日本語はダメか2

日本語はダメか2

2009.03.06
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カテゴリ: 愛憎 執着 夫婦


 文章教室の隅に「父」をそっと置いて講義を済ませた。
 車いすの夫を連れて参加する蓉子さんの姿はなかった。

 90分が過ぎ、白板の文字をデジカメに収め、文字を消して教室の外へ出た。
 オランダ商館物語を書いている夕子さんと話している蓉子さんがいた。
 旦那の具合が悪く、病院で点滴を打って貰ってきた、という。
「センセのお声が聞きたくて。元気をもらいたくて」建物の前の車の中に夫は居る、と言う。


 骨壺を目で示した。「なんまんだぶ」と合掌してくれた。出席簿を事務所に戻しに行った。「お預かり物です」




 階段を上り、下り、乗り換え乗り換えで母のマンションへ。
 ちょっと考えて、骨壺をドアの前に置いて部屋に入った。
 話の流れの中で「持ってきた」と母に言おうと。

「元気かい、父さんは」
 最初の言葉だった。どきっとした。やっぱり、しっかりと認識していない、と。
 が、すぐに気がついたようだ(数日前に父の死去を伝えた)、「苦しまなかったんだね、最後は」

 平静だった。しっかりと思い出したようだった。ほっとした。もう少しこのまま喋っていてもらおうとした。
「喉頭ガンかい……。(親戚に)誰かいたかなあ」
 ちょっと頭の中の過去帳をめくっているようだった。
 仏壇の前までステッキをついて行き過去帳を持ってきた。めくりながら、向こうの世界の人たちのことを話す。何歳で死んだ、家庭環境は、縁者は、病気は……その記憶の力!


「また、誰かが入り込んでいるのか、と思いました」と彼女。

「また」というのは……。

 数日前に母を訪ねた時のことだった。
「お前くらいの男が入り込んで来て、おっかなかったよ。変なことされたらこれで抵抗しようと……」手元のステッキを目で指した。
「ダメだよ、ドアをやたらに開けたら」と何度も念を押した。


 現実だった? それとも?

 母がトイレに入った。走って玄関を出て骨壺を運び込んだ。居間から見えない所においた。

 事態は好転する……そんな思いだった。母と二人きりでは重かったろう。
 田中さんのお陰で骨壺を小さな仏壇の脇に置くことが出来た。「おばあちゃん、よかったね、おじいちゃんがいるんだよ、これで、夜も眠れるようになるね」


 田中さんに促されて、母は般若心経を唱えた、三人で父に手を合わせた。
 少し怪しいところもあったが、母は最後まで唱えた。
 仏壇の前を離れて居間に戻った。
 田中さんは、冷蔵庫から小さな缶ビールを取り出してきた。
 こちらはすでに、持参した大きな缶を開けていた。三人で「合掌」と缶を打ち合わせた。
 母は、観世流の「巴」の初めの方を唸った。


「ええ、ええ、どこの家庭にもあるのよ。こういう仕事であっちこっち回っていると。でもねえ、夫婦って、どんなに憎み合っているようでも、愛しているのよ」
「脇からは、口を出せないのですよね、子どもでも。まあ、女親は、娘に向かって自分有利のことを話すのでしょうが」
「そうね、夫婦のことは、子どもなんかには分からない愛が……」
「愛、というのは、どうも……」少しの間をおいてから言った。「執着、と言った方が」
 続いて付け足した。
「父のことを、亭主のことをとやかく言うのは、どうも、こっちを見て、と言っているようなものではなかったでしょうか」

 田中さんは納得してくれた。 
 安らかな夕方であった。

 父よ、母よ。



「納棺夫日記」を見つけた。インターネット上では<売り切れ>となっていた。駅前の本屋にあった。15年前に本木雅弘さんが読んで、温めていて、「おくりびと」が生まれたきっかけを作った本。
 ノベライズ版の「おくりびと」に不満だった。映画を見た後ではつまらなかった。文章の力、ということもあろう。
「納棺夫日記」は、作者の呼吸が伝わる文章の力、といえるだろう。

『今日の仏教葬儀式に見られる姿は、釈迦や親鸞の思いとはほど遠いものであろう。極端に言えば、アニミズムと死体崇拝という原始宗教と変わらない内容を、表向きだけは現代的に行っていると言っても言過ぎ(原文のまま)ではない』(83ページ)







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最終更新日  2009.03.06 06:44:48 コメントを書く


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