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5月11日までに大地震が東京から北にくるらしいと、複数の人から、頻繁に連絡があります。その中に、私が信頼している人が入っているのが・・・こないで欲しいですが、日本には全国いつ大地震が起こっても全くおかしくありません。世界一の地震大国でもあるわけですから。^^;初動のために、絶対に地震シュミレーションをしておくべきです。津波でも、多く助かった町と、多く助からなかった町があります。これは、シュミレーションが出来ていたかどうかです。民主党、菅政権は、認めていませんが、やはり核爆発しているようです。http://youtu.be/1Q3ljfLvHwwこの海外ニュースの映像みれば、アホでもわかります。初動のために、絶対にシュミレーションをしておくべきです。私は、その間、東京にいますが、大地震がきたときの私の初動は完全に決めてありますので、おろおろせずに、さっと行動に移せます。生涯、火事にならなくても消火器は無駄ではありません。シュミレーションも同じなのです。気になったもので^^;シュミレーションとは - シミュレーション(simulation)のありがちな覚え間違い。失ったものはあまりにも大きいですが、日本人は一丸とならなければと思います。これを1から読むだけで、今のPLの現状がわかります。ブログ「しきっていこうPL教団真剣再生公式ブログ」ここをクリックしてください!!!http://ameblo.jp/plrevival/http://ameblo.jp/plrevival/上記、コピーしてお使いいただければ幸いです。※書き込み歓迎!!!どこに書き込みしていただいても良いです^^ここのBBSもご自由にお使いください。
May 6, 2011
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これは、とても反感を買うかもしれませんが、PL教義の否定ではないことをご理解いただきたい。私は、昔のPL教義が知りえる中では一番であると思っています。二代様は、あるときこういいました「絶対に今日のTVを見て勉強しなさい。」それはキリスト教の映画でした。その家族全員でみたTVの内容を私は、よく覚えています。それがきっかけで、私はキリスト教の旧新両方の聖書も読みました。PLの会員や教師が、違う宗教であるキリスト教の勉強をするのは何か意味があるのでしょうか?私は、おおいにあると思います。実際に、聖書を読んで、私はとてもよかったと思っています。まさに「よめばわかるし無駄な勉強はない」ところが、今のPLは、そうではなく「PLが世界一だから他を見るな!!」「3代さまをおがむのじゃーーー!!!」と言っている教師もいます。これは、言い方は悪いですが、洗脳に見えます。もしあなたがここまでを読んで、「なるほどね」ではなく、「そんなん勉強するかしないかは俺の自由じゃないか!!!」「強制するな!!」「あーそうですか。よかったね。」「けっこうです!!!!などという反応になるならば・・・PLは、キリスト系の宗教ではありません。PLは、神道系の宗教なのです。キリスト系の宗教をしている人が、あまりにもキリスト教とかけ離れているような感じがしたら、「一度聖書読んでみたら?っていう読むべきだよ」というのは、とても普通のお話です。PLの会員の人が、あまりにも神道からかけはなれているというか、今回の場合は、キリスト系の宗教会員が、イエス様の否定をしているのと同じだったので。「教育勅語を読んだことありますか?ないなら読むべきです」となっただけです。オーストラリアにいる教師が、以前、PLのこれも基礎となる教義の勉強に行きたいといって、数年前、かなり反対されたと聞いた記憶があります。おかしな話です。キリスト系の宗教信者が、「あんた、キリスト尊敬って、恐っ!!!」「イエスジーザスキリストバンザイ思想は、別のところで一生懸命やりなさい!。」「キリスト教、聖書、も他でやりなさい。」それを私は「あのー、おたくのしている宗教って、キリスト系ですよ」と言っているだけ。「今の、日本があるのは、私達の為に命がけで戦った、 先輩達、英霊のおかげ様で・・・・・。 あの戦争は、日本人だけが、被害者ですか?。 」もう、この時点でウォーギルトインフォメーションの型に嵌められているとわかり、それは神道の否定教育を受けたことに気づいていないとわかる。