君子は貞(てい)にして諒(りょう)ならず
(君子は正しい道理を守って、約束には義理立てしない) 衛霊公(えいれいこう)篇
民(たみ)はこれに由(よ)らしむべし、これを知らしむべからず
(人民というものは、上の方針に従わせることはできても、その理由まで理解させるのはむずかしい) 泰伯(たいはく)篇
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最初の言葉の、「貞」とは正しい道理のこと、「諒」は小さな約束でも必ず守ることを意味します。
また、「君子」という言葉が出てきますが、『論語』ではこれが、「小人」と対比して、繰り返し出てくる重要なキーワードになります。
その意味には二通りあって、一つは「徳の高い人が君子、徳の低い人が小人」。この区別を「有徳の君子」といいます。
もう一つは「高い地位についている人が君子、一般庶民が小人」で、こちらは「在位の君子」、つまり位にある君子といいます。
いずれの場合で使うにせよ、孔子は弟子たちに対し、君たちはぜひ「君子」を目指して努力しなさい、と尻をたたく意味で使っていました。会社で言えば、手本になる優秀な社員を指して、「ああいう風になりなさい」と管理職が新人に教えているような風情になります。
当時、君子は貴族階級であり、後の言葉に出てくる民、つまり庶民は小人になるわけですが、両者は城壁で囲まれた都市に一緒に住んでいました。
ですから国といっても、現代のような居住形態ではなく、城壁で囲まれた都市が広い平野や丘陵にポツンポツンと点在し、それらがネットワークを作っ て、一つの国家を形作っていたのです。国という字は、そうしたネットワークの中心である首都のことを、そもそもは意味していたという説もあります
では、みなが都市に住んでしまって、農作業はどうするのか、という疑問がわいてきますが、これは朝に城壁の門が開くと、農民たち、これはイコール 庶民のことですが、彼らは都市の郊外に広がる自分の農地まで行き、畑仕事をしていたことが多かったようです。そして、夕方になると、城内の自分の家に戻っ ていきました。
まさに、現代の通勤と同じ光景が繰り返されてもいたわけです。
冒頭にご紹介した言葉は、こうした前提を背景につむぎ出されています。
農民であった庶民たちは学問もなく、おそらく読み書きもできませんでしたが、とても数が多く、政治が乱れたり、為政者が無理難題を押し付けてくれば、当然、反抗したり、他国に逃亡したりします。
一方、政治を行なう側からすれば、国の政治、特に外交や戦争、儀礼などには、費用がかさみますし、土木工事などの労役を庶民に課さないと国内のインフラ整備もできません。不満がたまり過ぎない程度に彼らに課税したり、彼らを使役したいわけです。
現代の企業や組織でも起こりがちな構図が、まさに、古代でも繰り返されていたわけです。
こんなとき、下に少々の無理難題を押し付けても、「あの人の命令だから」「あの人に言われたら逆らえない」と大人しく従ってもらえる上司(リーダー)がいれば、確かに、ことは平穏無事に運ぶはずです。
古今、必要とされる上司はいずこも似通っている、そんなことが孔子の言葉からは浮かび上がってきます。

中国古典研究家。1965年、東京生まれ。早稲田大学文学部卒。大手書店勤務を経て中国古典研究家として独立。企業経営やリーダシップをテーマにした講演 なども多数こなす。著書に『最強の孫子』『活かす論語』『孫子とビジネス戦略』『「勝ち」より「不敗」をめざしなさい』、CDブックに『ビジネス版・三国 志』『論語の経営学』など
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