東方見雲録

東方見雲録

2026.07.06
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カテゴリ: ランドスケープ



使用開始日    2013年7月1日
意匠図案説明   東京都天然記念物である善養寺の大榧及び東京都指定史跡である野毛大塚古墳を描いています。
開設場所     〒158-0092 東京都東京都世田谷区野毛1-5-13
引用サイト: こちら

野毛 地名
「ノゲ」は、「崖(がけ)」を意味する語と言われている。崖をいう地形地名としては、野毛が多く、野木や乃木もそうであろうと言われている。いつからか上野毛・下野毛に分かれた。

明治22年、それまでの奥沢・尾山・等々力・下野毛・上野毛・野良田・用賀・瀬田の8村が合併して玉川村が成立し、下野毛村は玉川村大字下野毛となった。明治45年、府県境界の変更があり、多摩川右岸にあった区域は神奈川県となった。昭和7年、世田谷区成立時に、玉川村大字下野毛飛地字深沢原は、深沢町4丁目に編入され、大字下野毛は玉川野毛町と改称された。昭和44年2月、住居表示の実施に伴う町区域の変更に際して、玉川中町1丁目および玉川上野毛町との間で境界の整理をして、野毛1~3丁目に区画された。
引用サイト: こちら

善養寺の大榧



カヤの木といえば同じく都の天然記念物に指定されている九品仏のカヤの木も有名です。

木の大きさでは九品仏の方に軍配が上がりますが、立地の良さ、崖線上にあるので遠くから見える、目印(ランドマーク)になるといった大木の特長を生かしているのはこちらです。かつては多摩川を行き来する船からよく見えて、目印になっていたそうです。


引用サイト: こちら

関連サイト:「善養寺」の奇想天外な石像群 こちら

吾妻大権現は、古代東日本に君臨した、関東武蔵国の王者のおくり名(諡号)です。ご本尊大日如来の化身を権現といい、当山法城と郷土をまもる守護神です。(中略)この王者は、五世紀の前半、多摩川を望む当山北の景勝の台地に、その強大な王権の象徴である関東最大級といわれる“野毛大塚古墳”を築造


野毛大塚古墳



都指定史跡
大正11年9月25日
昭和27年4月1日史跡指定
昭和30年3月28日旧跡指定
昭和39年11月21日名称変更
昭和50年2月6日種別変更
(所在)東京都世田谷区野毛1丁目25番 玉川野毛町公園内
(時代)古墳時代中期(約1,600年前)

野毛大塚古墳は、国分寺崖線上の高台、上野毛から尾山台にかけて広がる野毛古墳群のなかで最大規模の古墳です。平成元~4年に行われた発掘調査によって、古墳の形は帆立貝形古墳(全長82メートル、後円部直径67メートル、高さ11メートル)で、同種の古墳として関東では最大級の規模を誇っています。

また、周囲には馬蹄形(ばていけい)の濠(ほり)がめぐり、これを含めた全長は104メートルになることがわかっています。

なお、古墳の表面は葺石(ふきいし)で覆われています。

出土品は国重要文化財に指定されています
後円部の頂上には遺体を埋葬する施設である主体部(しゅたいぶ)が50年ほどの間に4か所設けられています。中央の第1主体部からは関東地方最古の鉄製甲冑(かっちゅう)や石製品など、多種多量の副葬品(ふくそうひん)が出土しています。






引用サイト: こちら





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Last updated  2026.07.06 00:00:10
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