全9件 (9件中 1-9件目)
1
「ウォーターシップダウンのうさぎたち」や「バンビ」など、英国や米国の子供向け物語って、自然界の弱肉強食や人間のエゴ優先といった真実を伝えてるなぁ・・・と時々思う。バンビでは、蛇に噛まれた人間を救うために鹿の肝が必要だからと母鹿は殺され、母鹿を殺した人間に育てられた小鹿(これも人間同士であれば、これはかなり残酷な仕打ち)のバンビも、成長して人間の作物を荒らすようになったからと最後には殺される。最初から最後まで人間優先主義を見せつける物語なのだ。これが自然なのだ、人間なのだと思い知らされる。それに対して日本はどうか。同じ高知出身だから悪く言いたくはないが、やなせ・たかし作詞の「手のひらを太陽に」というの曲、みんな生きているのはわかるが・・・仏教の宗教観で命は皆平等なのはわかるが・・・最後が何とも甘い。「手のひらを太陽にすかしてみれば、真っ赤に流れる僕の血潮。オケラだって、もぐらだって、アメンボだって、みんなみんな生きているんだ、友達なんだ~♫」友達だと思っているのは、霊長類のトップに君臨する人間だけで、オケラももぐらもアメンボも、生きているものは、ほとんどの場合、他の生物を友達とは思っていない。そう思って何かが自分に近づくのを許したが最期、とって食われるからだ。命は平等でも、生物間は友人ではない。だからこそ、異なる生物が仲良くするビデオがもてはやされる。普通ならありえないことだから。ある養蜂場が数年前に一般の子供から募集したカレンダーも同じ。ある小学生が書いた「ミツバチがクモの巣に捕らわれている絵とセリフ」が選ばれていた。そのセリフとは・・・「ミツバチさんを食べちゃだめ!」でも・・・クモに捉えた獲物を食べるなというのなら、クモは何を食べたらよいのだ?この子が、世界中の数え切れないクモに生き餌の代わりとして人工的な栄養物を与えることができるのか。できるわけがない。この子は何も考えず、「みんな仲良くしましょう」「みんな平等です」という人間界の倫理観を、弱肉強食の別世界で必死に生きているクモにまで当てはめたのだった。もし本当にクモが巣にかかった生き餌を食べなければ、クモは餓死してしまうのに。人から教えられたまま、それを盲目的に全てに当てはめる子。自分で深く考えることをせず、周りがほめてくれそうな「良いこと」を言って、得意満面でいい子ぶりっ子する子。いくら養蜂場とは言え、何も考えず、ある意味では「クモに餓死を勧めている」(笑)絵を選んだ大人も馬鹿である。昔「ウォーターシップダウンのうさぎ達」のDVDを見た直後にこのカレンダーを目にした私は、正直かなりうんざりした。現実認識のあまりの落差に、こんな子供やこんな大人が登場する日本は現実から目をそらして、いい子ぶりっ子してるだけじゃないだろうかという気がしてきた。いい子ぶりっ子していれば、自分が悪いという発想がないので、気持ちは楽だが、個人的には、自然の厳しさや人間のエゴを見せつけてくる西洋の話の方が、自然や人間の本質や自分自身を自覚できるので、まだ好感がもてる・・・*クックパッドに英国人ジョナサンさんが教えてくださったシェパード・パイのレシピを掲載しました。ピーターラビットのお父さんウサギが捕まってこのパイにされたとか・・・でも、美味しいパイでした。興味ある方は、日本で入手しやすい牛肉でお試しあれ。まぁ、牛肉でもウサギ肉でも、生き物を殺して食べることに変わりはないんだけど・・・シェパード・パイ
2015.01.09
イスラム・・・・主張と主張がぶつかった場合、どちらも自らが正しいと信じて戦った場合、勝つのはどちらがより正しい方ではない。勝つのは強い方だ。私は昔、発展途上国からの研修生を通訳・コーディネーターとしてお世話したことがある。研修員のために一生懸命頑張っていたら、研修員のサウジアラビア男性(イスラム教徒)から15番目の僕の妹(裕福な家出身の彼には母が4人、兄弟姉妹が14人いた)と言われて、可愛がってもらった。「アモーラ」(清楚/純潔/純粋という美)というアラビア名ももらったが、最近のイスラムにはついていけない。昨年穏健派のふりをして日本に入国したイスラム教徒が、仏像を何体か破壊する事件が起きた。イスラムでは偶像崇拝は罪だからだ。自分の宗教だけに偶像禁止を適用すればいいものをイスラム教徒は他宗教にもこれを押し付ける。あらゆる偶像を破壊することが正しいと心底信じているからだ。イスラム教徒はバーミヤンの仏像を破壊しておきながら、西洋諸国には他宗教を尊重して、イスラムのラマダン(断食の風習)も尊重してラマダン期間中はイスラムを攻撃するなと主張する。西洋のように多宗教が共存できる宗教に関係ない政治体制を良しとせず、イスラム教徒だけが良しとされるイスラム法を国法とする国を理想とする。ここまで他宗教や多彩な価値観を認めず、堂々と自宗教だけに有利に持っていこうとする宗教は他にない。