてくれちゃうわけです。こちらとしては、頑張らなきゃいけない時に!って場合もあるから、なんとも「ありがた迷惑よ!」なんて思うこともあるわけだけど、体は精一杯に訴えてます。「休もうよ~、ちょっと寝ようよ~」と言って。ひどい時には、熱で動けなくなりました。ある程度の微熱は、免疫機能が頑張って働くために必要な温度なんだそうです。それが必要だから、と熱を上げるわけです。さらには、熱が上がってくると、動けなくなるように、関節から力が抜けて歩くのも困難になり、仕方なく寝込むわけですね。さて、そうなると、身体の方に軍配が上がる。「やったぁ~、だから言ったじゃないの!休もうってさ」ってことになって、ようやくしぶしぶお休みになるわけですよね。そんな悪あがきする前に、できれば、軽いうちに、ちょっと早めに寝たり、温かくしたりして、大事をとっていれば、きっともっと軽く済んだんだろうな~なんていうのは、後の祭り。(⌒-⌒;もう、仕方ないことです。風邪をこじらせて、変な咳をしている人もいます。気管支、大丈夫かな?って思うのとか。そうなる前に、出来ること、体にしてあげたいですよね。(*^o^*)
2006/01/05
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なんでも年始で初めてだと、ついつい「今年初」の言葉をオンパレードしてしまいがちですが、ほんと、これも「初」なので。(*^-^*)流星、見ました!思ったよりは、やっぱり街燈の光が邪魔して見えづらかったけど...。こんなに夜中の3時が明るいと思わなかった。!Σ( ̄□ ̄;)でも、見えないよりは、見えただけでも嬉しいもんですよ。「しぶんぎ座流星群」というそうです。年始、一発目に見ることができる、という流星。それが、ほんとは毎年1/4の未明、なんだそうです。今まですっかり知りませんでした。(;^-^;)もったいないことをしていたような気分。にしても、年に3大流星群がある、っていうのも、昨日調べてて初めて知ったところ。うわ~、もったいない。やっぱり頑張って見るべきだ。こういう天体ショーって俄然頑張って起きてしまう方なんです。いつぞやの「しし座流星群」も見た時は、興奮を覚えました。昨日は、というと、それほど沢山は見れず、30分で4つは、ものすごい明るいのを見ることができました。暗いところなら、もう少し暗めの流星も見れてたのだろうか?と思うと、ちょっと寂しかったけど。新月の後、というだけあって、月の光にも邪魔されない、というように言われてたけど、街燈があそこまで明るいと、目が麻痺してしまう...。かと言って、街が暗ければ、犯罪に繋がる、とか騒がれてしまうんだろうけどさ。あぁ、贅沢なことを言っても良いなら、こういう天体ショーの時だけ、電力会社が気を利かせて30%位ライトダウンとかしてくれないかな~。だったら、よく見えると思うんだけどなぁ。(⌒-⌒;
2006/01/04
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本日、お正月休み最後、ということで、お参りに行ったり、お墓参り、祖母の御見舞と、忙しく過ごしてきました。やっぱり人混みは、この時期、仕方ない。すごい混んでいるところばかりで、車はなかなか動く気配もなく...でした。今年、初体験としては、護摩焚きを体験しました。お堂に入って、なんだか出かける前に飲んだ風邪薬のせいなのか、眠くてたまりません。ようやく始まっても、なんだかその眠気、というかくらくら感は続いてました。たまに沢山エネルギーに当たると、眠くなったりする事があるんだけど、それだったのかなぁ?と後で思ったり。護摩焚きが終わってから、肩の辺りがムズムズしたりもしました。厄を落とす、と言われるので、あやかってきました。これも不思議だなぁ、と。30分弱の正座だったんですけど、足が痺れてしまってて、それだけで、肩までその痺れが行くとは思えないし...。で、話は変わって、本日の深夜3時頃から、夜空を見上げてみて下さい。流星群が見れるそうですよ。(^_^)参考はこちらを...。本日は、新月から間もないため、空も暗いので、よく見えると思いますよ~。北東の空を見てみるようにして下さいね。私は...う~ん、寒さと眠気に勝てたら見ようかなぁ。(^^;)では、天体ショー楽しんで下さいな。
2006/01/03
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新年も2日目を迎えましたね。年末から実家に帰ってきています。お正月の過ごし方って色々あると思います。・家族と過ごす・恋人と過ごす・友達と過ごす・一人で過ごす色々ですよねぇ。どれも同じ1日24時間を日々過ごしていくわけですよね。だったら、新年、寝て過ごすよりは、何かあった方が良いですよね。新年の抱負を思い描くも良いですし、お参りに行くも良いですよね。私は、実家に来ているゆえ、両親と一緒に過ごしてます。去年の年末は忙しくて、なかなか遊びに来る機会が無かったので、ほんと久しぶり。母の手料理を食べ、懐かしい味だなぁ、なんて思ったりするもんです。ついつい食べ過ぎないようにしないと、と思うんですけど...。(^^;)色んな話をしつつ、母が料理を作るのを横で見てたり(手伝う、じゃないところがミソですけど...)父とも話をする、というのが、楽しかったりします。今日は雨も降ったりした事もあって、家でくつろぐ、のパターンに。明日はお参りに行く予定。やっぱりお正月ならでは、ということも経験しないとね。(*^_^*)
2006/01/02
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あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。年末から実家に帰ってます。電車で行ける距離とはいえ、なかなか機会が無いと来なかったりする。久々の家族って、こういう時しかゆっくりできないものですよね。去年を振り返ると、色んなことがあった。家族の事でいえば、妹の結婚があった。ほんとに嬉しい出来事だった。(*^_^*)そして、良い思い出となった、グアムの旅行もセットだった。今年の年末年始は、旦那様の実家へ行く、ということで、あれから会ってないけど、元気にしてるらしい。レイキも去年は沢山の方にアチューンメントをし、その後のフィードバックが、かなり私にとっては嬉しかった。沢山の方が、「エネルギー」を実感し、遠隔ヒーリングを感じたり、「不思議」と言いつつも、やり続ける事で、自分の身体の変化を感じたり、精神的な変化を感じたりしているのを客観的に見ることができた。自分だけで感じていたことを、共有できる仲間が出来たことは、面白い道具をみんなで一緒に使いながら、あれこれ考えたり、話したり出来るような感じだった。レイキをやり始めた方は、出来る限り、一緒にできる仲間を見つける事をお勧めする。お互いに遠隔ヒーリングを練習したり、他の人にするヒーリングを体験しながら、新しい発見もあるからだ。自分の個人的なこととしては、パートナーが出来、同じようなことを感じ、共有することができた。レイキも、前から実は聞いていたことだったらしく、アチューンメントを受けたいということになった。やり始めたら、常に機会が有れば使っている。お互いに具合が悪い時には、遠隔をし合ったり、私以上に発見をしている部分も沢山あるようだった。自分だけの視点ではなく、他の人の視点が加わることで、別の見方ができるというのは、とても良い機会だ。レイキ以外でも、心で感じることも、今まで自分一人でしてきたことよりも、沢山教わった気がする。今年は、パートナーを通じて感じた事も、ここでアウトプットしていきたいと思う。少しでもなにかのヒントになれば良いな、と思って...。そんなわけで、今年もアウトプットを沢山していきたいと思う。では、皆さんに沢山の幸せが訪れますように!
2006/01/01
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