
相手になりきってみる
パウロもまた、初代教会における中心的なビジョナリー・パーソンでした。
パウロはどのようにして、大勢のユダヤ人を救いに導いたのでしょう か。
弱い人に対しては、弱い人のようになりました。弱い人 を得るためです。すべての人に対してすべてのものになりました。何とかして何人かでも救うためです。福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それ は、わたしが福音に共にあずかる者となるためです。 (1コリント9:22-23)
パウロは、福音を伝えようとする対象の 人 々について学びました
。できる限りの彼らについての情報を集めたのです。
そして、彼らが今、どのような状況に置かれて いて、どのような問題や悩みを抱えているのか、どんなことに興味を持っていて、どんな展望を将来に持っていたのか、 彼らの立場に立って考 えてみた
のです。
福音を伝えようとする対象者と 同じ環境に身を置き
、自分が 彼 らの一員になりきってみた
ときに、どのような方法でアプローチをしたら良いか、神様からの具体的なビジョンが明らかにされていったので す。
福音は一つであり、聖書を通しての神様の約束は永遠に変わりません。しかし、伝道するターゲットによって、その伝え方は千差万別に適 応させることが可能です。時代が変わり、世代が変われば、伝え方も大きく変わるでしょう。
たとえば、わたしがご高齢の方々をフォローする ときはよく「手書きの手紙」を用います。また、忙しい社会人をフォローするときはブログやメールマガジンなどを使い、高校生や大学生には絵文字をふんだん に用いた携帯メールを使います。
パソコンを触ったことの無い高齢者にメールは送りません。また、高校生に手書きの手紙を送っても返事は来 ませんが、メールなら数分後に返信してきます。
このように 聖書の真理は永遠に変わりません
が、 伝 道方法
はその教会の建つ地域や、住んでいる人々の年齢層に生活スタイルや職種などによって、 無数に変化する
の です。
ですから、教会の建つ地域に住む人々に福音を伝えようとするとき、そこの住人について学ばなければ、その地域で神様が望んでいるビ ジョンを的確に見出すことはできません。ただ闇雲にチラシをまいたり、毎年恒例の特別伝道集会なるものを開催しても、まったく効果がないのは、その地域に 住む人々の置かれている環境から生み出された ビジョンが無いから
ではないでしょうか。
わたしは、だれに対しても自由な者ですが、 すべての人の奴隷になりました。できるだけ多くの人を得るためです。 (1コリント9:19)
『 目的主導の教会への道
』について、もっと詳しく知りたい方は、こちらも合わせてお読みください。
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