イスラム教徒が米国を目の敵にするのは、米国がイスラエルを支えているからだけではないだろう。おそらく米国が多様な価値観を認めることを理想としているから、そしてその米国が自国よりも強く、自分達の理想であるイスラム教が支配する国を実現するのに邪魔だからだ。イスラム穏健派も、内心はイスラム過激派と同じだろう。例の世界貿易センターのテロ攻撃9.11の際、エジプトの穏健派イスラム教徒の一般市民が手を叩いて大喜びしている姿を見たが、あれが彼らの本心だと思う。穏健派は口では、テロはいけない、暴力はいけないと言いつつ、イスラムの理想実現にとって邪魔な強い米国をやっつけたイスラム過激派を心のどこかで応援しているのだ。米国無しでは日本はあっという間にイスラムに征服されそうだ。 1人の普通のイスラム教徒の仏像破壊さえ防げない。おそらく日本国内のキリスト教のイエス像やマリア像も標的になるだろう。日本国内のイスラム教徒の数が増えれば、憲法を改正(改悪?)されて、イスラム法が国法とされるだろう。フランスではそれを狙っていたかもしれないが、フランスではそうなる以前にイスラム過激派の事件が起きて、イスラムに対する国民感情が悪化し、今のところフランスのイスラム化は不可能になっている。仏教徒は異文化で比較的歓迎されるが、イスラム教徒は歓迎されない。これは、仏教徒は現地の文化や風習を尊重して現地に溶け込もうとするが、イスラム教徒は他文化や他宗教を尊重せず、自らのやり方をやり通し、逆に周りをイスラム化しようとするからだそうだ。ところで、哺乳類のオスの本能にはテリトリー争いがあり、自分より強いものを叩きたい、自分の方が強くなりたいという本能がある。これを日本より強い米国に対して発揮して米国を叩こうとしているとしか思えない日本人男性が時々いるが、現実を認識して、とりあえずこの本能や男の誇りは横に置いて、米国と一致協力はできないのだろうか。日本より米国の軍事力が強いのは周知の事実、日本は米国無しでは、日本と価値観が異なるイスラムに対抗できないのも、おそらく事実である。全世界をイスラム化するという理想に燃えるイスラムは、「日本には強大な軍事力がありません、日本は平和主義です、だから日本はこのまま見逃してください、日本をイスラム化しないでください・・・」と言って通用する相手ではないと思うが。イスラムの件では、これを利用して日本国内の政治争いによる叩き合いや潰し合い、責任転嫁もあるだろうが、イスラムに対しては、日本全体が一丸となって協力体制を敷くべきではないだろうか。日本人の中でも、既にイスラム教徒になっている日本人は、全国民にイスラム教徒になってほしくて、協力体制に反対するかもしれないが・・・
2015.01.08

(写真:1歳4ヶ月の頃の疾風)私がソファにいると、栗と疾風が横にいる。私がキッチンに移動して、ふと後ろを振り向くと、あれ? 栗と疾風が私の真後ろで寝ている。ふ~む。そこで、私がキッチンからソファに移動する時に後ろをチラリと見てみた。すると、栗坊と疾風がいそいそと私の後ろについて、一緒に移動しているのであった。「飼い主冥利」に尽きるね。
2015.01.07

私は毎日違うヨガのDVDを見ながら、ヨガをしている。今日は横になるポーズが多いヨガ。仰向けに寝っ転がってポーズをとっていると、んんん。何か髪の毛に触るものが・・・?視線を向けると、そこには同じく仰向けに寝っ転がった疾風の姿。疾風も仰向けになって、空中に前足と後ろ足を突き出し、ヨガをしているのだった。突き出した後ろ足をモコモコ上下に動かしていて、その可愛い「あんよ」が私の髪の毛に触れたのだった。次は、座って膝を抱えて丸くなり、足の両膝の間に頭を入れるポーズ。あれ? 左膝の間から、疾風の胴体が見える。私の真横に移動してきたのね。・・・と思っていると、膝の間から疾風の可愛い顔がにゅっと・・・・疾風は首を低く折り曲げて、私の膝の間に顔を突き出し、私の顔を覗き込んでいるのだった・・・まるで、「あ・・・お母さんの顔、ここにあった!良かった!」と言っているかのようだった。疾風、大丈夫、ヨガで顔は消えないってば。笑
2015.01.06

僕、猫の疾風(「はやて」って言う名前だけど、女の子だよ)。さっき飼い主がビデオ見ながら、床でモコモコ運動してた。ヨガっていうんだって。ふぅ~ん。 面白そう。「んじゃ、僕も!僕も一緒にヨガやる!」って、飼い主の真横で、僕もヨガをやってみた。まず、ぐぅ~んと背伸び。あ・・・これ、気持ちいいね!次は仰向けに寝て、前足を空中に突き出してくねくね。後ろ足も空中に向かって伸び~!お尻尾もパタパタ。お腹も伸ばしたり丸めたり、くねくね、くねくね。床をゴロゴロ、ゴロゴロ、綺麗に回転~!飼い主に言わせると、人間のヨガとかなり違うみたいだけど、僕、気にしない。これでも飼い主と一緒にヨガやってるつもり。それで十分。楽しいもん!ねぇ、飼い主と一緒にヨガするのって、とっても気持ちいいね!
