東方見雲録

東方見雲録

2026.05.27
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カテゴリ: 政経




問題の焦点は「供給量の不足」から「価格転嫁の困難」へと、着実に、しかし確実に移行している。政府の「足りている」という言葉は、この移行を覆い隠している。

そしてそのしわ寄せは決まって弱い側に向かう。危機のたびに体力のある大手が有利となり、中小零細が淘汰される「寡占化」が静かに進行しているのだ。

今の日本社会には、二つの考え方がぶつかり合っている。

一方は「情報公開派」だ。ナフサ供給が前年比で不足しているなら、不足は不足と認めた上で、各自がやれることをやるべきだという立場。もう一方は「情報統制派」だ。不足を認めるとパニックが起きる。パニックを防ぎながら管理的に乗り越えるべきだという立場である。

「とりあえず大丈夫と言っておく」ことに慣れてしまった政府と国民
コロナ禍で「自粛」と「給付」を経験した日本では、後者の考え方が強くなっている。政府も国民も、「とりあえず大丈夫と言っておく」ことに慣れてしまった。しかし民間企業から繰り返し聞こえてくる声がある。「大丈夫と言われるほど不安になる」。その言葉は、情報管理の限界を突いている。

そもそも、情報統制はもはや成立しにくい時代だ。政府が「足りている」と言っても、SNSには「6月に枯渇する」という情報が飛び交い、逆に「全然問題ない、騒ぎすぎだ」という声も拡散する。

情報の空白は、デマで埋まる


民主主義が機能するための第一の条件は「公開による透明性」だ。情報を管理すれば短期的に混乱は防げるかもしれない。しかし人々は受動的になり、やがてすべてを政府に依存するようになる。

自分で考えることをやめた社会は、次の危機に対してさらに脆くなる。税と社会保険料に所得の半分近くが消えていく国で、さらにコスト上昇分を価格に転嫁しろというのか。

民間企業が苦しむ構造も、政府が情報を抱え込む構造も、根は同じだ。「国民自身がやるか、政府が管理してやるか」という問いである。

政府が情報を管理的に分配する社会では、国民の判断力は育たない。正確な情報が開示されてはじめて、人は自分の頭で考え、自分の足で動ける。パニックになろうが何しようが、まず情報は公開するべきだ。それが民主主義の出発点である。

民主主義とは、すべての国民が政治に参加する平等な権利を持ち、自らの生活に関わる事項を自分で選択できる仕組みだ。そのためには、判断の根拠となる情報と知識が必要であり、自分の考えを政治に反映させる機会が保障されなければならない。
・・・・
危機を乗り越える唯一の道
国と国の間で交渉し、紛争を終わらせ、航行の自由を回復させることは、政府にしかできない。補助金や給付金を配ることは国民の支援とは言えない。結局、後から国民が負担させられるからだ。

必要な情報さえそろえば、自分の考えで動く人たちが流通の現場のあちこちにいる。ヒアリングで終わらせるな。補助金で黙らせるな。情報を集め、開示することは全業界にアクセスできる政府にしかできない仕事だ。その上で、国民が自分で動き始めることが、この国がこれからも何度も起きるだろう危機を乗り越える唯一の道である。

文/オオサワ・キヌヨ
引用サイト: こちら

関連サイト:帝国ホテル、第2六本木ヒルズ…都心再開発に次々ブレーキが こちら


関連サイト:「国民にはスズメの涙程度」「夏場に向けてありがたい」とSNSで賛否両論。高市首相、物価高対策で3兆円規模の補正予算編成を表明 こちら





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Last updated  2026.05.27 10:38:42
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