日本語はダメか2

日本語はダメか2

2010.08.08
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カテゴリ: 共生意識



 広島原爆忌には米仏英の高官も参加した。米大使は、一言も発しなかった。
 no ask,no tell 言わぬが花を通した。

「原爆投下によって、多くのアメリカ人を、そして日本人を救った」という説が米国には根強くある、ようだ。
 だから、大使もやたらなコメントは発せられなかった。
 複雑な「戦略」でうめき、うごめいている各国の思惑。現代史。

 それでも、核兵器廃絶に向けて、人類はわずかにわずかに一歩進んだのだろうか。


 25年前の1985年8月12日、羽田空港を飛び立った満席の大阪伊丹空港行き日本航空123便ボーイング747は、離陸から12分後に後部左側ドアの異常を知らせる警告灯が点灯。
 直ちに操縦不能な状態に陥ると、そのまま32分間迷走を繰り返した後、群馬県上野村の高天原山の尾根に激突して炎上した(この場所は後に御巣鷹の尾根と命名された)。

 単独飛行機事故としてはいまだに史上最悪の惨事だった。

しょんぼりその後回収されたボイスレコーダーを聞いた。

 操縦士と副操縦士の緊迫した会話に息を飲んだ。
 横田や羽田、所沢の管制官とのやりとり。「頭をあげろ」「UP UP」と何度も叫ぶ操縦士。「上がりません」と答える副操縦士。



メール本来であれば、アメリカではなく、日本のリーダーが、核兵器廃絶に向けての訴えを、世界に向けて発信すべきなのであった。
 われわれ日本人は、そろそろいいかげんに、いつまでもアメリカの属国や、マインドコントロール下で生きるのではなく、独立した国民として、自分の国のことは自分で決める、こいういう当たり前の普通の国として、目を覚まさなければいけない。

 有史以来、日本が外国の属国状態に陥るのは、この戦後がはじめてのことである。



 1959年9月、キューバ革命に勝利したゲバラは、広島を訪れ、そして、原爆の悲惨さを案内する係員にこう訊ねたという。
「米国にこんな目に合わされておきながら、あなたたちは、なおも米国の言いなりになるのか」
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最終更新日  2010.08.08 22:02:54 コメントを書く


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