自虐史観教育のなせる業で、何度見てもこのままだと日本の治安が悪くなる一方だと感じます。私は今年、ある経営者団体の会報に頼まれて執筆しましたが、そこで「事実をゆがめた自虐史観教育が日本の自殺者3万人をつくっている」という論を書いたところ、その反響は学者からもいただきました。すべて「なるほどそうだと思った」というものでした。PLが神道であると知らなかったのは、教える人がいなかっただけです。知ったのだから、読んでみればいいと思います。なぜならば、キリスト教となんか逆になってきているから・・・PLが神道となんか逆になってきているからです。普通ならば、教師のいうことと、教師がすすめる本と新聞雑誌だけを鵜呑みにするのもいいですが、今回、これだけPLの上層部が犯罪を犯しているのですから、少し、PLって神道だったんだ、神道ってなに?という行為は必要であると思います。自分の意見と明らかに違う意見に耳をふさぐのではなく、よく聞いて、意見を交わし、私の間違っているところは訂正させて色々と答えを出す・・・それが自分で考えるということであると思います。神道のその歴史は、世界一ですから、なにかあると思います。畏れ多くも天皇陛下はビデオの中で「何にもまして、人々の雄々しさに深く胸を打たれています」と述べられました。震災の被災者、自衛隊、自治体、警察等々の関係者をすべてねぎらうそのお姿に、「毎日一年中、国民を思い、国民のために尽くす」という強い気持ちが感じられます。社会契約論で有名なジャン・ジャック・ルソーは、社会契約論でこのように言っています、「自分の理想の国を選べというなら、君主(王様)と国民の間に利害関係の対立のない国を選ぶ。君主が自分のことを考えずに、国民のことを考えている、君民共治を理想とするが、そのような天国のようなものが地上に存在するはずもないだろう。したがって自分は止むを得ず、しかたなく民主主義を選ぶのである」西洋の君主は、いざ革命、戦争、政変等のあった場合は、直ちに自己の生命の保証と財産の保全を求めて亡命を計るのが常識です。日本の皇室と天皇陛下と国民には、全く利害関係の対立などがありません。元寇の乱のとき、そのときの天皇陛下は「私の命はどうなっても良いから国民(おおみたから)を守りたまえ!!!」と伊勢の神宮の神様に祝詞をあげておられます。仁徳天皇陛下の「民のかまどに立つ煙」では、「高き屋に のぼりて見れば 煙たつ 民のかまどは にぎはひにけり」 その昔、仁徳天皇が、ある日の夕暮れ、高殿から周りの民家を眺めて、家々のかまどから立ち上る煙が薄いことから、夕餉の支度も満足に出来ない民の窮乏を察し、三年間の租税賦役の免除を命じた。そしてまた、天皇陛下自らも、衣を新調せず、宮垣が崩れ、茅葦屋根が破れても修理もせず、質素な生活をして、民と苦労を分かち合った。やがて五穀豊穣、民は富み、再び民の家々からさかんに炊事の煙が立ち上るようになった。昭和天皇とマッカーサーの会見では、天皇陛下が開口一番、自分の事はどうなってもいいから国民を救ってほしいと切り出し、マッカーサーは驚愕しました。日本では、皇室と天皇陛下と国民の、利害関係の対立は全くありません。これこそ、ルソーがありえない理想の国といった、君民共治の国です。その日本国の基礎となる考え方が、教育勅語であり、教育勅語がPLの教義の基本となっています。しかし、今は、教育勅語は、ある団体によって日本では学校で教えられなくなっています。PLでも、清島チームさん達が、おかしな教義にしています。私には、日本のためにも正しいPLは必要です。応援は、下記クリックお願いします。
May 4, 2011
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目的のないことは、上る山を決めないで登山の準備をすることや、地図を持たずに航海することと、とても似ている。それはそれで、良いと思います。日本には自由がありますから。私は、登山ショップで知り合いを見つけたら、「どこに登るの?」と普通にききます。その返事が「別に」でも、「決めてない」「なにも買わない」でもいいと思います。知り合いの親しさによって、一つ突っ込んで「三重の堀坂山ってすごく良かったよ!」とか「目的決めた方が楽しいよ」とか「うろうろしてるだけって、ここ、登山ショップやで^^;」など。さて、PLを良くしたい。どうすれば?何度も言ってますが、今、犯罪を犯して、今だ罪を償っていない、清島チームさん達がいます。罪を償っていないのは、清島チームさん達たけが悪いのではないと思います。法律学で、罪を償うとは、刑に従うということです。例えば、懲役7年となった場合、7年間刑務所に入って刑期を終えて出てくれば、罪を償ったことになります。刑務所に刑期を終えて出てきた人に、「お前は犯罪者だ」と言えばこれは、誹謗中傷となります。罪がない、又は、罪を償った人に「罪人」呼ばわりは、違法です。償ってない人には「お前は犯罪者だ」と言ってもなんら差支えありません。刑は、その犯罪に対して訴えを起こし、それから裁判があって刑が確定します。例えば、友人が詐欺ソフトをつくったり、墓を暴いたり、500万取られたと嘘の訴えやそれを見ていて場合によっては、知っていて隠匿する罪を犯したり、人を恫喝したり、その恫喝現場に参加している罪を犯したとしても、訴えを起こさなければ刑は確定せず、罪を償うことが出来にくくなります。彼らの場合、罪を償うには、2つの方法があります。1つは、会員が訴えを起こし、刑を確定させて罪を償わす。償いは、刑務所に入ったりするかもしれませんが罪は罪です。この訴えは、簡単に出来、外部ではそういう動きもあります。この場合の刑期は、自首しているのか、「捕まってから反省したのか捕まる前に反省していたのか」が、大きく関係します。※これを読んでいる心あたりのある人は私にメールください。2つ目は、会員が納得する落としどころを見つけ罪を償わす。刑務所の刑期よりは、かなり長くなると思いますが、シャバにいながら罪を償えます。私は2つめが好みです。いずれにしても、このどちらかになります。他の会員さんにより、考えは違いますが、私としては、雄叫びをあげて恫喝した人でも、バトンで人を殴った人でも20年間お金を盗んだ人でも、改心すれば許せばいいと思います。もちろん、そのような人達や、そのような人達の息のかかっている人は権限や影響力をもつと、その本人が苦しみます。あらゆることに失敗しますのでその責任も取らなければならなくなります。教務総長や、祐祖の責任は、とてつもなく重く、取る責任も大きくなります。犯罪を犯すメンタリティの人は、その人のためにも適材適所としなければなりません。ここで、彼らに罪を償わせ、彼らを救う実現をするのが、会員の力です。一粒のお米が、結んで「おむすび」となるように、彼らの事実を、正面から受け止める人を、とにかく増やさねばなりません。マリーアントワネットのように「ご飯がないならお菓子を食べればいいじゃない!!」というよりも酷いのが、今のPLであります。彼女も結局、会員の結びによって、その悪政に終止符を打つことになりました。すべての歴史は、会員の結びによって大きく変わっています。清島一味さん達の悪行は、信じられないものが多くありますが事実です。ブログというツールで、1人でも多くのPLの会員さんに伝えたい。「ブログでいったい、PLをどう良くしたいのか、さっぱり判らないブログごっこ。」こう私にメールで言われた方がいます。具体的なやり方、目的が必要であると思います。「背骨のないタコ状態」とも言われました。私が思っていたことが、うまく表現された感じです。風呂の中でカエルの鳴き声表現を「アギ」と思いついた話を思い出しました。まさに、ドンピシャ「中心を把握せよ」であると感じました。・・・・・・・これは、とても反感を買うかもしれませんが、PL教義の否定ではないことをご理解いただきたい。二代様は、あるときこういいました「絶対に今日のTVを見て勉強しなさい。」それはキリスト教の映画でした。その家族全員でみたTVの内容を私は、よく覚えています。それがきっかけで、私はキリスト教の旧新両方の聖書も読みました。例えば、[つづく]畏れ多くも天皇陛下はビデオの中で「何にもまして、人々の雄々しさに深く胸を打たれています」と述べられました。震災の被災者、自衛隊、自治体、警察等々の関係者をすべてねぎらうそのお姿に、「毎日一年中、国民を思い、国民のために尽くす」という強い気持ちが感じられます。社会契約論で有名なジャン・ジャック・ルソーは、社会契約論でこのように言っています、「自分の理想の国を選べというなら、君主(王様)と国民の間に利害関係の対立のない国を選ぶ。君主が自分のことを考えずに、国民のことを考えている、君民共治を理想とするが、そのような天国のようなものが地上に存在するはずもないだろう。したがって自分は止むを得ず、しかたなく民主主義を選ぶのである」西洋の君主は、いざ革命、戦争、政変等のあった場合は、直ちに自己の生命の保証と財産の保全を求めて亡命を計るのが常識です。