東方見雲録

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2024.08.14
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カテゴリ: 郷土

日本海新聞

ネット散策:国宝「投入堂」の魅力と巡り方。過酷な山道の先にある、自然と一体化した美しさ

こんな複雑な建築が706年に建立されたという事実に感動しつつも、これを目指して過酷な山道を登って来た人々がいること。そして、入山し、感動するという体験は、今も昔もずっと変わらない気がする。初めて家族で登ってた時にも、建築のケの字も知らなかったが、投入堂ってとにかくめちゃくちゃすごいなと思った記憶は鮮明に残っている。

今回の気分はというと、まさに六根清浄、心が浄化された気分である。大都会東京で気を張らないといけない日常から解放され、大自然の中に身を置いて何も考えることなく、ただひたすら木の根っこを掴み、足元に注意して一歩一歩着実に前へ進む。
引用サイト: こちら

三仏寺奥院(投入堂)
文化財体系 有形文化財/重要文化財/国宝

年代 平安時代
所在地 鳥取県三朝町
分野 建造物
概要
慶雲3年(706)、役行者が白雲に乗じてこの峰に来り、神窟を開き、法力を持ってこの堂宇を投げ入れたと伝えられる。

千尋の断崖に臨む岩窟内の懸造と床下の大胆な工法で天下の奇構といわれる。

ストーリーの位置づけ
「六根清浄」の「眼」の核となる建造物。建築方法は今も謎の断崖絶壁に建つ三徳山の象徴。信仰の象徴である蔵王権現像を配し、「六根清浄」が満願成就する最終到達地。
引用サイト: こちら

投入堂と今の環境建築の違いは?
今の日本の環境建築と投入堂などの昔の日本人が作った建築の違いはどこにあるのだろうか?

それは人間が先か?自然が先かではないだろうか?

今の建築は人間が先だ、経済性や利便性、安全性が求められる。
自然に寄り添っているのではなく、自然が人間に寄り添うようにコントールする。

しかし投入堂などは自然が先だ。先に畏れる自然がありそこ建築を作るのだ、安全かや?、行きやすか?など考えていない。

人間が自然に歩み寄っているのだ、
そこには自然に対する尊敬の念が感じられるのだ。


その時この理論を持ち出し、「この建築は自然が先にある建築なので行きやすさや、バリアフリーは必ずしも必要ない」と言ったが伝わることはなかった。  

今の緑化建築はあくまでも人間の為なのだ。そこに投入堂のような祈りはない。

自然は人間に寄り添う優しいだけの存在ではないのだ、下手をすれば死ぬ可能だってある。それが自然だ。
人間に都合の良い自然だけを求めても、それは融合とは言わないだろう。
引用サイト: こちら





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Last updated  2024.08.14 21:40:23
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