日本語はダメか2

日本語はダメか2

2014.09.17
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『路傍の草』
 寺田寅彦

     四 侵入者

 郊外の田舎いなかにわずかな地面を求めて、休日ごとにいい空気を吸って頭を養うための隠れ家を作った。あき地には草花でも作って一面の花園にして見ようという美しい夢を見ていたが、これはほんとうの夢である事がじきにわかった。せっかく草花の芽が出るころになると、たぶん村の子供らであろうが、留守番も何もない屋敷内へ自由にやって来て、一つ残らずむしり取り、引っこ抜いてしまう。いろいろの球根などは取るのにも取りやすいわけだが、小さな芽ばえでもたんねんに抜いてそこらに捨ててある。どうかすると細かく密生した苗床を草履ぞうりか何かですりつぶしたりする。
 すっかり失敗した翌年は特別な花壇を作る代わりにところどころ雑草の間の気のつきにくそうな所へ種をまいたり苗を植えたりしてみたがやはりだめであった。だれとも知れぬ侵入者は驚くべき鋭敏な感覚で、宝捜しでもするような気で捜し出すと見えて、ほとんど残りなしに抜き取ってしまうのである。たとえば向日葵ひまわりや松葉牡丹まつばぼたんのまだ小さな時分、まいた当人でも見つけるのに骨の折れるような物影にかくれているのでさえ、いつのまにか抜かれているのに驚いた。

 これほど細かい仕事をするのはたぶん女の子供らしい。ある時一人で行っていた時、庭のほうで子供の声がするのでガラス越しに見ると十三歳ぐらいをかしらに四五人の女の子が来て竹切れで雑草の中をつついている。自分のいるのに気がつくとお互いに顔を見合わせたきりで、別に驚いたふうも困った様子もなくどこかへ行ってしまった。
 ところがおもしろい事にはこれらの侵入者が手をつけないで見のがす幾種類かの草花がある事を発見した。それはコスモスと虞美人草ぐびじんそうとそうして小桜草こざくらそうである。立ち葵あおいや朝顔などが小さな二葉のうちに捜し出されて抜かれるのにこの三種のものだけは、どういうわけか略奪を免れて勢いよく繁殖する。二三年の間にはすっかり一面に広がって、もうとても数人の子供の手にはおえないようになってしまった。これらの花が土地の子供に珍しくないせいかとも思ってみたが、事実はこれに相当しない。少なくも虞美人草はこのへんの民家の庭にあまり見受けなかった。そしてこの土地に珍しくない日々草にちにちそうなどがかえってたんねんに抜き去られた。また一方珍しくないコスモスは取られないほうに属していた。

 あるいはこの三つの植物の繁殖力の旺盛おうせいな事に関する侵入者の知識がこの現象の原因になるかと思ってみたが、それもあまりに付会に過ぎた説明としか思われない。
 いろいろの花がいろいろの蝶ちょうや虫を引きつける能力についてはまだおそらく人間の知らない不思議な理由があるだろうと思うが、同様にいろいろの草花が子供の略奪趣味を刺激する効果の差別についてもまだ簡単な説明を許さない秘密な方則が伏在しているのではないかと思う。


     五 草刈り

 屋敷内に草一本ないという自覚を享楽するために、わざわざ人を雇ってまでも裏庭のすみずみまできれいに草を取ってしまう人がある。こういう人の心持ちが少なくも子供の時分にはわからなかった。なぜ草がはえていてはいけないかどうしても了解できなかった。
 およそ地からはえ出る植物に美しくないと思うものは一つもなかった。せっかくはえたものをむざむざむしり取るのが惜しいと思われた。旧城趾きゅうじょうしやその他の荒れ地に勢いよく茂った雑草は見るから気持ちがよかった。そういう所にねころんで鳥の歌、蜂はちのうなりを聞くのは愉快であった。油絵の風景画などでも、破れた木柵もくさく、果樹などの前景に雑草の乱れたような題材は今でもいちばんに心を引かれる。

 東京に家を持ってからの事である。ある日巡査がやって来て、表の塀へいの下にひどく草がはえているから抜くようにと注意して行った。見るとなるほど、黒い朽ちかかった板塀の根にいろいろの草が青々と茂って、中には小さな花をさかせているものもあって、別にきたならしくもなんともなかった。おそらく板塀よりもその前のどぶよりもこの草がいちばん美しいものとしか思われなかったが警察官のいう事であるからそのとおりにむしり取ってしまった。
 人並みに草花などの種を自分でまいてみると、はじめて雑草の不都合な事が少しわかって来るような気がした。打っちゃっておくと、せっかく生長させようと思う草花がすっかり負かされてしまうので、こうなると気の毒でも雑草のほうはむしるよりほかはない事になる。雑草という言葉の意味が始めてわかって来る。

 郊外に家をこしらえた。春さきから一面にいろいろの草がはえ出る。中には花が咲きそろうとかなり美しいのもある。しかしまた途方もなく延びてしまって歩く事の邪魔になるのもある。かまわず打っちゃっておくとおしまいには家の内までも侵入しそうな勢いを示して来る。こうなるとさすがに雑草の脅威といったようなものを感じて、とうとう草刈りをはじめる決心をした。
 草刈り鎌がまにいろいろの種類のある事を知ったのはその時である。鎌の使い方、鎌のとぎ方も百姓に伝授を受けていよいよ取りかかった。
 刈り始めてみるとなかなか骨が折れる。よっぽど刈ったつもりでも、立ち上がって見ると手のひらぐらいしか進行していないのにがっかりした。しかしやっているうちにだんだん草を刈っている事自身の興味がわかって来て、刈ってしまう結果をあせる気がなくなって来るのを感じた。
よく切れる鎌で薙ないで行くのは爽快そうかいなものである。また草の根をぶりぶりかき切るのも痛快なものである。かゆい所をかくような気がする。
 いろいろの草の根の張り方にそれぞれ相違のある事にも気がつく。それらの目的論的の意義を考えてみるのもなかなかおもしろい。同じ面積を、時季によってちがった雑草が交代して占有する順序もおもしろく、年によって最もよく繁殖する草の種類を異にする事や、それが人間の干渉によって影響される模様や、少し立ち入って研究したら一種の「雑草学」が成り立ちそうである。それを書くときりがなくなるからここには略する。ただ一つ頭に刻まれた問題だけを簡単に書き止めておく。

 雑草の内にはわれわれの栽培している五穀や野菜や観賞植物とよく似通ったものがはなはだ多い。もしこれらの雑草を特にかわいがって培養し教育して行ったら、何代かの後にはかえって現在の有用植物よりももっと有用なものができうる可能性はないものだろうか。

もし培養のしかたによって、頑強がんきょうな抵抗力は保存し、しかも実の充実を遂げる事ができればなおさら都合がいい。そういう事は望まれない事であろうか。
 だれか、だまされる気でこの実験に取りかかってみる人はないものであろうか。

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最終更新日  2014.09.18 05:12:55
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