小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

第一章 「キャリア」 四節




ただもちろん “恋”などというものとは違い、おそらく韓流スターにうっとりする奥様たちはこんな気持ちなのかと想像させる、そんなものである。


私だってそこまで図々しくはない。


身の程ってものの尺度は、ここまで独り身で生きて来た大人の女にはすぐに判断してしまう力がすでに身についている。


それにしても良くできている。

勇気を出して

「綺麗な顔してるね」と言ってみた。


「キライなんですよ、この顔。
コンプレックスです。」


なるほど、本人にしてみればいつも顔の話題ばかりでうんざりなのかもしれない。


「一行、あんたの顔、貸してあげれば。」


「いやっすよ。
この顔でモテモテっすよ。

今よりもててどうするんすか。
涼と何処か違ってるっすか?」


「全部よ、全部。
一から百まで。」


「俺は涼とは違う味わいで勝負してますから。

分からないかなぁ。
ほら。」


と、おどけたポーズで彼はみんなを笑わせている。


一行と涼が親友だというのが解る気がする。

だんだんに私の緊張も和らぎ、“涼くんは”なんて言えるようになり、いつの間にか私の方が質問される立場になっていた。



「なんで結婚しないんですか。」

「ストレートにまぁ、そんなこと聞くの一行ぐらいよ。」


なんだか気持ち良かった。

気を使われて、会社では触れてはいけない禁句のようになっていたその壁を、新人があっさり蹴破ってくれた。


「なんでかなぁ。
魅力が無かったからかなぁ。」


「そんな事ないですよ。魅力ありますよ。」


まさか彼からそんな言葉を聞くとは思ってもいなかった。


「涼がそんな事いうの珍しいな。」


ドキドキしていた。


幸い、お店の暗さが赤面しているのを隠してくれていたからいいものの、どんな対応をしたら良いものか、どこの引き出しを探しても当てはまるものは見付からない。


「仕事も楽しかったしね。」


それを聞いていた正幸さんが、独身でいることの焦りはみんな同じだと『チーム崖っぷち』を作ろうと言い出し、そんなのはこの歳の二人だけだと言いながらお腹を抱えて大笑いした。


こんなに笑ったのは何年ぶりだろう。

それを見ていた涼が


「麗子さんは休みの日は何しているんですか?」と私を覗き込んだ。


まさか、お昼過ぎまで寝ていてジャンクフードを食べてるとは言えない。

と、今までの私ならカッコ付けていただろうが、思い切って正直に話してみた。


そしたら若い女の子達も「私も~」と声を揃え、男性陣は

「だからこんな事になっているんだ。」と私達を指差しまた笑った。



「遊びに行きましょうよ。なぁ一行」

一行も私もみんな笑ってうなずいている。



今日は気分の良い一日だ。

人間、素直ってのが大切だって事を、可愛いい後輩たちに教えてられた。


仕事は大切だけど、それと同じくらい人との関わりも不可欠なものである。


「涼くん達はどんなとこで遊ぶの?」


すると、それを聞いていた一行が


「こいつはインドアだから、囲碁とか凄いっすよ。

大会とか出てるし。」


ちょっと自慢げに、そう教えてくれた。


「えっ! 私も囲碁出来るよ。」


昔少し付き合った人に無理やり叩き込まれて、気が付いたら私の方が強くなっていたから。


「じゃぁ今度、対局ですね。」

と言った涼はますますキラキラ輝いていた。



運命だ。

なんてもう思わないけど、なんだかイイんじゃないの。


でもきっと・・・

でもたぶん・・・



いえ、決して、


“恋”なんかはしないけど・・・





つづく・・・




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