東方見雲録

東方見雲録

2022.09.26
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カテゴリ: 文化
日本全部が欲しいのだ
ラフカディオ・ハーンは、幼い頃のアイルランド人の父とギリシャ人の母の離婚ののち、資産家の大叔母にダブリンで育てられました。しかし、16歳の時に事故で左眼を失明し、大叔母も破産するなど極貧と失意の中、19歳で渡米します。働きながら図書館で勉学に励んで新聞記者となり、文芸批評の寄稿や著書出版にも着手。孤独と流転の半生ながらも、新天地アメリカでの努力が実っていきます。
1884年、博覧会で見た日本の展示物に興味を持ったハーンは、2年後にニューヨークへ移り、西インド諸島、フランス領マルティニーク島でのルポタージュを執筆。次に命じられた取材地である日本に渡航したのは1890(明治23)年、39歳の時でした。
当時の欧米では、東洋へのエキゾチシズムが高まっていたのです。到着早々、横浜での一日目を描いた作品「東洋の土を踏んだ日」からは、ハーンの浮き立つ様子が直接伝わってきます。 「小さな妖精の国――人も物も、みな、小さく風変わりで神秘をたたえている。青い屋根の下の家も小さく、青いのれんを下げた店も小さく、青い着物を着て笑っている人も小さいのだった。」こぢんまりと優雅で、ゆったりと穏やかな世界は、イギリスの昔話で育まれた想像力の持ち主、すなわちハーンにとっては、「夢見た妖精の国の夢が、とうとう現実になった」と語るのです。
街を行き来して、見たものをすべて買いたくなる、とハーンは悶々。けれども「内心、真に買いたい」のは「店であり、店主であり」「いや町全体、その町を取り巻く入江と山々」「不思議な魅力を持つ樹木、光みなぎる大気、神社や寺院、くわえて全世界でもっとも愛すべき四千万の国民をひっくるめた、日本全部が欲しいのだ」。手放しの惚れ込みようです。


引用サイト: こちら

参考サイト:小泉八雲記念公園 出生・終焉  こちら
参考サイト:八雲 東京旧居   こちら
参考サイト:八雲 熊本旧居   こちら
こちら
参考サイト:八雲 アメリカ   こちら
参考サイト:八雲 西インド諸島   こちら
参考サイト:八雲 ニューオリンズ  クレオール  こちら
参考サイト:八雲 シンシナティ 混血黒人との恋   こちら

関連日記:2025.09.11の日記 ギリシャ   こちら
関連日記:2026.09.20の日記 アイルランド   こちら





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Last updated  2026.09.25 05:31:21
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