2015.01.05

以下は2013年春の日記です。---------------------------------(写真は2015年2月4日に撮影した疾風(はやて))「ねっ、かまってくれる?」と、疾風がすりすり寄ってくる。疾風を抱っこしていて、ふと思った。この子と一緒にいられるのはあと何年かな。この子はもうすぐ2歳。でも、20年なんてすぐだろうなぁ・・シッポは、ロビンがいたころ2年半以上ロビンにいじめられて、胃炎を起こし、毎日吐いていた。ロビンがいなくなって、ほとんど吐かなくなったが、特に老化が激しい。腎臓が悪いわけでもないのに、毛並がパサパサ。ウチでは15歳を超えても、こんなに老化する猫は珍しい。おそらくウチに来たとき、既に4歳ではなく、もっと年をとっていたのだろう。シッポがウチに来てから、もう5年半以上経つ。もしかしたら、シッポはもう10代前半なのかな・・・栗を撫でていて、時々思う。栗と一緒にいられるのは、あと何年かな。栗はおそらくもう8歳。あと10年くらいしかないのかな。私よりも遥かに寿命の短い猫の子達。この一瞬を大切にしようと思った。ウチは長生きの家系だが、それでも、私もいつかあの世に旅立つときが来るだろう。そのとき、この子達との思い出を全部もっていこう。そう思ってる。
2015.01.04

2014年4月17日朝7時、さっきシッポが逝った。20日間の寝たきり闘病生活の後。享年10歳(推定)。この子は本当によく頑張った。私はこの20日間、枕元で眠るシッポの看病のために、ベッドに横になって翻訳をしていた。昔自分が病気だった頃に翻訳していたように。ウチの猫は具合が悪くなると、人間の枕元に寝かせて、目を離さないようにしている。猫エイズが発症したシッポはもう体が麻痺して動けず、お手洗いに行くことも自分で食べることもできなくなっていた。猫エイズが脳細胞の奥深く入り込み作動し、神経を麻痺させたのだ。サーシャとセイラの時はまず運動神経が麻痺し、次に視覚中枢が麻痺し、最後には呼吸中枢が麻痺して逝った。猫エイズにかかっている以外はどこも悪くなかったのに。シッポは幸いにも、口の運動神経と体内から体外へと排泄する神経はまだ機能していた。運動神経や自立神経が完全に麻痺したわけではない。そこで私は柔らかい缶詰や液体状のフェロビタを口に流し込み、垂れ流した汚物をすぐ取り除いて濡れた部分を拭き、シッポの身体全体が濡れないようにしていた。昨日午後3時頃、「私治りたい!治りたい!」とシッポが叫んでいるような気がした。不思議に思って、枕元の傍のシッポをよく見ると、意識がなかった。「なぜ!?」と思って、シッポを包んでいた猫用カシミアを取ってみると、便をしていた。便をして腹圧が狂ったのだ。数日前も便をしたとき、この子は意識を失いかけたが、何とかすぐ意識が戻っていた。今回は戻らなかった。そういえば、数年前20歳で逝った母の猫「シャトン」も、便をして腹圧が狂って意識不明に陥り、そのまま逝ったっけ・・・たったそれだけのことで逝ってしまうほど、あの子達の体は弱っていた。シッポは歩けず、お手洗いに行けなかったので、カシミアの中におむつ代わりにペットシーツを敷いて、ペットシーツごとカシミアで包んでいた。でないと、尿をしたときに、毛がびしょびしょになるのだ。20日間の闘病中、お腹が空いたり、喉が渇いたりすると、口をもぐもぐさせて、私に教えたシッポちゃん。北の国「福島」から来た寒がりのシッポちゃん。人間を嫌がらない野良猫で、サジさんに拾われ、ウチに里親制度で来たシッポちゃん。猫なのに猫嫌いで、他の猫と喧嘩ばかりしていたシッポちゃん。ロビンにいじめられて胃炎になったシッポちゃん。人間に触られるのも嫌いで、抱っこも嫌い。抱っこされるとグルグル文句ばっかり言ってたシッポちゃん。シッポにとっては、たった1つの自分の猫人生。もっと幸せにしてやりたかった。でも、最後の20日間だけは、カシミアに包まれて、とても暖かかったね。今もまだシッポの体は暖かい。*福島原発から20kmの所に住んでいたサジさんは、原発で極度のうつ状態に陥ったとのことで、シッポの死を未だに伝えていません。おそらくこの日記も読んでいらっしゃらないと思うので、掲載しました。執筆は2014年4月17日。
2015.01.03
(2014年の6月頃の日記です。)さっきアマゾン米国からCDとDVDが届いた。6月末の同時通訳の先生のお別れパーティ用のプレゼントとして、天使の声「アンドリュー・ジョンストン」のCDアルバム(One Voice)を買ったのだ。個人的にも最近は透き通った美しい声の歌ばかり聴いている。アンドリュー・ジョンストンとか、ヘイリー・ウェスティンラとか、ケルティック・ウーマンとか、エア・サプライとか。透明で心がなごむ天使の声。「この世の中、汚いことなんかありません」という感じの声。全てが浄化されそうな清純な声。ついでに米国アマゾンで、日本で発売していないCDやDVDも買った。ミュージカル・キャッツのDVD(CDは簡単に入手できるけど、DVDはなかなか入手できなかった)。エレイン・ペイジがグリザベラ役を演じているロンドン版。「オペラ座の怪人」の後続ミュージカル「ラブ・ネバー・ダイズ」のCD(シエラ・ボーゲスとラミンが歌っているもの)。日本で発売されている「ラブ・ネバー・ダイズ」のDVDは、主役がシエラとラミンじゃないみたいなのよね・・・シエラ初の個人ライブのCDアルバムも購入(ミュージカルの一部で歌っているのではなく、全編シエラの歌声)。シエラは発音と会話の流暢さから察して明らかに英語のネイティブだが、ネパール語で何回も「こんにちは」(ナマステ)と言っていたので、ネパール系米国人なのかも。歌は・・・うーん。かなりうまいけど、ライブより馴染みがある歌が多いミュージカルの方がいいな。しかも、ライブのトークに慣れていないみたいだった。ちなみに、ラミンはイラン系。クィーンのフレディ・マーキュリーもこの辺りの出身。この辺りの人は声量が生まれつき違うのかな。歌に天性の才能がある気がする。ところで、オペラ座の怪人というと、25周年記念でシエラがクリスティンを演じた後のアトラクションで、初演時にクリスティンを演じたサラ・ブライトマンが歌った時はショックだった。サラ・ブライトマンは全盛期の時代のCDを数枚持っていて、セリーヌ・ディオンやマライヤ・キャリーなんかと一緒に、仕事中のBGMとしてよく聴いているんだけど・・・(この3人の歌姫、何となく歌声や歌唱法が似てますよね。)25周年記念のサラは、高音のファルセット(裏声)のキーが外れるのだ。張り裂けんばかりに叫ぶ歌なので、「音が外れたかなきり声」という感じ。その直前のシエラの歌がかなり良かっただけに、サラの歌は聴いていてかなり辛かった。正直な話、聴くに堪えなかった・・・サラはもう50代後半。高音部の声をコントロールできなくなっている・・・そういえば、同じく美しい歌声のミシェル・ポルナレフも70代前後で、高音部に限らず、全般的に音程が安定しない。これも聴いていてかなり辛かった。何か悲しいな・・・と思いながら、今が全盛期のシエラとラミンの歌声を聴く。
2015.01.02

あけましておめでとうございます。筆不精でほとんど更新していないにも関わらず、アクセスがある模様。ありがとうございます。フェイスブック(FB)に掲載したものの中からいくつか選んで、今から次々にアップロードします。(猫関連の日記はFBでも見られますので、リアルタイムで猫日記をお読みになりたい方は、FBにお越し下さい。公開設定にしていますので、FBフレンドでなくても、どなたでもお読みになれます。)まずは2013年12月4日に行ったボンジョビのコンサート。2014年以前の日記は古すぎて、既に楽天ブログに掲載できなくなっているので、2015年元旦付でアップロードします。以下コピー貼り付けです。----------------------------------------いつもはDVDでいろいろなミュージシャンのコンサート録画を楽しんでいるが、そのミュージシャンが引退または死去(失礼!)する前に、一生に一度自分の目で見ておきたいコンサートがあった。それはスティングとエリック・クラプトンとボンジョビ。昨晩ボンジョビの東京公演が東京ドームであった。2階の結構良い席のチケットが間際まで売れ残っていたので買って行くことにした。