東方見雲録

東方見雲録

2003.06.10
XML
カテゴリ: 2003
先日、色公害というメールをいただいた。

どうも公園や道路に植えられているツツジ類が一斉に咲くと、同色の花に圧倒され、風情がない。そんな色の押し付けは迷惑で公害であるという主旨のよう。

なるほど、ごもっともと思う反面、待てよ、本当にそういいきれるだろうかという疑念も出てくる。

雑多なものを植えたとしたらまとまりがないものとなる。
植栽技法を屈指してもそれを維持する体制がなければ、設計意図は崩れる。

当初の植栽意図がどこにあるか、植栽にいたった背景は、その後の維持環境の推移は、などと考えると、風情という見る人によって異なる情緒的なものは、与えられた現実と自らのかかわりによって形成される産物に過ぎないのではと思っている。

要は、整然とした中の少しの崩れにこころを動かされたり、荒廃した中にも新たなる息吹に美を見出したりと、個人の感性、美意識、価値観等に左右される。
徹底した管理に感動したり、救いようもないほどの荒漠にも心ひかれる人もあろう。

人それぞれ、十人十色。


まわりの環境、他の生き物とのかかわり、同じ仲間としての流れなどに制約されつつ、個を発現する。
生き物は、まわりに活かされ生きる、そんな存在に思える。

私がかかわった最初の植物関係の仕事といえば、道路緑化であった。
同じ種類の木を並木として植え、歩道脇に緑のベルトを作るというものであった。ある意味で単調な仕事であった。
しかし当時、秘めた矜持があった。人工的な空間に生き物の空間を確保する最前線部隊の一員、という強い思いをもって臨んでいた。極論すれば、アスファルトを引っ剥がし、土を入れることに意義があるのではと思ったくらいだ。

その後、都市緑化の環境も変わり、道路緑化も環境施設帯、道路と公園が一体化した緑化道路、住民との管理協定などと新たな植栽手法、管理手法が導入され、ハード・ソフトとも多様化してきている。

ただ変わらないのは、全体と個との折り合いをどうつけるかという思いだろう。

十人十色というが、同じ色の世界。慮り合った色いろいろにしたいものだ。

写真引用・参考サイト:​ こちら ​




2022.05.27.画像等追加





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2022.05.27 20:13:54
コメント(6) | コメントを書く
[2003] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: