東方見雲録

東方見雲録

2025.03.30
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カテゴリ: スクラップ
2003.03.30の日記 こちら

アーカイブ:「沢田教一展〜その視線の先に」〜「戦争で最初に犠牲になるのは真実である」〜

ピューリッツァー賞受賞者として知られるアメリカUPI通信社専属カメラマン:沢田教一氏


〜「安全への逃避」1965年9月6日ビエンディエン県クイニン北20キロ〜



〜「泥まみれの死」1966年2月21日 タンビン〜
(解説要旨:戦果の一部としてM113兵員装甲輸送車に引きずられるベトコン兵士の死体)


〜1966年6月30日カンボジア国境〜
(解説要旨:第一歩兵師団の通信兵。この長いアンテナは敵の目標となった。祈りを捧げてるようにも見える)
・・・・
追記1:沢田教一氏について


沢田は、師事した小島一郎の影響もあり、故郷青森で普段の暮らしの姿を切り取り、とりわけ母と子供たちを好んで被写体に選んだという。ベトナムの被写体は、当然ながら戦闘場面だが、しかし暮らしそのものが戦場となった「母と子」をその視線から外すことはなかった。それは1945年自らに降りかかった青森空襲の体験を想起させるものであったに違いない。その視線が、あの「安全への逃避」のショットだったのだと思う。

その証左こそ、ピューリッツァー賞受賞後、戦場で出会った「母と子」の安否と消息を尋ねるビエンディエン県クイニン探索にある。彼は、ピューリッツァー賞の賞金(1000ドル:36万円)の内、2家族分6万円相当の現地通貨を携えて、再会を果たすのである。

追記2:サブタイトルについて
サブタイトルの「戦争で最初に犠牲になるのは真実である」という文言は、ハイラム・ウォレン・ジョンソン(アメリカの政治家、カリフォルニア州知事、連邦上院議員1917年 - 1945年)であるとする説がある。
また『ベトナムの泥沼から』でベトナム戦争に「泥沼」(Quagmire)という代名詞を定着させたピューリッツァー賞を受賞したニューヨーク・タイムズ記者ハルバースタムとの説もある。
さらにこの起源は、古代ギリシャの三大悲劇詩人:アイスキュロスの言葉の「In war, truth is the first casualty」であるという説もある。アイスキュロスは、ペルシア戦争でマラトン、サラミスの激戦に従軍し、戦争の題材にした作品を残したという。

「戦争にあっては真実が最初の犠牲者である」という言葉が原語かもしれない。
引用サイト: こちら

関連日記:2025.01.07の日記  寺山修司   こちら


引用サイト:澤田教一 故郷と戦場   こちら





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Last updated  2025.03.30 00:00:20コメント(0) | コメントを書く


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