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いや~~~今朝の寒さには参りました http://www.tokaidou.jp/kisegawa_8.htm 参照元禄時代、原宿は家の数200軒足らずで、旅籠の数も20軒しかない53次中最も小さな宿場の一つであった。 歌川広重作 東海道五拾三次之内 原 (人物東海道)歌川広重作 東海道五拾三次之内 原・朝之富士 (保永堂版) 竹取翁~かぐや姫~(東海道名所図絵)日本最古の小説は竹取物語です。実は竹取物語のかぐや姫のお話は、富士市比奈~岳南~沼津市原周辺までのお話。広重もかぐや姫をはりま図絵で原のものとして描いています この原宿の偉人といえば白隠さんと増田平八郎 平四郎は三島生まれ。原に移住して慶応元年(1865)に浮島沼から放水路を開こうとしたが、失敗。その後大勢の人が努力したがうまく行かず、昭和になってようやく放水路が完成する。 昭和18年(1943)に完成した昭和放水路は、増田平四郎が計画したところとほぼ同じ場所に完成しているのだそうだ。街道をさらに進むと第二昭和放水路がある。この放水路が昭和30年に完成したのをもって浮島沼の治水事業が終了したと言う ん? 放水路を過ぎて左折すると、車が多く通る千本松原沿いの旧国道一号線(旧甲州街道)である。その街道沿いの松林の中に要石神社がある。漁業の様子と要石神社(東海道名所図絵)海沿いはもう水仙が満開でした^^ぽっぽのマンションからは・・すぐです^^さて、第三場は放水路の北側バス通りお向かいのローソン・ぽっぽが【郵パック】を出すところです^^今度は生湯葉を買いに・・来ますね~!cmcmcmcmcmcmcmcmcmcmcm http://openuser.auctions.yahoo.co.jp/jp/user/pinkycat_sofia
2009.01.26
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第二場 松蔭寺 「駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山に原の白隠」といわれた、臨済禅中興の祖・白隠禅師の菩提寺として有名。 創建年代 : 鎌倉 一般名称松蔭寺 (ショウインジ) 所在地〒410-0312静岡県沼津市原128 TEL:055-966-0011 交通アクセス原駅から徒歩で 問合せ先055-966-0011HPhttp://www.city.numazu.shizuoka.jp http://www.city.numazu.shizuoka.jp/kankou/rekishini/bunkazai/toukai/shouinji.htm 松蔭寺碑 白隠禅師~500年に一度の名僧~ http://www.wet4.info/ 逸話白隠の檀家の未婚の娘が妊娠しました。シングルマザーでも颯爽と生きる女性もいる現代ではありません。ふしだらだと世間から白眼視されます。怒った父親が相手は誰かと問い詰めました。余りに責められたて、娘は白隠だと答えました。父親は白隠の所へ怒鳴り込みました。白隠は何の言い訳もせず、生まれた赤子を引き取って育てました。師は堕落したと去っていく弟子もいました。白隠は子を可愛がりました。3年が過ぎ、娘は良心の呵責と我が子恋しさに、遂に耐えかねて、父親に嘘をついていたことを告白しました。父親は仰天して、白隠に謝りました。白隠は「そうか」と子を娘に返しました。実話か否かは明確ではありませんが、全てを悠々と受け入れる人柄をあらわした物語でしょう。相手に流されて主体性がないようでいて、その時の状況によって、娘にとって最良の対応をしています。白隠は沢山の隠し子がいると噂されたこともあります。白隠の高名を妬んだ者が、家族に恵まれない児童を引き取って養育していることを、捻じ曲げて中傷しました。出生http://www.wet4.info/guide01/01.html 白隠禅師慧鶴は、1685年1月19日、駿河国(現在の静岡県)原の長沢家の三男に生まれました。昔、原は東海道の宿場町のひとつで、長沢家は代々原宿の駅長でした。出産の前夜、母は不思議な夢をみました。伊勢神宮の神の使いという男があらわれ、生まれる子は日本中の人々から慕われる人になる子だと予言したのです。父と母は大変に喜んで『岩次郎』と名付け、大切に育てました。幼少期岩次郎は身体的には成長が遅く、3歳までは立てなかったと伝えられています。けれども、非常に利発な子で、子守りが歌う、小夜の中山の村歌三百余首を、背中で聞いて覚えてしまいました。暗記力が優れていました。感受性も強く、5歳の時、はした女に連れて行かれた海岸で、雲の往来を見て「いかさまかわったものだ」と、子供ながらに、無常感を起こしたそうです。岩次郎の母は信心深い人で、寺へ行くのが好きでした。岩次郎は泣いてせがんで、母と一緒に連れて行ってもらいました。大人でも難しい説法を覚えて帰り、家の使用人達を集めて、話して聞かせました。11歳の時、母に連れられて、原の昌源寺へ日厳上人の天台の『摩訶止観』の講義を聴きに行きました。上人は雄弁に地獄の有様を説きました。血の池や針の山や煮えたぎった大釜の様子を詳細に描写しました。岩次郎はガキ大将で、近所の子供達を率いて悪戯をし、殺生もしました。地獄の話しを聞いて、岩次郎は恐怖に震えました。昨日、殺した沢山の蛙が恨んで、自分を地獄へ引っ張り込みにくるのではないかと思ったのでした。風呂に入り、湯が温まって、釜が鳴りだすと忽ち地獄を思い出して激しく泣き出すほどに怖気づきました。1700年、15歳の時、遂に反対していた父母の許しを得て、松蔭寺の単嶺和尚の門に入り、慧鶴と称することになりました。擂り鉢の松(すりばちの松)http://www.wet4.info/guide02/08.htmlさて、長い前説でした湧き水第二場白隠さん生誕の碑の道向こうに浅間神社あり奥入り口脇参道坂工事中民家が建つ前は木造の老朽化した家屋があって老人会集会場だった普段は学童保育所として小学校の1~3年生の児童預かり所で働くお母さんたちのお助け所でした^v^・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2009.01.21
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山紫水明の地松原海岸富士山海の幸山の幸健康な身体充分な住居親切な隣人甲斐ある仕事・・・恵まれてすごしているよそうでない人が社会に溢れているのに感謝だね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・白隠禅師の寺松陰寺がこの近くにある東海道の原宿は浮世絵のまま本質は健在であるようだぽっぽの住む地域富士山の湧き水を飲めるところを挙げるとこの町内だけで数箇所もあった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・K嬢の親友が上京するのだが毎日家で飲める井戸水での旨いお茶が東京では飲めないと嘆く・・・ディズニーランドの飲用水で下した女史だから無理もないいや彼女にとっては深刻な問題らしい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・湧き水を追ってみようかと考える・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・家を出て・・・歩いて10分原交番浅間神社と隣接神社裏に旧役場の碑下蛇口から 滾々と清水が出る・・交番から歩いて5分白隠政宗の高嶋酒造があるここがぽっぽの水汲み場・・周囲2キロ以内に数箇所湧き水の汲み場がある隣町三島の柿田川が余りにも有名でつい最近まで手近にこれほどの数があったコトを知らなかった・同僚に聞くと・・豆腐屋の入り口にもクリーニング屋の角にもある・・ある・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・第一場【原駅前・高嶋酒造】http://hakuinmasamune.com/ http://hakuinmasamune.com/index2.html 交番 http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=35.12183417&lon=138.80182861&sc=3&mode=map&type=scroll
2009.01.19
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≪七草≫が終わって1月11日は鏡開き原の壱ヶ浦海岸に 正月飾りや 古いお札 御焚き上げの達磨たちが集まった昨日 古紙回収と同様に 役員として 回収に回った仕度が出来て11日・朝8時の 焚き上げに 今度は 接待のお仕度 いよいよ・・≪どんど焼き≫ 例年にない 快晴だった 風も無く 最高の どんどやき!!そろそろ・・・集まってきます昨日のうちに仕上がった 上々の出来栄え焚き上げはムービーで撮ったので・・・・*************************今日 12日は ≪ 祝・成人の日 ≫ぽっぽは・・・・・・・・夜(世)は 満月じゃ・・cmcmcmcmcmcmcmcmcmcmcm http://openuser.auctions.yahoo.co.jp/jp/user/pinkycat_sofia
2009.01.12
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2009・1・1このあと・・・事件がチビ将何を思ったか本棚を整理し始めテレビの位置を変え始め・・・不用品の整理をし始めて・・・年越しギリまで大掃除になってしまったあああねずみ年の君が最後の【 変 】だ君なりのけじめってやつね
2009.01.01
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