小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

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第九章  「希望」




この半年の間に優二はどんな暮らしをしていたの?

私は恐々優二はに尋ねた。

「結婚するって言った?」


「うん。

彼女はね、ビアノ教師をしていてイベントで知りあってさ、

初めはただの友達だったんだ。 

だけど何となく将来の話をしたり、

音楽のこととかさ、これから何をしたいかなんて聞いているうちに、

何だか気持ちが楽になっていったんだよ。

側にいると落ち着けるんだ。

だからどちらからともなく結婚しようって

そう決めたんだ。


僕は彼女に愛されているって事がしっかり分かったから。

僕もそれに応えようと思ったんだ。


マリエの事も話したよ。

僕の”希望“だったって。

大好きな人だったって。


だけど、マリエは僕じゃだめだったよね。

それは僕にとって残念な事だったけど

マリエだけには報告しておかないといけないと思ったんだ。」


私は黙って聞いていた。

フッたと思っていたはずが、フラれていたんじゃん 私。


返事の代わりに、熱いものが頬を伝う。

優二、何だか分からないけどとってもツライよ。

寂しいよ。


だから

”おめでとう“ なんて言わない。


そんなこと優二に言えるはずがない。


黙ったままの私に優二は続けて言った。


「それからね、冬弓さんの担当も終わるんだ。

今度は新人のバンド。

マリエ、知ってた?

冬弓さんね 結婚したんだよ。

イタリア人のモデルさんでさ、凄く綺麗な人だよ。

冬弓さんらしいよね。」




みんな私を置いて、知らない所へ行ってしまう。

地を這うような重い息づかいだけが電話口で続き

それは永遠に続くように感じられた。




優二、待ちこがれた電話なのに、本当にこれが最後なんだね。


優二はあっさり


「マリエ マリエ? 聞いてる?

マリエ元気でいなくちゃ駄目だよ。

いつかまた会える日が来るかな。

ねぇマリエ、聞こえてる?」


涙に気づかれないように私は言った。



「・・・聞いてる・・・」




優二と会わなくなって半年ほどの間に、

私は何度か優二に電話をかけた事がある。


恐る恐るボタンを押し、心のどこか隅の方で

“出ないで”

と、恐怖に似た気持ちと闘いながら。



優二もこんな気持ちで電話をしていたのかと、

遅すぎた切ない想いを自分自身に突き付けていた。


優二は私からだと知っていて、わざと出なかったんでしょう?

一度も優二の声を聞く事はなかった。



冬弓との仕事も順調そうで私は一度だけライブに出かけたけど、

私はいちばん後ろの席から、隠れて拍手を送るだけだった。


傍らに優二の姿を見つけ、慌てて身をかがめ気配を消した。


声をかけないことが最低の礼儀だということくらい、

こんな私にもわかっていたから。



二人の前で平静を装えるほど、その時の私は

輝きも自信もそして愛される資格さえもないように思えた。



指がしびれてしまうほど力を入れて握った受話器を持ち替えて、

その手で頬に流れた涙を拭った。


そして優二の“希望”だったマリエに戻って、

一番生意気なサヨナラをしようと決めた。

意地っ張りな私の最後の姿を。


私は絞りだすように私は優二に言った。





「バイバイ優二」









そして それは


永遠の別れだった。




つづく・・・








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