東方見雲録

東方見雲録

2023.01.30
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カテゴリ: 文化
2006.01.30の日記 こちら

三郷戸ヶ崎 三匹の獅子舞


引用サイト: こちら

洪水を防いでくれる存在として獅子がモチーフになる話も伝承されており、こちらも紹介しておきたい。文化4年(1807年)6月に二郷半領用水が増水した時に、水 元との境のところにある桜堤を切らねば、戸ヶ崎が大変なことになるという事態となった。堤を切るということは、ある土地に水を溢れさせることで、下流の水害リスクを減らすという行為である。当然、不都合を被る人々が出てくる。ここに堤を切られては困る人々と、堤を切りたい戸ヶ崎の人々との監視合戦が始まるのだ。一計を案じた戸ヶ崎の人々は闇夜に小舟に松明をつけて、3頭の獅子頭も乗せて漕いで行くと、相手方が逃げたので桜堤を切ることができたそうである。この時の太刀で桜堤を切る場面を演じたのが、刀がかりという演目となった。村境における対立において、一種の神がかり的な行為によって、事態を収束させる獅子舞の役割が浮き彫りになるというわけだ。

この話について、さらに踏み込んで書きたい。柳田國男『柳田國男全集18』(筑摩書房 1990年)に登場する「獅子舞考」には興味深い内容が書かれている。喜多村信節(きたむらのぶよ)著『筠庭雑考(いんていざっこう)』という江戸時代の書物に『四神地名録』を引用する形で述べられていることには、江戸東郊二合半(こなから)領戸ケ崎村において、宝永元年(1704年)の洪水の際に、水練が達者なものが獅子頭を被って川向こうに泳いでいくと隣村の水を防いでいた村民が大蛇が来たと思い逃げてしまった。そこで水練が達者なものが堤を切って、自村の災難を免れたとある。つまり、文化4年の増水より約100年前にも実は増水が起こり、獅子の登場によって堤を切ることができたという似た話が伝わっていたのだ。それに加えてこの獅子は大蛇を表し、水の神の意向として堤が切られたという物語を語るべく、獅子を登場させた可能性も見えてきて興味深かった。
引用サイト:稲村行真氏ブログ  こちら

三匹獅子 動画  こちら





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Last updated  2023.06.21 12:17:08コメント(0) | コメントを書く


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