(←つまり、ファンクラブに入ったり、アリーナの最前席を取るほどの熱狂的なファンではない。)風邪気味だったが、頑張って行った。オープニングは、光とサウンドの壮大で美しい乱舞。オープニングでボンジョビ曰く「今日はあまりしゃべらないことにするよ。 東京ドームのサウンド(音響)は、ここ20年間全然よくなってないからね。」そう言って笑っていた。(確か英語は・・・ "I won't do a lot of talking tonight, because the sound hasn't got any better here in the Tokyo Dome in the last 20 years." ・・・だった。)コンサートでも、彼の歌唱力はCDと同じ。実際には歌が下手でも、CD用に何回も撮り直して、CDだけはよく聞こえるシンガーも多いけど、この人のCDの歌は実力相応だったのね。こちらは風邪をひいていたので座っていたかったが、オープニングからほとんどの観客が総立ち。歌に合わせて、一斉に右手をリズミカルに振り上げている。最初からノッてるのだ。前の人も立ってる(つまり、自分も立たないと、ステージが見えない・・・)あ~。なので、風邪を無視して立つことに。中盤、前の人が座ったので、自分も座ると、なぜか2階席の詳細など見えないはずのボンジョビに「ほら、そこ立って、立って!」(Get them up! Get them up!)と言われ、また立つことに・・・よく見ると、ところどころ座っている人がいた。疲れたのね。何せボンジョビ(1962年3月生まれ)が「夜明けのランナウェイ(Runaway)」でデビューしてから、約30年が経っている。当初からのファンは、もう40代から50代なのだ。最近までヒット曲を出していたので、若いファンも来ていたが、年配の観客も結構いた。しかし、現在51歳にしては、身軽な彼。見た目も若い。未だに細身。真っ白な歯もキラキラ。笑。若い頃にありがちな「ブームに乗った変な装飾や虚飾」は捨てたけど、やはりスターは若くてハンサム/美人な方が人気が高いから、容姿には気を使ってるんだろうなぁ・・・とファンらしくないことを思いながら、熱狂的なファンと一緒に、彼らの歌を熱唱。(ノリがいいボンジョビの歌を仕事しながら時々聞いていたので、歌詞とメロディが意識下に叩き込まれていたらしく、熱狂的なファンと一緒に、ボンジョビの歌が歌えたのでした。歌えるとは思っていませんでしたが・・・)まっ、12000円の価値はあったわねと思いつつ、アンコールへ。アンコールでボンジョビは、また叫んでました。「携帯電話やデジタルカメラ持ってるんなら、取り出して撮れよ!思い出作れよ!」 ”Anyone who has a cell phone or a digital camera, take it out and turn it on! And make a memory!” ここ、「make your memory」だったかな?ちなみに、「turn it on」は、「電源を入れる」とか「作動させる」という意味です。この「turn ~ on」という慣用句は、文脈によっては「~をその気にさせる」という意味もあります。基本的にこの表現は、何かを「ON」状態にすることを指しているから。笑)サービス精神旺盛ね。お言葉に甘えて、しっかり撮りました。笑。画像は悪かったですが・・・交通手段は、地下鉄「後楽園駅」を使うと比較的込んでいないので、往復とも後楽園駅を使用して、さっさと帰宅。楽しい夕べでした。今度はエリック・クラプトンが2月に来日しますが、これも行くかも・・・でも、今度は間際までチケット残ってないだろうなぁ・・・(結局、行きませんでした。)ロンドンやブロードウェイのレ・ミゼラブルやオペラ座の怪人などの本場のミュージカルも直接観てみたい(いつもDVDで視聴)。日本版の出演者の方々はオペラ歌手並みの声量がなく、何とも物足りない。なので、爆発的声量で歌うロンドンやブロードウェイ版を直接観てみたいけど、来日公演ないだろうなぁ・・・こちらから海外に観に行くしかない。残念。以下はコンサートの写真
2015.01.01
全9件 (9件中 1-9件目)
1