東方見雲録

東方見雲録

2025.08.11
XML
カテゴリ: ランドスケープ


意匠図案説明  麻仁祖山を背景に北浦海岸を描き春まつりの「やぶさめ」を配す。
開設場所    〒690-1299 島根県松江市美保関町北浦171-1

麻仁祖山

麻仁祖山


中海奥に見える三角錐の山


山頂から中海を望む

引用サイト: こちら

北浦海岸



引用サイト: こちら

千酌は島根半島の北海岸の浜浦の中で古代、最も重要な浦であった

千酌は島根半島の北海岸の浜浦の中で古代、最も重要な浦であった。それは『出雲国風土記』が詳細に語るように隠岐国への渡しが置かれた所であった。風土記によれば「東に松、南の方に駅家、北の方に百姓の家あり」とみえ、「伊差奈枳命の御子都久豆美命」が鎮座しているという。 



爾佐神社の北側に字「土居(だて・館)」がある。佐太神社の宮司であった朝山皓氏はそこに古代の駅家を想定した。爾佐神社の境内、本殿裏手に見られる土手も気になるところである。爾佐神社に神門を潜り、民家の間の参道を通り、海に足を運ぶ。そこでふと我々は勘違いをする。爾佐神社の前の海岸は実に東に向かっているのである。隠岐は左手の方、遥か彼方である。(関 和彦)
引用サイト: こちら

やぶさめ・爾佐神社流鏑馬神事
松江市美保関町千酌爾佐神社で毎年4月3日に例大祭の一環として行われる神事。450年前から伝えられ、京都の御所の鬼門にあたる方角のため魔除けの矢を射る古い行事である。


爾佐神社境内には、体長二メートㇽ、高さ一.五メートㇽばかりの「流鏑馬神馬」の石像が拝殿右手にあります。爾佐神社では毎年四月三日の午後神社周辺で流鏑馬神事があります。県内では津和野町の鷲原八幡宮の、隠岐の島町の玉若酢命神社の流鏑馬が有名ですが、ここ爾佐神社の流鏑馬の歴史も古くて、およそ四五〇年前に始まったと伝わります。ここでは、馬に若者が乗り、町内を巡り歩き竹ざおに付けた的を射て、住民の健康と地域の発展を祈念するものです。神事の後は、子供達も神馬に乗せて貰いますが、遠く記憶に残る体験であるに違いありません。

また、流鏑馬神事の終わりに拝殿の中で、神馬の御者二人の若者が拝殿内でこの神事が来年も続くよう祈り奉納相撲を行います。双方が一回ずつ勝ち、三回目は引き分けで勝負を終えることになっています。隠岐島の人情相撲に似た話です。相撲は神意を伺う行為であるとされています。大相撲は皇室神道として天皇に奉げられる神事で、天皇陛下が大相撲を観戦される「天覧相撲」を思い出しました。この奉納相撲は過去には日本相撲協会が視察に来られたこともあるとのことでした。

引用サイト:「四十二浦巡り」   こちら




引用サイト: こちら

関連日記:2025.05.13の日記  御墓山   こちら
関連日記:2025.07.19の日記  比婆山   こちら
関連日記:2024.11.02の日記  母塚山   こちら

関連日記:2024.11.10の日記  黄泉の比良坂   こちら

関連日記:2025.08.11の日記 こちら





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2025.08.12 21:16:31
コメント(0) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: