東方見雲録

東方見雲録

2003.02.12
XML
カテゴリ: 2003
​きさらぎの天のまほらは花野かな
差し招く如風花は舞う    冬道 麻子
           (朝日朝刊「折々のうた」より)     
時間ごとに寒さを増すような一日であった。
photozou.jpより引用

折々のうたを思い起こさせるような空雲。
朝早くは、鈍色の雲間から差し込む光があったのだが、午後外に出てみると一面の曇天。1時間もたち歩けば、身にこたえる寒さ。
手先はかじかむ。回復にはエアコンの温もりなぞ効なし。だるまストーブのごときカッとくる熱さしか慰め救うものなし、といった寒さ。(老いを実感)

冒頭のうたの話。
選者の大岡信氏は、このうたの吸い込まれる勢いは「天のまほら」にあるとする。この論評は、作者が長く病床にあった背景を踏まえ、そのとき天を見上げる思いを読み取ってのものと思う。

(大岡氏の論によると、マホラは「真秀ら」で、マホラマ、マホロバとも同意、すぐれたよい所の意)

読売夕刊には、先日マスコミをにぎわせたゴッホの絵のことがのっていた。話題の絵は中川一政氏のコレクションの一つ。氏の絵画蒐集のポイントは「真贋はどうでもいいこと。大事なのはいきなり胸をうってくるものがあるかどうかということ」であったという。
そして、氏の弟子であった入江氏は「コレクションがあくまで一人の人間の感覚の所産であり、生き方そのものであるならば、それは一代ものである。それぞれの作品は、その作品が持つ力の分だけ、新しい運命の下で生きていくことになる」(要約)と稿を締めくくっていた。

うたの勢い、絵の力。(広告欄には、花粉の季節に「トマトのちから」てなものもある)
潜在的な存在力を時代はもとめているのか。

ちょっと前だと、癒し(私の場合ですと、ときめきとやすらぎ)、しなやか(同、たおやか)ということばで時代をみてきた。

これからは何ということばの時代に向かうのだろう。

思うようにはいかない閉塞した状況。あるがままを受け入れ自分を生き抜く力が必要な時代か。

my造語流にいえば「ままなる」こころの必要な時代。
天のまほらは何かと、日々維新。
2022.04.21.イメージ画像追加





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2022.04.21 17:38:01
コメント(0) | コメントを書く
[2003] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: