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「愛する」ということ、「家族の絆」を考えさせられたドラマだった。浩のおかれた状況にもし私が遭遇したとしたら、きっと諦めて自決しているかも。「この時代の女性は強くて、生きることに必死。 死ぬチャンスはいくらでもあって、一瞬でも気を緩めてしまうとそこには死が待っている。 だから、ずっと気持ちを張り詰めて生き続けなければならない。 すごく過酷な日々の中で、どれだけ忍耐強く、生きるということに執着できるかどうかですよね。」と浩役の常盤貴子さんが答えているけど、本当にその通り。現代のぬるま湯に浸かりきって生きている今の私にはそういう覚悟で生きていくことはできないだろうと思う。ソ連・中国共産党・中国国民党・暴徒と化した満州人・日本人を恨む朝鮮人・中国人に囲まれて八方塞がりの状態、略奪ならまだマシ、レイプされるか、殺されるか。現代の人間(所謂、私たち)からすると、敗戦後の状況を知っているだけに、皇帝や溥傑がソビエトに捕まったと聞かされた後、暴徒と化した満州人に宮殿が襲われるシーンで「何のんびり寝てるのよぉ~」とジリジリしながら見ていた。竹田宮妃殿下から「一緒に東京へ戻りましょう」との連絡が入った時も溥傑と共に満州に残ることを選ぶ浩。釈放を言い渡されて、婉容皇后は釈放されないと知ると、自ら辞退を申し出、愛娘と共に刑務所に収容される浩。国交のなかった日中の壁に阻まれ、夫の無事さえ確認できないまま、ふたりの娘と日本で細々と暮らす浩。浩は、常に自分自身のことよりも人のことを一番に考えていて、自分の大事なものや人達を守るために生きているんだなと思う。「自分にやさしく出来なかったら、子供や周りの人にもやさしく出来ないでしょう?!」という都合のよい解釈をし、それを自分の信条としている私なんてどうするの?って感じ^^;ドラマとしてみると、丁寧に描かれた第一夜に比べて、第二夜は「もっと色々あったんじゃないか」と思う位駆け足でStoryが展開されてしまったのではと思う。日本の敗戦後、通化事件にしても何か突然起こり突然収束し、でも後々すごくこの事件は影響しているのだけど。テーマが『流転』なので二人が再会するまでのStoryで後はおまけって感があった。まぁ6時間弱のドラマスペシャルではどこに視点を置くか、それを中心に描くしかないんだろうと思うが。ちょっと物足りないような気がしたのは私だけだろうか?『愛新覚羅浩の生涯』という某TV局で大河ドラマを作ってもいいんじゃないですか(笑)戦後世代の私達の記憶からはどんどん“戦争”というあの時代の悲劇は薄れていくでしょう。出番は少なかったけど、惹かれたのは「ハル(木村佳乃)」ソ連兵の横暴さに、浩が自分が行くと名乗り出ようとする時、「母親が子どもを離すんじゃないよ」「また会いたいね、あんたと友だちになったあの海でさ」と言い放ち、彼女を慕う数人の女性と一緒にソ連軍の車へと乗り込むハル。あぁオンナって悲しい、いつの時代もオンナの性が標的になる。でもオンナは強し・・・浩との交友関係が実際にあったのかどうか、実在した人物なのか、私は原作をまだ読んでいないのでわからないのだけど、多分こういう女性もこの時代には存在したんだろうなと。軍の政略結婚ではない、純粋にお互いひと目惚れで、“満州と日本の架け橋になるようになりたい”って純粋な気持ちで言い合える。何年も、十何年も離れ離れになっても、本当にお互いを思いやって、また再会し添い遂げる。ある意味、そういう相手に会えるっていうのは、人生の内で少ないんじゃないかと思う。運命の人にめぐり逢えた溥傑と浩が、ある意味、すごくうらやましい。そこにすごく心を打たれたドラマだった。“強く人を愛するということ”最近のドラマでは傑作ではないかと私は思いましたが、どうなんでしょう?ベルナルド・ベルトルッチの『ラストエンペラー(THE LAST EMPEROR)』と、中国・香港合作映画リー・ハン・シャンの『火龍(THE LAST EMPEROR)~溥儀的後半生』をもう一度観なおしてみたいなと今思っています。
Nov 30, 2003
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軍部の国策のためという仕組まれたお見合い・・・でも溥傑は浩に、浩は溥傑に胸を高鳴らせる ―― 運命の出逢い。二人のデート、新婚生活のシーン中の会話、寄り添う二人の姿は新鮮だった。心からお互いを慈しみ、いたわりあい、尊重している。愛新覚羅(嵯峨)浩という女性は、国策、軍部、時代という抗えない宿命の中でまさに“流転”の人生を歩きながらも、本当に幸せな女性だったのではないかと思う。他に引かれたレールに乗りながらも、一途に愛し、信じることのできる生涯ただ一人の男性とめぐり逢い添い遂げることができた。自分のおかれた立場への重圧の中で責任感をもち、生きるということに苦悩しながらも、しなやかに自分の宿命に寄り添い、時代とともに生きた女性。それ以前の時代、平塚らいてうが「原始、女性は太陽であった」と声高らかに宣言した。確かに女性が社会の下層となり、男性優位社会の下敷きとなって酷使され、虐げられている実態があった。しかし、その後大正デモクラシーの時代を経て、大正から昭和初期、この時代の女性は常に日陰にいたような錯覚に陥るが、確かに自分の足で歩き強かったんだなぁと感じる。自由奔放に生きていた深窓の令嬢が、考えも及ばなかった人生を流転する。なんか見ていて「すごいな~ 偉いなぁ~ なんて関東軍て極悪非道なんだ!」この感動を言葉にできないボキャブラリの貧弱さに改めて情けなく思うのだけど^^;常盤貴子の凛として清々しい強さと優しさ、育ちの良さを感じさせる明るく天真爛漫な部分。そして一途さ・・・全ては溥傑を想う心に端している・・・(何だか羨ましい~)スゴイ!と思ったのが竹野内豊。最初見たときは誰だかわからなかった・・・役作りのためにかなり痩せたのでは?物静かで穏やかで優しい、兄弟なのに皇帝として兄を見てきた人生、押し殺した自分の中にしなやかな強さをもつ溥傑という人物を演じきってるなと。やはりナント言ってもBackStageが素晴らしいですね(^^)vこだわり抜いた美術セット新京の街並は、勝どきに作られたオープンセットとは思えない~。衣装のほとんどがオーダーメイドであったり、中国から取り寄せたものであったりと驚くほどの豪華さで、浩のチャイナ服は、すべて常盤貴子の体型に合わせたオーダーメイドらしい。チャイナ服の製作では、2月頃に中国に行き、生地見本を選んできて、カメラテストをして・・・、カメラを通して見てという経緯を経ているらしい。浩の着物のほとんどは、ドラマのために作られたオリジナル品。お見合い後、最初のデートのシーンで着ている黄色の着物には、特にこだわっていて、浩という女性を演出するところとして、これだけは作りたいと思った作品らしい。「戦後、流転生活を送ることになってしまう浩を、いちばん華やかに見せられるシーンなので、 可愛さや華やかさ、若々しさをイメージして作りました。 また、このシーンは、遠くから撮るのだろうと思い、強めの色をもってきました。」あのお見合いのシーンに着ていた薄紫の総柄の着物も素晴らしかったですね!そういう裏方さんのエピソードを知った上で、ドラマを見るとまた格別の思いがありました。今夜も楽しみ~((o(▽ ̄*)oo(* ̄▽)o))追記:とりあえずこの楽天の掲示板以外にカキコできる掲示板を用意しましたぁ♪レス付き多機能掲示板なので使いやすいかもっって思って。今回のこのドラマに関しても色々と感想交換できるといいですね(^^)vhttp://www.e-suhada.com/cgi-bin/yybbs/yybbs.cgi カキコ( ..)φ ヨロシク・・・ですm(__)m
Nov 29, 2003
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案外ワタシって脆いのよ~、弱いのよ~(T_T)って心の奥で叫んでみても結構信じてもらえない。妹も元亭主も言っていた。「肩で風きって闊歩してるよ~~」一見見はシッカリ者の真面目な先生タイプ、で口を開くとこれまた“仕事できそう”“強~いオンナ”タイプに見られる私。そういう演出がしっかり見に染み付いちゃってるんだよね、この38年間ずっと。結婚した頃かな? うんにゃあれはまだ籍は入れていなくて同棲を始めた頃だった。結構皆さん伴侶となる人に尋ねてみたくな質問だと思いますが・・・「何故、私を(結婚相手に)選んだの?」元亭主曰く、「強そうで、一人でも強く生きていけそうだったから・・・」って。じゃぁ私は結婚する必要なんてないじゃん^^;生涯独身で、肩で風きってブイブイ言わせて、強いオンナとして生きていけばいいんじゃな~い?彼は中学生の頃、急性骨髄性白血病でお父様を亡くして、とにかく突然だったものだからお母様の落胆様は相当のものだったらしい・・・その頃、お姑さんは専業主婦だったそうで、亡くなったお舅さんに頼りきっていた。で、突然の死。毎日、海岸に行っては泣き暮らしたそう。そういう生活が一年経とうかという時に、彼はお母さんに言ったそうだ。「そんなに泣いてばっかりいるんだったら、今海に入って死んでお父さんの所へ行けば!」その言葉でハッと目覚めたお母さん。それからはバリバリ仕事して現在の強~いしっかり者のお姑さんになられた訳ですが・・・そんな経験から、彼は自分は早死にすると考えていたらしい。それで結婚しても自分は早く死んじゃうだろうから、後に残った嫁さんが一人、もし子供がいれば子供を抱えて強く生きていける人でなければならないって思っていたそうな。で白羽の矢が当たったのがワタシという訳^^;反面、彼はこうも言ってた。「結構お前って強がっていたり、口や態度では偉そうに見えたりするけど、本音のところは弱かったりするんだよな。 で、しっかり者の長女としては弱いところを見せちゃいけない、強くなくっちゃいけない!とか思ってるんだよな・・・」って。分かってるんじゃん、ワタシのこと。。。そう、そんなふうに私のことを分かってくれた(?)彼だから私は選んだのだ。みっく~と二人になって、何とか生きていってはいるけど・・・、それは実家の父や母、そして分かれた元亭主とお姑さんの援助があってこそ。親戚や友人、いつも周囲の人に助けられている。いい加減、「何にも囚われないで、なりたい自分になる」ってこと、強がりの殻を脱ぎ捨てて、本来の自分を曝け出せたら楽なのにね(-_-;)
Nov 28, 2003
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テレビ朝日開局45周年記念ドラマスペシャル『流転の王妃・最後の皇弟』http://www.tv-asahi.co.jp/ruten/ 今週土・日の放映が迫ってきました。何ヶ月か前にこのドラマが制作されたことを知り、でも放映日が発表されていなくて・・・忘れていて「あれ? あのドラマもう終わっちゃったのかなぁ」と調べてみたら、おぉっと危ない危ない。見逃すところだった^^;やはり歴史もの、ノンフィクションものは大好きです。愛新覚羅溥傑は竹之内豊、愛新覚羅浩は常盤貴子。キャストも結構気に入ってます(^^)vセットや衣装も豪華そう・・・たくさんの見所に期待!!モチロン、ビデオもちゃんと録って、今週は週末予定は入れないでTVを見る日。
