東方見雲録

東方見雲録

2022.12.28
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カテゴリ: 郷土
1970年、昭和45年、夏の終わりの光景です。

カメラが寄っていくと、自転車用の道が見えます。
当時は、子どもたちに交通ルールを教える交通公園の役割も果たしていました。

公園の中野通りに近いところにおとぎ話のお城のような建物が建っています。
新井薬師児童館です。歩道橋がかかる中野通りを挟んだこちら側の池も新井薬師公園です。

引用サイト:テレビ朝日  こちら

中野駅周辺の現在


初代新井薬師児童館
引用サイト:中野区ホームページ  こちら

こちら


追記:2023.07.17  中野サンプラザ

最終日を迎えた中野サンプラザの前には、大勢の人が集まった=2023年7月2日、東京都中野区、諫山卓弥撮影 © 朝日新聞社
 2日に閉館した東京都中野区の複合施設「中野サンプラザ」で15~17日、「さよなら中野サンプラザ感謝祭」が開かれる。1973年に開館した同施設の、事実上の見納めとなる。入場無料。

中野サンプラザ閉館、再開発で大ホールに「DNAを継承」 日経新聞

中野サンプラザの金野晃会長に花束を贈呈するサンプラザ中野くん㊧(7月2日、東京都中野区)

コンサート会場として多くのミュージシャンに愛された複合施設「中野サンプラザ」(東京・中野)が7月2日閉館し、50年の歴史に幕を下ろした。同日夜には閉館セレモニーが開かれ、最後の姿を一目見ようと会場の外にも多くの人が押しかけた。

中野サンプラザは1973年、集団就職で上京した若者のための「全国勤労青少年会館」として開館。コンサートホールは2222席を備え、使い勝手の良さから国内外の多くのミュージシャンが公演を行う「音楽の聖地」として親しまれてきた。5月からは閉館イベント「さよなら中野サンプラザ音楽祭」が開かれ、ゆかりのあるミュージシャンが連日登場してきた。

閉館セレモニーには歌手のサンプラザ中野くんが駆けつけ、「先輩の中野サンプラザさんには本当にいつも優しくしていただき、応援していただきました。ともにエンタメ界を肩を組んで駆け抜けてきたような気がします。新しいサンプラザが開業するまでの間、サンプラザの名前は私が守って参ります」と別れを惜しんだ。会場の外には式典が終わった後も多くの人が残り、拍手の音や「ありがとう」という声が響いた。

跡地には2028年度に「NAKANOサンプラザシティ」が誕生する予定で、新ホールは最大7000人規模になるという。近年首都圏では収容人数1万人前後の大ホール開業が相次いでいる一方、2000人規模の会場は売り出し中のアーティストの目標としてちょうど良いという面もあった。再開発事業を担う野村不動産の松尾大作社長は、「ステージと観客席の距離が近い今のサンプラザホールのDNAを継承する」と話している。

2028年 「中野サンプラザシティ」誕生

引用サイト: こちら





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Last updated  2023.07.17 21:26:09
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