「なんでこの私が!」オヤジはまず実社会でつぶやく
「なんで50歳を過ぎてから、ネットでつぶやかねばならんのだ…」と、思わず現実社会でつぶやく。編集会議の後、編集長から「今度ツイッターのルポ書いてくれ」とご命令。ええっ!…
だいたいつぶやきなんていう私的なものは、本来ネットに乗せて公開すべきものじゃないだろう。ましてや他人のつぶやきを読んで、何が楽しいのだ?こうし た素朴な疑問があったから、未経験の私には、ちまたから聞こえてくるツイッターの盛り上がりが理解不能であり、同時に気になるところでもあった。

ひと昔前の“豪快オヤジ世代”なら、「ネットでつぶやき?そんなもん、くだらん!ガハハ」ですますところだろう。「社会の流れに取り残されるのは嫌だ…」と感じる“小心オヤジ”の私は、これを機に未知なる世界に飛び込む決心をした。
「見る前に飛べ!」とは米国の詩人W・H・オーデンの言葉。しかしオヤジは怖くて飛べない。下調べをして、全体像を把握してから、恐る恐る飛び込む。
まず関連書籍をささっと流し読みしてみる。次に、ツイッターのサイトにある、他人のつぶやきを閲覧。閲覧だけなら、登録しなくてもできる。通常のサイトを見るのと同じ感覚なので、抵抗は少ない。
「おおっ、これは!つぶやきだけじゃないぞ」とまず驚いた。無数の人々からそのサイトに寄せられる言葉の数々は、メッセージあり、情報あり、宣伝あり、 政治的主張あり、ジョークの投稿あり、日記的記録あり…。もちろん本来のつぶやきもあるが、そればかりではなく、さまざまな種類の言葉が寄せられている。
これはイメージしていたものとずいぶん違うぞ。本来「つぶやき」とは、「短さ」「私的内容」「とりとめのなさ」が特徴なはず。しかしここに寄せられた言 葉に共通するのは、140字以内という「短さ」だけで、「私的ではない」つまり「明らかに他人を意識して」発信したものや、「明確な目的や意思を持って」 語られたものが、かなりの数あるではないか。
これならば、閲覧することによるメリットも、ある程度理解できる。そもそもツイッター(twitter)とは「鳥がさえずる」「人がぺちゃくちゃしゃべる」の意味。これは、本来「つぶやき」よりも積極的で、活発なコミュニケーションのイメージだ。
これを「つぶやき」という私的で内省的な、むしろ逆のニュアンスの「愛称」を当てることで「ネットでつぶやき?」という意外感を演出したのだろう。うーん、巧みだ。つかみはOK!って感じ。
「『つぶやき』はキャッチーな呼び水。ツイッターの世界に、単なる『つぶやき』はあるにはあるが、それは添え物で、重要ではない要素」。始めたばかりの時点では、こう思っていたのだが…。
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