東方見雲録

東方見雲録

2026.06.26
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カテゴリ: ランドスケープ



使用開始日    1989年4月20日
意匠図案説明   区花・サギソウ、常盤塚、駒沢オリンピック公園を描く
開設場所     〒154-0012 東京都世田谷区駒沢2-61-1
引用サイト: こちら

駒沢 地名
東京都世田谷区(せたがやく)東部の地区。東急電鉄田園都市線(旧、新玉川線)の通る玉川通り沿いにある。武蔵野(むさしの)台地にあり、かつては馬の産地であり、また台地に沢が多いことが地名の由来といわれる。駒沢ゴルフ場跡に1964年(昭和39)東京オリンピックの会場がつくられ、その後は都立駒沢オリンピック公園となった。総面積約41万平方メートル、高さ51メートルの記念塔が立つ。公園の北に駒沢大学がある。
引用サイト: こちら

駒沢2丁目



弦巻 地名
「弦巻」という地名は、鎌倉の鶴岡八幡宮への寄進状に見られるので、世田谷でも古い時代から開けていたと思われる。地名のいわれは、川が大きく曲がり、流れがゆるやかに淀んだ水流(つる)をいうもの、源頼朝が奥州遠征の折りにここで弓弦を外したからというものや、北条氏が徳川家康と戦い敗れ、ここで弓弦を巻いて降伏したという説もある。

駒沢給水塔
弦巻町の丘の上に給水塔を作ると満水面が標高64mとなり、水道水を送る渋谷まで自然流水で対応できたという。大正時代に出来た駒沢給水塔は非常に風情がある外観で世田谷区地域風景遺産にも認定されている。


こちら



常盤塚

ここに祀られる常盤姫は「さぎ草物語」で知られる伝説「名残常盤記」の主人公です。この物語において常盤姫は大平出羽守の娘とされていますが、架空の人物にすぎません。しかし、物語に登場する社寺や地名の多くが実在するため真実味をもって語り継がれてきました。

常盤塚は伝承文学の関連史跡として保存されています。
引用サイト:世田谷区   こちら



関連サイト:伝説「名残常盤記」 こちら

『江戸名所図会』常盤橋では、旅人が村の女性に道を尋ねています。
女性が指さす方向は常盤塚でしょうか。この塚は世田谷ゆかりの民話、鷺草伝説にまつわる史跡です。ある日、世田谷城・吉良頼康は狩りに出て短冊をつけた一羽の白鷺を射止めます。短冊の和歌に心惹かれた頼康は、詠み人を捜し出し、奥沢の大平出羽守の娘・常盤を側室に迎えたいと望みました。
結ばれた二人は鷺を飼い幸せに暮らしていました。やがて懐妊した常盤は側室たちに嫉妬され、罠にはめられて自害をとげます。後に側室達の悪事は露顕し処罰されますが、世田谷城では不穏なことがつづき、悔やんだ頼康は常盤を手厚く葬ったということです。
 鷺草伝説は、『名残常盤記』という江戸時代中期に成立した説話物語を基にしたお話です。中世の世田谷領主であった吉良頼康など実在の人物が登場するほか、区内の地名などもちりばめられています。
引用サイト: こちら


『江戸名所図会 3巻』より「常盤橋(ときわばし)」
斎藤長秋(さいとうちょうしゅう)編 長谷川雪旦(はせがわせったん)画 天保5年(1834)~天保7年(1836)刊 加賀文庫 加256







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Last updated  2026.06.26 00:00:09
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