日本語はダメか2

日本語はダメか2

2011.08.17
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カテゴリ: 才能 天賦 能力


 ロングセラー『100万回生きたねこ』などの作品で知られる。
『死ぬ気まんまん』(光文社)には、雑誌『小説宝石』や『婦人公論』に寄せたエッセー、築地神経科クリニック理事長・平井達夫氏との「死」をテーマにした対談などが含まれている。

 巻末には作家・関川夏央氏による著者への想い出「『旅先』の人」が収められている。

手書きハート「死ぬことが間近になったら、死んだらお金はかからないということに気がついた」「ただ壮絶に闘うということだけは嫌だ」「理性や言葉は圧倒的な現実の前に、そんなに強くないのだ」など、鮮烈なメッセージに満ちる。「神や仏など頼らない」という目線も濃い。

しょんぼりこうしてここに「生きている」つもりの自分だって、「死」に取り囲まれているのは、確かだろう。

「その時」って「怖い」のだろうか。そもそも「その時」って感じるのだろうか。
 向き合えるのだろうか。 
クール映画などでは「もうだめだ」と口走って、がくんとなるが。
「覚悟をして(死を)迎える」などとも言われるが、そうなんだろうか、果たして。
「死」はどの辺まで近づいてきて、何を囁くのだろう。
「走馬燈のように」過去を思い出すのだろうか。
「死ぬ気まんまん」だった佐野さん……、もう教えてはくれないよねえ。

 武田軍が織田勢に攻め滅ばされたとき、禅僧・快川が端座焼死せんという間際に「心頭滅却すれば火もまた涼し」と発した(とされる)「喝(人偏)」も残されているが、大声で叫んだのだろうか。誰か聞き取ったのだろうか。

「人生五十年 下天の内を比ぶれば 夢まぼろしの如くなり」



 織田信長が好きだったという澁澤龍彦は、金子国義装画の『城=カステロフィリア』という美しい本のなかで以下のように述べている。

「私は織田信長という人物がたいそう好きなのである。私の安土城のイメージには、暴力と天才とダンディズムによって近世を切り開いた、日本の歴史上にまったく例を見ない、信長という破天荒な人物がぴったり重なっているというわけだ。」
                             澁澤龍彦『城=カステロフィリア』)

 お盆休みも終わった、か。


幸若舞(こうわかまい)
 古い舞楽で長い伝統(約七百年)をもつ幸若舞。
 創始者は室町時代付近の武将、桃井直詮。
 この人が草子(ものがたりのこと)に節をつけ、うたったのが大そう評判になった。というのが始まり、とされている。直詮の幼名は「幸若丸」、そこから「幸若舞」になった、と言われている。
「能」と並んで中世の武士には大いにもてはやされた芸能で、武士の華やかでかつ哀しい物語が主体で、多くの共感を得た。

『敦盛(あつもり)』
 源平合戦での「一ノ谷合戦」で、熊谷直実は一騎打ちで平敦盛を討ち取る。
 まだ年若い敦盛を討ち取った直実は世の無常を感じ、出家してしまう……。

 その後半の一節に、以下の詞章がある。

「人間五十年、下天の内をくらぶれば 夢まぼろしの如くなり。
                  一度生をうけ、滅せぬもののあるべきか」

 信長がこの一節を好んでおり、今川義元との桶狭間合戦の出陣の際にうたったところから一躍有名になったようだ。

「下天」
 人間五十年、下天の内をくらぶれば 夢まぼろしの如くなり。
 これは人の寿命がたった五十年、という意味でなく、下天(天界の最下層)では一日が人間世界の五十年に相当する。という意味。
 そんな視点で考えれば、人間のいのちなど夢や幻のようなもの……。





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最終更新日  2011.08.17 12:01:11 コメントを書く


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