Nov 27, 2003
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とうとう2学期の個人面談・・・1学期の時は外出していてすっかり忘れていて赤っ恥かいた駄目ハハ。今朝、みっく~にも散々念を押されたので早目に学校に到着。まだ一番目の人の面談開始時刻15分前に教室前でウロウロ・・・すると先生が私に気づき、「お母さん、お忙しいでしょうからもう先にやっちゃいますか?」って。で、面談開始。今年の担任の先生はまず褒める!(他の先生もそうなのかなぁ?)昨日、家でなんやら描いていた『夢蛍』(作:みっく~)の絵を見せてくれて、「夢蛍・・・(薀蓄)・・・この発想が素晴らしいでしょう? この絵は学校を代表して、本日、市の方へ提出します。 クラスの代表、学校の代表ですよ、お母さん!」って力説。でも、その後は成績の話になると、「本人は努力していると言うんですが・・・」と言葉が濁る。やっぱり算数が全く駄目なようだ。皆が割と不得手とする文章問題はモチロンのこと、みっく~の場合は単純な計算からして苦手。初めて点数を付けたという実力テスト・・・があったそうな。私はそのテストがあったことも知らないし、答案用紙も見ていない。「本人がお母さんには点数を言わないでと言ってましたから、何点だったかは言いませんが・・・」って^^;そう言えば、今日私が学校に行く途中、下校中のみっく~とすれ違った時、「ママ、家に帰って叱らないでねぇ~~」って叫んでた。ナルホドこのことか!まぁね、お勉強はいいのよ。あなたが何点とろうが・・・。私は勉強についてはできないよりはできたほうがいいと思ってる。というのも、もう少し先になって自分の進路を決める時、学力が足らないために諦めなくっちゃいけないというのは悲しいよね。やっぱりポールポジションが取れた方が色々と有利に決まってる。でも結局それはみっく~本人のことだから、やぁやぁ言っても仕方がない。問題は何故努力できないか?ってこと。というのも宿題ができなくて、テストの点が悪くて、授業についていけなくて、悲しい、辛いだけでなく、密かに悔しい思いをしているのも知ってる。だって根本的には負けず嫌いだもん。どうしたらいいかだって知ってるはず、もう少し真面目に勉強すればいいのよ!なのに「努力はしてるけど脳みそに入っていかないんだなぁ、コレが!」って。勉強する癖をつけてあげていない、ほったらかしにしていたママも悪いと思うので、勉強に関しては100歩譲って良しとしよう。これから頑張ろう!頭をもっとも抱えるのはお友達関係・・・私達が小学5年生頃ってこんなんだったかなぁ???って疑問に思う位、毎日毎日問題勃発^^;先生は「僕のところにも相談に来るし、お母さんにも話している。そういう状態だからまだ心配することはない。」って言うんだけど。そんなこんなで、本日またまたどっぷりと母娘タイム。久しぶりに回転寿司に行って、婆バをお迎えがてらウェルサンピア伊予トロン温泉へ。みっく~が宿題する傍らで、私は読書。そしておしゃべりして・・・今日はフラメンコの日だったのにィ~ まぁレッスンは振り替えてもらったからいいけれど。とりあえず今日は自分の好きなことよりも、みっく~と向き合う時間を大切にした方がBetterかなと思った次第。そう言えば以前966さんに言われたことがあったっけ?「小学生になったら小学生になったで、今より大変だよ~ 精神面のフォローでね^^;」
Nov 26, 2003
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「占い」と「カウンセリング」の違いって何だろう?って、ふと疑問に思った。最近、師匠(TAKEがカウンセリングを習った先生)と久しくお会いして話していないので“カウンセリング”からちょっと遠ざかっている気配もあるけど・・・“コーチング”の本は今読みすすめています。ふ・ふ・ふっ『恋愛コーチング』って本^^;でNetでは色々と“占い”サイトを訪れては興じている。で最近面白~いと思った二つの占い・・・歴史が教えるあなたの未来~『日本歴史占い』http://uranai.artisthouse.co.jp/性格も恋愛相性も緑の電車が教えてくれる~『山手線占い』http://www.web1week.com/tokyo/uranai/しかし『山手線占い』とは・・・(^^ゞコレが東京版としたら、大阪版『大阪環状線占い』なんていうのもあるのかな???「占いは、「何で当たるんだろう?」と追究する時が面白い。」って占い師でカウンセラーでもある早田みず紀さんが書いていたけど、私もそう思う。この占いの根拠は何処にあるのか?『日本歴史占い』も『山手線占い』も自分では結構当たっているような気がしたから・・・ 偉~いカウンセラー先生には“占い”と“カウンセリング”を一緒にするなぁってお怒りをかいそうだけど。早田みず紀さん 曰く--------------------------------------------------------------------------------------------占いとカウンセリングの最大の違いは、占いは相談者に「答え」を提供する、カウンセリングは相談者から「答え」を引き出すということ。私は、どんな場合にも答えは必ず本人が持っていると感じています。本人の中に、答えの芽や、こころの声がちゃんとあるのです。そして、答えが自分の中にあるんだと自覚できると今後の自信に繋がるんですね。占いもそのように活用すればいいんだと思うようになりました。完全に占い師の言葉に依存させてしまうのではなく、占いをサポートとして使うのです。」--------------------------------------------------------------------------------------------ふむふむ(p_-)そうですね~、“占い”って「答え」が出てくる。ある意味“カウンセリング”は「答え」が引き出される。でも「占いが良く当たる」っていうけど、「当たる」ということ、何が当たりで何がはずれか、ということは微妙な問題だと思わない?占い師さんに相談した時、占い師の言葉を当たっていると考えるには、占い師の言葉を私が納得してしまうことが必要。特に自分の性格や周りの状況について、占い師に指摘された言葉が納得のできるものであった時(結構そういうパターンが多いだけど)、「この占い師の言うことは当たっていて信頼が置ける」と感じることができる。「当たる」ということ自体が、相談者の人柄や悩みの内容を把握するカウンセリングが含まれているってこと?“占いをする”とか“占い師さんに相談する”時って、何らかの悩みや迷いがある時で、その悩みを癒すことが占いの目的となっているのかもしれない。“占い”にも「カタルシス効果」が求められてるとしたら、“カウンセリング”と同様の役割を果たしてるってことになるんだな、きっと。 「カタルシス効果」とは、カウンセリング用語で「相談者が、受容された雰囲気の中で悩みや迷いを語ることにより苦しみが軽減されること」をいう。要するに「話していく内に楽になった」ってこと(^^ゞで、結局“占い”と“カウンセリング”の違いって何?早田みず紀さん 曰く--------------------------------------------------------------------------------------------幼児体験に原因があるとするフロイト式、生まれ持った星、本人の捉えかた、この三つの角度のどれも本当かもしれないし、どれも違うのかもしれない。問題は、どこにその人が原因を求めるか、どこに重点を置いて考えるかにあるのだろうと思うんです。そうやって突きつめて考えて、最後には、そういったことすべてを脱ぎさって何にもとらわれずに、自分で自分のなりたい未来を作っていくのが理想なのでしょうね。--------------------------------------------------------------------------------------------そうそう、師匠も言ってた・・・「何にも囚われないで、なりたい自分になる」ことが大切だって!
Nov 24, 2003
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昨日の温泉疲れ(?)がでたのか、今日は思いっ切り朝寝坊しちゃった(^^ゞ母からTELがかかってきて起きたのは10時。それからゴソゴソ起き出して店に行く。世間は3連休でもウチのお店は無休なんです(T_T)とりあえずいつもより少な目のお惣菜を用意して、あとはボチボチPCに向かう。さて、PTAの理事会便りを作成して、あとはサイト更新でもしようかなっと。会社の経理事務や今準備中のお店のHP作りや、しなくちゃいけないことは一杯あるけど逃避したい気分。5,6年前に作成していたHPのファイルを探して、この楽天HPにUPできるように修正する。あの頃はプロバイダの無料スペースとGeoシティーズを利用していたんだなぁ~Geoの私のサイトもまだ生きているみたいだった・・・^^;何かもう一つ、966さんが教えてくれたGeoのような無料サイトも利用していたはずなんだけど???どこだったっけ?う~ん最初は面白がってサイトを作ったり登録したりするんだけど、なかなか続かなかったワ・タ・シ。そういう意味では、この『楽天広場』はよく続いているなぁと感心、感心。まぁ「日記記入率」はすっご~く低いのですが・・・(^^ゞこれから頑張ろうってことで・・・http://plaza.rakuten.co.jp/purecom/022000 が目次ページなのですが、徐々に昔々作成したページを移行しようと実行中です。バナーを集めていたページとかあったんだけど、結構行方不明ページも発覚。まぁ残っているページだけでも広場に集めちゃおうかなぁって。そうこうしている内に夜になって・・・(←サイトいじりをしているといつの間にか時間が・・・)久々ちゃんとした食事(いつもは残り物で済ますことが多いのよ~)クリームシチューを作りました(^^)vこの季節になると無性に食べたくなるんですよね、この系統のおかずが。夜10時過ぎ、友人から電話があってドライブに出かけた。彼は当てもなく運転していたように見えたけど、実はちゃんと目的地はあったらしい・・・県道からそれてズンズン狭~い山道を上がっていく。「何処に行くつもりなのかなぁ~」とちょっと不安になり、「げっ真っ暗闇じゃない~、こんな所で下ろさないでよぉ~」とワタシ。あの夏休みの悪夢がよみがえる。と、彼は車を止め車を降り「ちょっと降りてみ~」って。「寒いし、暗いし~ ヤダなぁ~」とブツブツ言いながら車を降りて見上げると、覆い被さってくる程の星空、存在感が全然違う星達の饗宴だった。「たまにはこうやって星を眺めるのもいいかもよぉ~」って。携帯で愚痴愚痴言ってしまった私へのエールだったらしい。彼氏じゃなくて同級生だから何でも言える、こんな男友達って私にとって大切な存在。
Nov 23, 2003
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ということで、振り返ってみると今日は只管(コレで“ひたすら”?)の~んびりしちゃいました(*^^)v午前中は相変わらずお店でお惣菜作り・・・午後、家に帰って娘のベッドでウトウトしてから、車でマックへ。このまま温泉行っちゃおうか!ということになり、初めての『利楽』へ。そうそうTAKEの愛車デミオには常に温泉goodsがスタンバっていて、いつでも「温泉へ行こう!」状態なのよ(^^ゞ見奈良天然温泉 利楽http://www.lesp.co.jp/cools/riraku/ チェックインしたのが14時・・・で帰途に着いたのが23時過ぎ。約10時間近く『利楽』で過ごしました(^^ゞお風呂に入って、出て軽食とって、TV見ながらお昼寝して・・・、またお風呂に入って。大人850円、子供400円というと、ウチが良く利用する温泉『鷹ノ子』や『媛彦』『ていれぎ』に比べるとちょっと割高。でもこれだけの~んびり湯~ったり長時間いれば元は取れるというもの。一旦チェックインしちゃえば何回もお風呂に入ったり出て(館内で)食事したりできる。おまけにTV付きのリクライニングチェアなんかがあるのでお昼寝も出来ちゃうところが最高!ですね。親子でひたすらのんびりくつろいでいました(^^)vあとですねぇ~、温泉タイムはみっく~とのコミュニケーションタイムでもあるのです♪温泉につかりながら、何やかんやあれやこれやと話が弾む♪♪日頃ドタバタしていてあまりゆ~っくり話も聞いてあげられない。学校のお友達と最近兎角ゴタゴタが多いみっく~。昨日金曜日もTAKEママがみっく~の学校にPTAの用事で出かけて、職員室で所用を済ませている間に、担任と音楽と二人の先生から話しかけられ・・・う~ん大人になろうとしている子供、もう思春期に突入しかけているのか悩み多きお年頃のようです^^;何かみっく~の話を聞いていても「よく分かんないけど大丈夫じゃな~い?」って言いそうになるのを抑えて抑えて~ココロ穏やかにウンウンとみっく~のお話をた~く山聞いてあげるためのシチュエーションに温泉でま~ったりというのは最高なのです(^^)vただ休日となると家族連れが一~っ杯。。。食事しているテーブルの隣に大家族連れなんかがくると、何かグッとテンション下がっちゃう自分達が悲しい~(T_T)でまたお風呂に入って、露天風呂でぬけるような青い空を眺めて、「う~ん、この気儘さが今のワタシには幸せ・・・」って思う。の~んびり湯~ったりま~ったりして、昨日の寂しさは吹っ飛んじゃった^^;そういう暮らしを望んだのもワタシ。恋愛したかったのもワタシ。その人を好きになちゃったのもワタシ。何だかなぁ~、まっいいか~ケ・セラ・セラなるようにしかならないよってね。
Nov 22, 2003
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最後に会ったのは9月の終わりの連休頃・・・逢いたい気持ちを抑えて抑えて、今日久々の逢瀬です。明日、彼のお誕生日なので「どうしても逢いたい、一生一度のお願い」って。だってもし12時迄一緒にいられたら、一番初めに「お誕生日オメデトウ」って言えるから。プレゼントも用意したし、お店も予約したし・・・今日さっきまでどうなるか分からない状態で、連絡を待っていました。つい一時間程前にメールがあって、「何とか?大丈夫」って。それからの私はなんだか浮き足立っています。これから忘れ物がないように準備して、行ってきます。=========================================================2ヶ月振りに逢った彼は少しお疲れ気味ではありましたが、変わらない笑顔と優しい話し声でした。逢ってお店に向かう途中、煙草の自販機の前で立ち止まった私。「ちょっと待って煙草買っておくから・・・」(私は喫煙派なのです^^;)「実はさぁ、煙草止めたんだ・・・」って。ビックリ(@_@) 私なんかよりずっとヘビースモーカーだったのに。。。「いつ止めたの? どうして? どうやって?」って質問攻めの私。「誰かと一緒に止めると励みになって止められるものだよ。」って彼。「誰かって誰?」・・・そこから聞かなきゃよかったかな~ 分かってたことなのに。夏頃から渡せなかったお土産やお誕生日のプレゼント、もうなかなか会えないだろうからちょっと早いX’masプレゼントまで渡して^^;ちょっとやり過ぎ~ 私ばっかりこんなに好きで、いつも気持ちの片隅に彼がいて・・・でも彼のココロの中には亡くなった奥様がずっといて愛し続けている・・・本当に仕事で疲れていたんでしょう、いつもより飲むペースも遅くて。結局はじめのお店1軒で帰ろうということになって。まだ10時半頃・・・途中タクシーを拾うところまで一緒に歩いて、彼はいつもの通り私を送って(途中で降ろして)一緒に帰ろうって言ってくれたけど・・・私は何か意地になっちゃって、「私は歩いて帰るから・・・バイバイ」って。「どうして?」って気を使ってくれたけど、結局一人で彼の乗ったタクシーを見送りました。「私は貴方にとってどんな存在ですか?」いつもいつも今度逢った時に聞こうと思いながら、恐くて聞けない言葉。その答えを聞いてしまうともう二度と会えなくなりそうな気がするから・・・夜12時をまわって22日になったところで携帯にかけてみた。「ごめん、遅くに。何してた?」「歯を磨いてたよ(笑)」「そう起きてくれててよかった。。。お誕生日オメデトウ。。。」「プレゼントじっくり見たよ。アリガトウ。。 あれは引っ叩けないよね、無くせないし・・・(笑)」って。X’masプレゼントは阪神タイガースの虎イラストのゴルフボール。飲んでる時は、「最近上手くなったからボールは無くさないんだよね~」ってフザケテいたんだけど。一人になって寂しくて、想いが届かないことがもどかしくって・・・亡くなった奥様を大事に想っている彼は誠実で、そんな彼だからこそ出会いはNetでも信頼できて、好きなんだけど・・・やっぱり悲しくって涙が出た・・・
Nov 21, 2003
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内緒にしていたけど、11月18日ある企業のパート採用面接を受けていました(^^ゞで、今日その合否結果が明らかに・・・無事採用されました(^^)v自分で電話をかけて聞くというとても酷な方法・・・そんな企業も初めて。何しろ採用人数も多いのですが、説明会に出席して、面接を受けた人間の数もとても多かったそうで、混乱を避けるためにこういう方法をとったとの説明がありましたが・・・。少しは自信があったものの、電話をかけて、合否が分かるまではDOKIDOKI。久々履歴書なるものを書き、面接というものを受け、しかも常識テストまで^^;「沖縄県那覇市」の「覇」が書けずちょっと悔しい思いをしましたが、あとは多分完璧でしょう?!って自分では思っていました。結果は知らないけど・・・TAKEは今まで無職だった訳ではありません。働いていないと食べていけないでしょっ!実家が自営で商売をしていて、そのお店での仕事がメインでした。八百屋に毛が生えたような小さな食料品店。で家族経営(だけど一応法人なのです^^;)そこで中央市場や各問屋さんに仕入れに行ったり、午前中はお惣菜作り・・・野菜やお肉やロスが出るでしょ? だから苦肉の策で素人惣菜を始めたら、コレが結構受けました(^^)vあと一応法人なので経理・給与関係とかの事務全般。プライスカード・POPを作ったり、特売の企画とか、所謂販促関係が私の仕事です。モチロン、看板娘(?)ですから店番もします(^_-)-☆あとはSOHOスタイル・・・IT・PCに関係するお仕事を契約で請けたり、この間の“選挙”のような単発の仕事を引き受けたり・・・ようするにコチラの方は“根無し草”のようなお仕事スタイルを貫いていました。というのも時間の自由がほしかったから・・・でも最近コレではいけない! と思い立ち数ヶ月。あれこれ悩んでいたところに今回の募集が目に付いて・・・以前から興味があった企業だったので思わず説明会を申込んでいました。今回のお仕事もシフト制なので全く自由が利かないと言う訳ではないけど・・・でも正社員ではないけれど会社勤めと言うのは久々3年振り・・・さてどうなることやら、勤務は12月8日から。
Nov 20, 2003
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フジTV系木曜22時『Age35・恋しくて』が放映されていたのは1996年4~6月。ドキドキするシーンになると、主題歌のシャ乱Q「いいわけ」が流れて・・・島田英志・35歳・食品会社勤務(中井貴一)妻 朱美・35歳・12歳の双生児兄妹の母(田中美佐子)照井ミサ・26歳・同じ会社に勤務している不倫相手(瀬戸朝香)成瀬シン・35歳・陶芸作家、朱美とは大学の同窓生(椎名桔平)大平悠子・35歳・島田夫妻と同期入社、朱美の親友(香坂みゆき)多分一回も見逃したことがない程、当時熱中してみていたドラマ。1996年というと私は31歳、30代になったばっかり・・・で、このドラマの「35歳」という微妙な年齢ともうすぐ自分にも訪れる年齢ということで、自分を投影してみてしまっていたんだろう。今やその「35歳」という年齢も超えてしまい、既に自分の視点は40代にいってるけど・・・(^^ゞ久々本屋のコミックコーナーをウロウロしていて目に留まったコミック文庫、紫門ふみさんの『Age,35』。ドラマはみていたが、原作がコミックだとは知らなかった。で迷わず手にとってレジに持っていっていた。かなり漫画原作を忠実にドラマ化していたんだなというのが印象。でも漫画になると、ドラマよりも更に言葉での描写が増えていて、細部までの心理描写があるような気がした。私は結構読み進めるペースが速い方だけど、『Age,35』は読み終えるのに少し時間がかかった。それだけ紫門ふみさんの漫画は心理描写が細かいと言うことなんだろう。今思うとこの頃からだったのだろう、『新しい道を歩くこと』を考え始めていたのは。具体的に『離婚』を考えていた訳ではないと思う、まだみっく~は4歳だった。でも少しずつ夫婦の価値観、生活観のズレが表面化してきて、摩擦を起こすこともしばしばあった。『Age35・恋しくて』を見て、こういう夫婦の在り方・別れ方もあるんだ・・・と31の私は感じたんじゃないかなと思う。
Nov 17, 2003
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もう何年も映画館で映画を見ていないような気がする・・・けど。コレは絶対見てみたいなぁ~と思った映画。(覚え書)最后的愛,最初的愛最期の恋、初めての恋http://www.movie-eye.com/saigonokoi/ 『僕ら』作詞・作曲・編曲/小田和正(BMGファンハウス)僕らは時の舟に乗る 知らないうちにその舟は同じ速さで 走り続けるすべては はかなく うつろいゆくもの誰もが明日は 流されていくそれでも それだから 君とこヽにいたいできるだけ近くで 今だけの君と暮れてゆく街を見ている ずっと見ている僕らはどこへゆくんだろう 遠いいつかくり返し季節は また戻ってくるきらめく星たちは 永遠を告げてる出来るなら僕らも 時に身をまかせて今だけをたヾ生きて ゆければいいのに君が好きで 君といつもいつもいたくて君のために 小さなその願いをかなえてあげたいだけ僕らはもうこの場所へは 決して 二度と戻れはしないんだからね永遠の愛・・・そんなものを信じるかと言われれば、信じないと僕は言うだろう。当然のことだ・・・ありえないとわかって永遠の愛を信じたいと願う恋人たちの感動のラブストーリ真実の恋だけが、永遠という愛になる
Nov 16, 2003
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なんて久々の想いかしら・・・これは彼に逢いたいのではありません(本当にいつもの強がりでなく^^;)モチロン『フラメンコ』のお稽古日が待ち遠しい~ってこと!今日は待ちに待ったお稽古日。本当は他に用事もあったのだけど、勿論そっちはキャンセル。それでなくても週一回しか練習できないんだから、今の私にとって『フラメンコ』は何よりも最優先。さて今日は仕事や何やかんや立て込んでいて、ちょっと遅刻(T_T)お稽古場は車で20分・・・混んでいると30分はかかるところにある。いつもの私なら遅刻は嫌いなので、諦めてお休みしちゃうところなんだけど・・・ビュ~ンとぶっ飛ばして駆けつける。着替えてストレッチして皆の列に混じった頃にはもう【ブラソ】。ガァ~~ン、私が一番苦手としている【マノ(手首回し)】が終わっちゃってる(T_T)、練習したかったのに~というのもどうも【マノ】の内回し・外回しの最後の返しの部分(4カウント目)の動きがよく分からないのだ。自習しようとしてもそこで???となり躓いてしまう。気を取り直して【ブラソ】、この腕の動きは結構得意^^;(誰でもできる?)そして【サパテアード】の練習【ゴルペ(足裏全体ので打つサパテアード)】【プランタ(足裏前部で打つサパテアード)】+【タコン(かかとで打つサパテアード)】【パルマ(手拍子)】を練習して、タンゴのリズムを取る練習。。。1拍目をゴルベ→2拍~4拍をパルマで半コンパスをカウントする。これを皆で円になって、パルマチームとゴルベチームに分かれて組み合わせて練習。で、【ジャマーダ】をやってみる。。。じゃなくて【ジャマーダ】は「呼び出し・合図」で、「私は踊りだしますよぉ~」とか「テンポを変えるわよぉ~」ってギターやカンテ(歌い手)に教えるものらしいぃ~で、私たちが教えてもらっている踊りは・・・『タンゴ』^^;先生が「今やってる踊りは何だった~?」って質問しても皆うつむき状態・・・(-_-;)「黒猫のタンゴでもアルゼンチン・タンゴでもないわよぉ~」って(^^ゞ今日は踊り出し【ジャマーダ】(2コンパス)から歌振りを4コンパス(新たな足さばき【プンタ】)教えていただき終了です(@^^)/~~~でも曲無しでやってるから、どんなになるのかちょっとまだよく分かんない状態・・・来週は曲をつけて、もっと進むらしい~~ 何か楽しみ~(^^)v私たちのレッスンが終わった後は、上級者(中級者なのか?)の方々のレッスン。柔軟も【マノ】【ブラソ】と何事もなくつつがなく流れるように進んでいく・・・で注目は【サパテアード】!段々拍子UP、スピードUPしていって、「すごい~~」同じ人間の足とは思えない~\(◎o◎)/! 先生が「じゃぁこの間は○○でちょっと暗めだったから今日は明るく○○にしましょうか?」(○○というのは多分曲目だろうと思うんだけど・・・分からかった^^;)といってCDを交換・・・で曲が始まると・・・何の前触れもなく軽快なリズムで踊り始めた。先生に続いて、他の生徒さんも遅れず踊る。えっ~~??? 何故何故??? 何故みんな遅れずに指示なしで踊れるの?どんどんステップと振りのパターンが繰り広げられる。しかし、ウォーミングアップとはいえおよそ20分間、あのフラメンコの独特のリズムと華麗なステップを目の前で見せられた。ポカ~ンと口を半開きにして踊りに魅せられた。何時になったら、どれ位練習すればこの様に踊れるようになるのか?訳も分からず、ただ憧れだけで始めた『フラメンコ』。ちょっとだけ、ホンのちょっとだけ分かったこと・・・『フラメンコ』は他の舞踏(例えばバレエとか)と違い、いくつかの約束事さえ守ればステップや振り付け、曲のリズムや長ささえもその時々で自由に表現してよいというのが基本にある?らしい・・・う~ん、そんな自由さが『フラメンコの魅力』の一つなんだろうなぁと。ますます『フラメンコの魅力』という底なし沼にハマっていく自分をそこに見た瞬間だった。あぁ恐すぎるぅ~
Nov 12, 2003
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というのは、2年前にハマったドラマのタイトル・・・X’masとかスキーシーズンとか、バレンタイン・・・そしてMyBirthDayいい歳して~ってお叱りを受けそうですが、私にとって「冬」これからのシーズンは特に『恋の季節』・・・だ。恋を何年もお休みしていた私の周りにも、シングルになって一年半程経て、チラホラ『恋』が見え隠れしてきた・・・様な気がしてた。そして半年経った今・・・よく分からなくなってきている。でも『恋』ってそんなものじゃないでしょ?「よく分からない」なんて『恋』じゃない!じゃ『恋』って何? 『恋愛』ってどういう状態?『恋』ってもっと盲目的に突き進むというか、相手に向かっていくものよ!ってグルグル(@_@)結局私は『恋』を探していただけ? 『恋』してるふりをしていただけ?なのかもしれない。この歳になって、今の環境では、特別の出会いでなければ『恋愛』に発展しにくい・・・もっと若い頃は簡単に『恋』に落ちて、もっと簡単に『恋愛』していたいた様な気がするのに・・・今の私にとっての「特別な出会い」は【メール】(ちょっと眉を顰めちゃう人もいる?)でも【メール】での出会いは綱渡りで不安定・・・で恐い部分もある。何か気軽に【メール】の中だけでお付き合いしている方が楽チンで楽しいのかも・・・【メール】で知り合って、逢って、恋に落ちて・・・でもだんだん【メール】が来なくなって、シツコクシテル自分が嫌で自分も【メール】を送らない。そして TheEND となっちゃうのかな・・・僅か数通のメール交換だけで、メールだけじゃ無くて会えるようなおつきあいがしたいという。私の考えを聞かせて欲しいって?出来たらステキな恋愛が出来ればと思うって・・・私だってそう思うけど、実際会ってすぐ駄目だったらどうするのだろう?じゃぁ次の人?って~ それって寂しすぎるような気がしませんか?メールを交換している内にどうしても逢ってみたくなって会ったとして・・・それでも駄目な時、駄目なモノは駄目なんだろうけど^^;で、『恋愛』してどうするの? ずぅ~っと『恋愛』? それとも『再婚』?若い頃の私は『恋愛=結婚』主義だった。だから『恋』が一つ終わるたび、気分は「失恋」ではなく「結婚しそこなった~」だった(この辺から歪んでるのかも?)今もそうなのかも?しれない・・・結果というか結論を出したがる、白黒つけたがる、頭の中はオセロ状態の私。でも『再婚』には迷いがある。したいけど「して本当に大丈夫?」と思う自分がいて・・・子供のこととか生活のこととか、もちろん相手のこと・・・『再婚』には難問が一杯。それを一緒に乗り越えてくれる、乗り越えたいと私が思う“誰かさん”に出会えなくっちゃ『恋愛』もできないのかも(T_T)「もっと気楽に人を好きになったり、付き合ったりした方がいいよ~」ってある人に言われた。でも多分今の私にはそれは出来なくて、『恋』は休んだままなのかもしれない・・・
Nov 11, 2003
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TAKEがずぅ~と暖めてきた夢『フラメンコ』遡ること十ン年前、まだ独身のOL時代から『フラメンコを習う』ことを考えていました。その頃は東京にも教室は少なく、ちょっとバーが高く・・・んにゃ高いような気がして・・・身分相応にエアロビクスなんかをやっていました(^^ゞやっぱ子供頃バレエをやっていて大好きだったせいでしょうか、『踊る』ということが好きなんでしょう。2年前松山に帰ってきて、教室を探したんだけど、「加地恵理フラメンコスタジオ」というところを一箇所発見。あとは○NHK松山文化センターか○南海放送学苑といったところか・・・で超初心者の私はまずカルチャーセンターの初級クラスでもと思い、問い合わせてみたが何時も一杯でキャンセル待ち状態(T_T)で、ちょっと諦め気分だったところに朗報が・・・今年の夏・・・だったと思うけど、アンの仲間でフラメンコをやっていた子が新たに教室を開くという。「これは絶対チャンス!」と思い、連絡を取って開講されたら入会する旨を伝えた。そして今日・・・待ちに待った練習初日。ファルダ(練習用のスカート)とシューズもチャコットで購入(結構高かった T_T)。エアロをやっていた時のレオタードを引っ張り出して、スパッツやTシャツ・靴下を用意。友人が私の姿を見て「気合入ってますねぇ~(@_@。」って(爆)そうそう、TAKEって結構格好(スタイル)から入る癖がある(^^ゞでどうだったかというと・・・1時間ちょっとの時間があっという間だった・・・それほど楽しかった。でも難しい~~ 【ブラソ】(腕の動き)から【ジャマーダ】まで。【ジャマーダ】を教えてもらって、「うわぁ~ フラメンコっぽいぞ!」って^^;ピアノやバレエや習い初めってそうだったのかもしれないけど、いや子供だったから結構飲み込み早かったのかも(-_-;)「大丈夫なのかな? できるようになるのかな?」とちょっと不安になったTAKEなのでした。あぁ~ 今度のお稽古日は1週間後、ちゃんと教えてもらった【ジャマーダ】のパターンを覚えていられるのか・・・
Nov 5, 2003
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って私のこと(爆)総選挙・・・ 投票日まで秒読み段階になってきました~今日は久々地元におりますが、実は私、今とある候補の選挙事務所で“ウグイス嬢”をしております^^;地元ではなく、高速使って片道1時間かけて先週公示日から通っております。(なので日記も更新できず、レスも付けれず・・・ カキコしてくださった方、遊びに来てくださった方、ゴメンナサイm(__)m )昨年末、近隣市の市議会選挙の時、知り合いに頼まれて選挙事務所でデータ入力と宛名印刷の仕事は経験したけど、“ウグイス嬢”は初めて。中盤になって、原稿もたまってきてだんだん慣れてきたけど、最初は結構マイク持ったまま固まってました(^^ゞ続きはまた後で・・・
Nov 4, 2003
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