東方見雲録

東方見雲録

2026.08.25
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カテゴリ: ランドスケープ



使用開始日   1999年11月11日
意匠図案説明  早稲田大学大隈講堂、穴八幡神社、高田馬場流鏑馬、漱石誕生の地碑を描く
開設場所    〒162-0045 東京都新宿区馬場下町61

高田馬場流鏑馬


水干(すいかん)を身に着けた射手が、約200mの馬場を走り抜けながら3つの的に向かって矢を放つ勇壮な神事。

享保13年(1728)、将軍徳川吉宗が世継ぎの病気回復を祈願して穴八幡宮に奉納したのが始まりとされ、現在は、毎年体育の日に都立戸山公園で開催されています。
引用サイト: こちら

関連動画:高田馬場流鏑馬(穴八幡宮・都立戸山公園) こちら

漱石誕生の地碑

夏目漱石誕生の地
早稲田西口を出て、「早稲田前交差点」から夏目坂をのぼりかけたすぐ左手に『夏目漱石誕生之地』と刻まれた黒御影石の記念碑が建てられています。



漱石は慶応3年(1867年)1月5日(新暦の2月9日)、この地に生まれました。現在の喜久井町1番地です。誕生の地から若松町の方へと上る坂を「夏目坂」と命名したのは、漱石の父・直克です。このことは、漱石自身が随筆「硝子戸の中」に書いています。江戸幕府が開かれる前から牛込の郷土として土着していた夏目氏は、元禄期以降、馬場下の名主を世襲していたため、町名を当家にゆかりのあるものとしました。
引用サイト: こちら


喜久井町

概要:古くは豊島郡野方領牛込村に属す。1869(明治2)年、牛込供養塚町、牛込馬場下横町、牛込誓閑寺門前、牛込西方寺門前、牛込来迎寺門前、牛込浄泉寺門前、清源寺、本末寺、妙泉寺、南昌寺、感通寺、浄泉寺、宗参寺境内代地、赤城等覚寺持地、八王子権現社地、津山藩松平家下屋敷、旗本屋敷、根来百人組同心大縄地が合併し起立。町名の由来は、当地の名主夏目小兵衛直克の家紋が井桁に菊花をあしらったものであったことに因む。そのことを末っ子の漱石が『硝子戸の中』に書いている。牛込早稲田南町にある新宿区立漱石公園は漱石の自宅であり、終焉の地。

1872(明治5)年、美作津山藩松平氏別宅を併合。
引用サイト: こちら

夏目家家紋 

引用サイト:夏目国平   こちら
・・・・
漱石の夏目家は旗本夏目家とルーツは同じものの、
三河に移らずそのまま信濃に残った家系で、室町時代の中頃には守護小笠原持長に仕え、
その後甲斐の武田信昌から信玄・勝頼まで5代の武田家に仕え、
八代郡夏目原村(現山梨県笛吹市御坂町)に居住したといいます。


引用サイト: こちら


早稲田大学大隈講堂、穴八幡神社
関連日記:2026.08.15の日記   こちら

戸山公園
関連日記:2003.04.29の日記 菩提樹・箱根山   こちら
関連日記:2022.06.02の日記  花菖蒲の思い出   こちら





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Last updated  2026.08.25 00:00:06
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