
敗北、惨敗、残念
vs 勝利、勝利、勝利
間違った信念2
.わたしがいつも、一番であるべき(勝利するべき)。いつも誰よりも優れているべき。
「 わたしこそが一番であるべき。いつでもどこでも優れているべき
」という願望を人は心の奥底に秘めています。そのような強い欲求が人間関係において様々な問題を引き起こすのです。しかし現実は、いつもすべての面で一番になることは不可能です。なぜなら、わたしたちは全能の神ではないからです。
ある人は、意図的に周囲の人々をを落としいれ蹴落としてまで一番になろうとします。もちろん、スポーツの世界などで競争心を持つことは大切なことです。しかし、それがお互いを切磋琢磨するための良い競争心であればよいですが、他者を悪意を持って低くするためのものであってはいけません。その「 他人を低くすれば、自分が高められる
」という考えは錯覚に過ぎません。 むしろ、そのような驕り高ぶり高慢な人は神様からは敵とみなされ(ヤコブ4:6)、神様はその人を低くされようとします。
主イエスはこのように言って諭しています。
だれでも高ぶる者は低くされ
、へりくだる者は高められる。(マタイ23:12)
人は皆、他者と自分を比べることによって自分自身の存在価値を計ろうとします。その自分の価値を高めようとするときに、自分より優れている人々に対して嫉妬やねたみを抱き、それが憎しみや怒りに変わり、罪を犯してしまう原因となってしまうのです。ある人は、周囲の人たちから受け入れられたい、愛されたい、認められたい、という強い思いからいつも一番になろうとします。しかし、先ほども言いましたように、 すべての面においていつも一番であり続けることは不可能ですから、人は落ち込み苦しむ
のです。
神様は、あなたが他の誰よりも優秀だからあなたのことを愛しているのではありません。むしろ、あなたの弱さをすべてご存知の上でそのままのあなたの存在価値を認め 「 わたしの目には、あなたは高価で尊い
。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ43:4)
と言って愛してくださっているのです。
わたしが教会に来ている子どもたちに、「あなたはそのままで愛されている価値ある存在なのですよ」と聖書からお話をしたら、その中の一人子どものお母さんが「 いいえ、そのままじゃだめなのよ。優秀な子に育て上げなきゃだめよ
」と言ったのです。そこから見え隠れしているものは、子どもを優秀に育てることで自分自身の価値を高めようとする親のエゴです。勝敗や優劣を気にしながら育った人は、親になってもそれを子どもに反映させようとします。そのために、「優秀でなければ親から愛してもらえない」というような間違った価値観を子どもにも教えてしまうのです。もちろん子どものもつ競争心はその能力を引き伸ばしますが、同時に勉強やスポーツを通して、人はそれぞれ得意分野や苦手分野があることを学びつつ、お互いに弱い部分を補い合い助け合う協調性やへりくだる心を身につけることこそが大切なのです。
何事も利己心や虚栄心からするのではなく、 へりくだって、互いに相手を自分よりも優れた者と考え
、めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい。互いにこのことを心がけなさい。 それはキリスト・イエスにもみられる
ものです。(フィリピ2:3-5)
信仰2
.「復活の主イエスよ、あなたこそまことの勝利者です」
わたしたちの主イエス・キリストによってわたしたちに勝利を賜る神に、感謝しよう。(1コリント15:57)
今、唯一まことの勝利者イエス・キリストに感謝しましょう
。あなたのためにどのような方法で勝利してくださったのかを、じっくりと思い起こし、思い巡らしつつ、復活によって既に勝利されたお方の御名をほめたたえるのです。
もし、人生が優劣や勝ち負けだけで判断されるのであれば、人は誰もがみな罪に対して敗北しているのが、聖書が教える事実です。その人類が惨敗している様子をエフェソの2章はこう説明しています。
さて、 あなたがたは、以前は自分の過ちと罪のために死んでいた
のです。この世を支配する者、かの空中に勢力を持つ者、すなわち、不従順な者たちの内に今も働く霊に従い、過ちと罪を犯して歩んでいました。わたしたちも皆、こういう者たちの中にいて、以前は肉の欲望の赴くままに生活し、肉や心の欲するままに行動していたのであり、ほかの人々と同じように、 生まれながら神の怒りを受けるべき者でした
。(エフェソ2:1-3)
その罪を担い十字架で命を捧げ、死の力を打ち破って復活された神の御子、生ける神キリストだけが唯一まことの勝利者です。そして、その主イエス・キリストを信じる信仰によってあなたもまた 勝利のパレード
(2コリント2:14)で一緒にお祝いしているのです。
今ひととき、心を静めてあなたの人生にパーフェクト勝利をお与えくださった神様に感謝の祈りを捧げましょう。あなたの祈りを通して「世に打ち勝った勝利」せんげんするのです。 「主イエスよ、復活の勝利による希望をありがとうございます。罪と死の力を打ち破った神の力により頼んで生きることができるようにお導きください。アーメン」
神から生まれた人は皆、世に打ち勝つ
からです。世に打ち勝つ勝利、それはわたしたちの信仰です。だれが世に打ち勝つか。イエスが神の子であると信じる者ではありませんか。(1ヨハネ5:4-5)
DAY16「間違った信念3」へつづく
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バックナンバー:
DAY1 罪悪感はどこから?
/ DAY2 なぜ罪悪感を持ち続けてしまうのか
/ DAY3 罪悪感という罠に陥ってしまうのはなぜ?
/ DAY4 罪悪感に陥りやすいタイプ1
/ DAY5 罪悪感に陥りやすいタイプ2
/ DAY6 罪悪感に陥りやすいタイプ3
/ DAY7 罪悪感に陥りやすいタイプ4
/ DAY8 罪悪感に陥りやすいタイプ5
/ DAY9 怒りへの処方箋
/ DAY10 怒りにまつわる迷信
/ DAY11 怒る練習
/ DAY12 良い怒りvs悪い怒り
/ DAY13 信念 vs 信仰
/ DAY14 間違った信念 vs 信仰による祈り
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