日本の皇室と天皇陛下と国民には、全く利害関係の対立などがありません。元寇の乱のとき、そのときの天皇陛下は「私の命はどうなっても良いから国民(おおみたから)を守りたまえ!!!」と伊勢の神宮の神様に祝詞をあげておられます。仁徳天皇陛下の「民のかまどに立つ煙」では、「高き屋に のぼりて見れば 煙たつ 民のかまどは にぎはひにけり」 その昔、仁徳天皇が、ある日の夕暮れ、高殿から周りの民家を眺めて、家々のかまどから立ち上る煙が薄いことから、夕餉の支度も満足に出来ない民の窮乏を察し、三年間の租税賦役の免除を命じた。そしてまた、天皇陛下自らも、衣を新調せず、宮垣が崩れ、茅葦屋根が破れても修理もせず、質素な生活をして、民と苦労を分かち合った。やがて五穀豊穣、民は富み、再び民の家々からさかんに炊事の煙が立ち上るようになった。昭和天皇とマッカーサーの会見では、天皇陛下が開口一番、自分の事はどうなってもいいから国民を救ってほしいと切り出し、マッカーサーは驚愕しました。日本では、皇室と天皇陛下と国民の、利害関係の対立は全くありません。これこそ、ルソーがありえない理想の国といった、君民共治の国です。その日本国の基礎となる考え方が、教育勅語であり、教育勅語がPLの教義の基本となっています。しかし、今は、教育勅語は、ある団体によって日本では学校で教えられなくなっています。PLでも、清島チームさん達が、おかしな教義にしています。私には、日本のためにも正しいPLは必要です。応援は、下記クリックお願いします。
May 4, 2011
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これからの私のPLに関するすべてのブログ文章は、年始に「PLを復興しよう」と誓い合ったK先生に捧げます。文学に考えることもあります。私が尊敬する人たち(Y代表とT先生)から昨日と一昨日と直接聞いた話を私なりに書きます。有名な、この話はご存じですか?「このままだと、日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう」と日本の将来への絶望を意見し、なげき、数十年前、彼は命をたちました。もし、本当にそうなれば、そんなものは日本ではない。平成23年の日本。私達日本人は、日本人の心を失っているようにみえた。我欲にまみれ、自分と自分のまわりのことのみを考え、病院の理事長が、詐欺ソフトをつくり20年間盗みをつづけ、宗教家でさえも、自分の子供が生涯生活する金貯めたと喜ぶ。日本という国家のことを考えている人は1%もいないのではないか?と思えるほどの拝金主義に向かっているようにみえる。自分にとって得する、金をばらまくという政党を応援する、まさに私利私欲。小学生が尊敬する人物像の一人に「ホリエモン」がいます。ホリエモンは言う「拝金主義バンザイ!!金で買えないものなどない!!尖閣なんか他国にあげればいい!!尖閣が欲しいなら、金で買い戻せばいいだけ」これが小学生が尊敬する人物って・・・これが、いまの日本を代表する人物なのか・・・金にまみれた人間が、はたして日本人なのか・・・平成23年3月11日、その拝金主義にまみれていく日本人の、最後に残された良心ともいえる東北地方を、日本人の、一番美しい心を残した東北の人々を、世界最大の巨大地震が襲った。津波に20,000人以上の人が一瞬にして飲み込まれた。(神様は何故、日本人の一番美しい人達を・・・)アメリカ、ニューオリンズを襲った巨大台風カトリーナ。その地区のほぼ全員が泥棒となり、治安はなくなった。中国、四川を襲った地震。おにぎり一個で殴り合い、奪い合いとなり、治安にも問題がおきた。今回の日本の東北の人を襲った震災は、規模の桁が違う。しかし、東北の人達は、自分は飢えても他人に譲る行動をとっている。都会に住む私が同じ立場となって、はたしてそのような行動が出来るのだろうか。私達の仲間の一人が、震災後、すぐにトラックに食料を満載して被災地に向かった。東北の小学校に到着し「救援物資を、食糧を持ってきました!!」と伝える。避難していた人達は、大喜びで何度も「ありがとう!!ありがとう!!」と答える。ただちに、救援物資を下ろそうとすると、こういわれた。「とてもありがたいが、うちよりももっと困っている所がきっとある。うちは十分足りていますから困っているところに持って行ってあげてください。ありがとう恩に着るよ。」そういわれ、地図を示され、救援物資を一つも下ろすことなく違う避難所に向かった。