東方見雲録

東方見雲録

2024.03.26
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カテゴリ: 土木


© 読売新聞


日本古来の柴を使った柴井堰はこの「川原園井堰」しか残っていない。毎年3月に築き、稲刈りが終わる9月に半分だけ撤去して、翌年は新たに柴架けをする

伝統保存か近代化か  ── 選択を迫られる「柴井堰」
「川原園井堰の柴かけ」として鹿屋市(かのやし)の無形民俗文化財にもなっている柴井堰。材料となるマテバシイは再生可能であり、電力を使わないので農家の受益者負担金は低く抑えられるうえ、日本唯一の堰である。その価値は計り知れないほどですね、と切り出すと、出水園さんは笑いながら言った。

「文化的価値?そんなものはありませんよ。木を切ってきて束ねて川のなかに据えるなんて、原始時代の人がやることです。私は一刻も早くコンクリート製の固定堰(注2)につくり替えてほしいです」

 意外な答えに戸惑うが、そう言わざるを得ない厳しい現実がある。

 問題点は三つ。マテバシイが年々入手しにくくなっていること、築70年近く経過した基礎が著しく老朽化していること、そして出水園さんの後継者がいないことだ。

 九州や沖縄などの山野に自生するマテバシイはしなやかで強いうえに葉が落ちにくい。根さえ残しておけば20年ほどでまた使える大きさに生長するので、ある程度まとまって生えている場所を探しては順繰りに切っていた。しかし林地開発や砂防関係施設の建設などで生育できる土地が減っている。



 出水園さんは「毎年100本くらい切らないと足りない。しかも若木がいい」と言う。農作業の合間を縫って準備するので、マテバシイはできれば自宅のそばで入手したい。出水園さんは暇を見つけては山に入っているが、来年一年分のストックしかないそうだ。

 後継者問題も深刻だ。束ねる作業には2名弟子入りしたものの、指揮をとる人はいない。

「マテバシイがなくなるのが先か、私が作業できなくなるのが先か。いずれにせよ手を打たなければ」と出水園さんは語る。

(注2)固定堰
堰とは河川の流水を制御するために河川を横断して設けられるダム以外の施設のこと。ゲートによって水位が調節できるものは可動堰、水位が調節できないものは固定堰と呼ぶ。
・・・・
地域で考える「第三の道」
 こうした事態に対して、地域の人たちがただ手をこまぬいていたわけではない。2017年8月、「川原園井堰を考える会」(以下、考える会)が発足した。これは串良町文化協会、各地区の代表者、串良町土地改良区、地元町内会、農業用水受益者それぞれの代表者12名で構成され、事務局は鹿屋市串良総合支所産業建設課が務める。

 産業建設課の課長である大村勝美さんは「柴井堰をどうすればよいのか、第三の道はないのかを検討するために、さまざまな立場の方々に集まっていただきました」と語る。出水園さんと末吉さんもメンバーになっている。

 考える会の会長、泊 義秋さんは、自身が経営する会社で串良川の河川管理に関する事業を国土交通省から受託、12年間ずっと串良川を見て回っている人物だ。

「端的に言えば柴井堰は時代にはそぐわないものです。しかし撤去するのは簡単ですが、一度失えば元に戻せない。『日本唯一の柴架けの堰』を守るか、それとも近代化するのか。考えどころでしょう」



「柴井堰を半分、もしくは3分の1残してはどうかという案も出ています」と大村さんは言う。

 泊さんは「個人的な意見ですが」と前置きしてこう語った。

「後継者問題は事業承継と似ていますね。思いきって若手に任せると、出水園さんの跡を継ぐ人が現れるかもしれません」

 いずれにせよ、もっとも大事なのは今後の方針だ。仮に固定堰に切り替えるとしても、事業計画を固めて鹿屋市が県、国へ申請して予算が確定してから測量を始めて……と考えると、最低でもあと4~5年は柴井堰でやるしかない。

 取材後、マテバシイを伐り出した現場を出水園さんに案内していただいた。何カ所も回るなか、出水園さんは伐採したときの苦労話をにこやかに語る。先ほどの「もう柴井堰はやめたい。コンクリ堰にしてくれ」という言葉とは裏腹に、その横顔からは柴井堰を守りつづけてきた誇りと柴架けへの愛着を感じた。




1.柴井堰で水位を高め、ここから串良川の水を取り込む
2.柴井堰からの水を下流に送る有里用水路。串良川右岸の農地300haを潤している
3.有里地区の水田風景。これは牛の飼料となる稲発酵粗飼料(イネWCS)
引用サイト:ミツカン 水の文化センター   こちら

関連サイト:大地への刻印 こちら
水を取る、井堰

河川の水量が豊富で水位が常に高ければ、単なる水の入り口を設けるだけで容易に取水できるが、水位が低下して水が引けないような場所や時期には、流れの中に水を堰き止める物を置いて、水位を高める必要が出てくる。水位を高めることができればあとは個々の圃場に至るまで水路をつくって、重力エネルギーで勾配に従って自然に流下させることができる。
 わが国の農業用水は、大部分を河川から取水しているが、自然の水位を人為的に上昇させ、かんがいに適度な水位を保つ井堰の出現は、人々が必要とする時に水をいつでも利用することを可能にした画期的な意義をもっている。現代に生き続ける有名無名の用水は、先人の着想したこのような原理を最大限に活かしたものである。

 井堰の最初は、付近の木や石で川を堰き止めたものなどこわれ易いつくりだったので、流量の小さい渓流や小支流にしかつくることができなかった。しかし水田が増えて必要な用水量が増加すると、堰上げ期間も長くなり、堰を設ける河川の規模も大きくならざるを得なくなる。簡単な堰を築いては洪水のたびに流失や埋没のために再建する、そんな過程を数限りなく長年にわたってくり返したのち、各地に大きな河川を堰き止める大規模で堅固かつ恒久的な井堰が出現した。技術の進歩した近世以降のことである。
 もっとも、縄文期の水田といわれる板付遺跡(福岡県)でも木杭を打ち込んだ直立型の簡単なものが、古墳期はじめごろの古照(愛媛県)や纏向(奈良県)などの遺跡では木杭を合掌式に組み合わせたものが発見されている。こうした先進地域以外でも、しだいに井堰を設けることの重要性は高まり、人工の用水路を組み合わせることにより、新しい耕地を拡大できるようになった。
 それとともに、河川を利用できる度合いが増し、また個々に独立していた小規模な水利集団が統合されて、一つの井堰を頂点に広範なつながりをもつ大きな用水組織へと発展していくのである。





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Last updated  2024.03.30 05:18:25
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