日本語はダメか2

日本語はダメか2

2007.10.10
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ぽっ
「えー、エッセイでは嘘を書いてはいけないんですか」と逆に聞きたくもなる。
 そもそも、「嘘」の領域の問題・定義もあるだろう。どこまでがウソで、どこからがホントウか、と。あるいは、どこまでがホントウで、どこからがウソか、と。
 言葉に出したり文字にしようとする時、そのようなことは考えていないのではないか。

 時には「裸のままで砂浜を走るのがエッセイで、薄絹ををまとって踊るのが小説、などと思ったらどうでしょうか」などと言ってもみたくなるメール
 巷には、肉を切るのがエッセイで骨を切るのが小説、などという例えもあったりするが。

ぽっ
 目に入れたものをどう伝えようか、感じたことをどう表そうか、と思った瞬間から、それは始まっている。その伝達者の脳裏には、相手の感動や驚きを期待するものが渦を巻いている。
 それへ、過去の記憶やその人が持っている言葉の種類・階層によって起きる正当化や美化が重なってしまう。何をどう誇張し、何をどう削るか、は同時に進行している。曲解や記憶違いも含めて。
 一種の<心の翻訳作業・操作>であると言ってもいいだろう。

「面白い」と言われたい、「よくこんなことを思いついたねえ」と言われたい、と関心をもって感想を述べてもらいたい、という意識なしに書いているとは、とうてい思えない。
 すでに「選択・操作」が働いているのだ
 その場その場のあるべき「臨場感」「ほんとう(らしき)の情景」が出ていれば、「書いた者の勝ち」と言っていいだろう。浮世絵や横山大観が「赤富士」を描いたからと言って口をとがらせるか絵を破るかするやつは、いない。


 書き手(描き手)の感性・個性によって、<現実>が切り取られる瞬間だ。「嘘」が「真実」となる瞬間だ。ぶんぶく茶釜が綱渡りをする瞬間だ。「文体」ということについても触れなければならないが、文章は写真術ではない、さあ、自分の感性と語感によって、今日も一文字一文字書くしかない、と思いを集中しましょう。 






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最終更新日  2007.10.10 08:37:29 コメントを書く


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