そして、避難所にようやくつくと、涙ながらに大歓迎された。こちらにきてよかったと思い、救援物資を下ろそうとすると、また、同じことをいわれた。「うちは十分足りているから、もっと困っているところに」また、そういわれ、地図を示され、救援物資を一つも下ろすことなく違う避難所に向かった。そして、次の避難所にようやくつくと、涙ながらに大歓迎され、救援物資を下ろそうとすると、また、同じことをいわれ・・・「うちは十分たりているから」そういわれて、まわりまわって11か所目の避難所で、ついに。「今日、あなたがこなければ子供が死んでいたかもしれない!!ありがたい!!!」といわれ・・・この人達のためになった!!!トラックはカラになりました。後日、この救援物資を届けた彼は、TVのニュースをみて愕然としたといいます。それは、「自分達の所は足りているから、ありがとう、もっと困っている所に」といって断った避難所では一日おにぎり1個で耐え忍んでいたということがTVによってわかったからでした。これが本来の日本人であると思います。神様は、一番美しい心を残した東北の人に震災を。震災を見た、今まで、なんの日本国家のことどころか、自分の親さえも感謝してなかった若者の多くが、日本のことを考えて現地に多く入っているといいます。ある若者は仕事をやめ、ある者はとにかく復興を行動して・・・残された私達は、日本を復興しなくてはならないと強く思います。建物の復興だけではなく、「日本人の御霊を取り戻す」という復興であると思います。この心の復興をしなければ、東北の人達の死の意味はどうなるのでしょう。日本が心の復興を果たすことで、必ず世界平和につながります。今の拝金主義にまみれているPLは、日本の縮図です。私は、そうとらえており、熟考した結果、私の意思はかわらないでしょう。目的もなく、私を誹謗中傷、批判したい人はすればいいと思います。悪が改心すれば、その悪は楽になるのは間違いないことでつづく畏れ多くも天皇陛下はビデオの中で「何にもまして、人々の雄々しさに深く胸を打たれています」と述べられました。震災の被災者、自衛隊、自治体、警察等々の関係者をすべてねぎらうそのお姿に、「毎日一年中、国民を思い、国民のために尽くす」という強い気持ちが感じられます。社会契約論で有名なジャン・ジャック・ルソーは、社会契約論でこのように言っています、「自分の理想の国を選べというなら、君主(王様)と国民の間に利害関係の対立のない国を選ぶ。君主が自分のことを考えずに、国民のことを考えている、君民共治を理想とするが、そのような天国のようなものが地上に存在するはずもないだろう。したがって自分は止むを得ず、しかたなく民主主義を選ぶのである」西洋の君主は、いざ革命、戦争、政変等のあった場合は、直ちに自己の生命の保証と財産の保全を求めて亡命を計るのが常識です。日本の皇室と天皇陛下と国民には、全く利害関係の対立などがありません。元寇の乱のとき、そのときの天皇陛下は「私の命はどうなっても良いから国民(おおみたから)を守りたまえ!!!」と伊勢の神宮の神様に祝詞をあげておられます。仁徳天皇陛下の「民のかまどに立つ煙」では、「高き屋に のぼりて見れば 煙たつ 民のかまどは にぎはひにけり」 その昔、仁徳天皇が、ある日の夕暮れ、高殿から周りの民家を眺めて、家々のかまどから立ち上る煙が薄いことから、夕餉の支度も満足に出来ない民の窮乏を察し、三年間の租税賦役の免除を命じた。そしてまた、天皇陛下自らも、衣を新調せず、宮垣が崩れ、茅葦屋根が破れても修理もせず、質素な生活をして、民と苦労を分かち合った。やがて五穀豊穣、民は富み、再び民の家々からさかんに炊事の煙が立ち上るようになった。昭和天皇とマッカーサーの会見では、天皇が開口一番、自分の事はどうなってもいいから国民を救ってほしいと切り出し、マッカーサーは驚愕しました。日本では、皇室と天皇陛下と国民の、利害関係の対立は全くありません。これこそ、ルソーがありえない理想の国といった、君民共治の国です。その日本国の基礎となる考え方が、教育勅語であり、教育勅語がPLの教義の基本となっています。しかし、今は、教育勅語は、ある団体によって日本では学校で教えられなくなっています。PLでも、清島チームさん達が、おかしな教義にしています。私には、日本のためにも正しいPLは必要です。応援は、下記クリックお願いします。
May 1, 2011
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