日本語はダメか2

日本語はダメか2

2011.10.06
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 インコも声を出さなかった。
 寒かった。
 目が痛かった。
 でも、冷蔵庫にあったアイスを食べた。
 食パンを二切れ口に入れた。
 天が暗ければ空も明るくはない。
 空が暗ければ、天も暗い。
 空を眺めて雨脚を見つめた。

 少しふらついていた、心が。
 時には、いいだろう。
 おとなうべき人は休養中である。

 ふと口をついて出た。
「巷に雨の降る如く 我が心にも涙降る……」

 決してめえめえしていたわけではない。カカカと思っていた。ゲーテのファウスト博士と話していた、メフィストフェレスを眺めていた。
 そんな折の「秋の日のヴィオロンの ため息の」ようなもの。
 蛇の目傘など差して歩いてみようか。
 雨降りお月さんは雲の陰か。


メール「巷に雨の降る如く」で有名なヴェルレーヌの詩の訳を比較してみた。
 先ず、代表的な堀口大学(『月下の一群』大正14年)では、


 われの心に涙ふる。
 かくも心に滲(にじ)み入る。
 この悲みは何ならん?


電話永井荷風(『ふらんす物語』明治42年)では、 


 わが心にも雨が降る
 如何なれば、
 かかる悲みのわが心の中(うち)には進入(すすみいり)りし


 さらに、諸家の訳を比較すると……。

メールこころのうちに泣く涙、 
 町に降(ふ)り来(く)る雨のごと、
 しのぶおもひのたゆげにも、
 など泣きわぶるわがこころ。

 (蒲原有明『常世鈔』大正11年)


電話都(みやこ)に雨の降るごとく
  わが心にも涙ふる。
  心の底ににじみいる
  この侘(わび)しさは何ならむ。

 (鈴木信太郎『近代仏蘭西象徴詩抄』大正13年)



メール都に雨の降るさまに
 涙、雨降るわがこころ、
 わが胸にかく沁みてゆく
 この倦怠(けだるさ)は何ならむ。

 (矢野峰人『しるえつと』昭和8年)


電話ちまたに雨がふるように
  ぼくの心になみだふる
  なんだろう このものうさは
  しとしとと心のうちにしのび入る

 (橋本一明『ヴェルレーヌ詩集』昭和41年)



ハートポールベルレーヌの詩二つ

 巷に雨が降る如く
 われの心に涙ふる
 かくも心ににじみ入る
 この悲しみは何やらん

 やるせない心の為に
 おお雨の歌よ
 やさしき雨の響きは
 地上にも屋上にも

 消えも入りなん心の奥に
 故なきに雨は涙す
 何事ぞ 裏切りもなきにあらずや
 この喪その故の知られず

 故しれぬかなしみぞ
 げに堪えがたし

 恋もなく恨みもなきに
 わが心かくもかなし

 ポールベルレーヌ詩集(堀口大學訳)



 秋の日        

 秋の日の ヴィオロンの ため息の
 身にしみて ひたぶるに うら悲し

 鐘の音に 胸ふたぎ 色かえて
 涙ぐむ 過ぎし日の思い出や

 げに我は うらぶれて ここかしこ
 さだめなく とび散らう 落ち葉かな

 ポールベルレーヌ詩集(上田敏訳)

星ああ、コトバの響き。
 文字の魔力。
 果てしなき静謐。






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最終更新日  2011.10.06 06:00:28 コメントを書く
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