
いつもいまごろになると「バレンタインデー」とか「ホワイトデー」とかプレゼントが行き交うことになります。それ自体は楽しいことだし、いいことなんで すが、段々と慣行行事化して、心のこもらないものになってきたように思うのです。
元旦に年賀状が来ます。私は1月10日が誕生日なので、今年もこの日だけでも200人をこえる人からお祝いなどをちょうだいしました。
そこへ2月に入ってバレンタインデー、3月にホワイトデー…と考えると、うれしいはずの行事がちょっと億劫になりつつあります。
なぜなら、年賀状でも、誕生日祝いでもバレンタインデーのプレゼントも、もらいっぱなしにはできません。
それ相応の心のこもった返事やお返しが必要です。
正直なところ、催しものや行事嫌いな私は、「こんなムダなことはやめればいいのだがな」と昔から思っていました。が、たくましい商魂とともに年とともに段々と行事がふえます。
とはいえ、中には、うれしい年賀状、誕生日祝い、バレンタインデーのプレゼントもあります。ただし、70%くらいは、どうでもいいもののように思えるのです。
宛名も文章も印刷しただけの年賀状、それも通りいっぺんのコトバだけ印刷されているのを見ますと、なぜ自分の字(自筆)で一筆受け取る人の喜ぶコトバを付加しないのか?
…と思います。
気くばり、心くばりがされているか否かは、だれにでもすぐに分ります。
少し気をつけようではありませんか。
せっかく人さまと親しく付きあうチャンスを、いまのところ大多数の人々が逃しているように思うのです。
私ごとですが、毎年ダンボールいっぱいにチョコレートやその他のお菓子を詰めて送ってくださる女性がいます。お菓子屋さんの女主人です。もちろんそこに達 筆で一言あいさつ文が書かれています。一方で毎年、本当に小学生でも買えそうな小さいチョコレートを一個送ってくれる女性もいます。この人もお菓子屋さん の経営者です。もちろん一筆の私文書も入っていません。ともにお人柄が偲ばれます。
私はホワイトデーには、バレンタインデーにちょうだいした全ての方に同じ品を分けへだてなく各自にあてた手紙(一筆)とともに送ることにしているのですが、いまの若い方たちに「プレゼントには、相手を喜ばせる気くばりをしよう」とお願いしたく思います。
ぜひこれからは、よろしくお願いいたします。
=以上=
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