小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

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第十一章 「楽園」 五節




園の歌を聞きに行く前、あのショットバーで半年ぶりに見る一行の姿を、

私は初めて彼を迎えた新人研修の、あの朝の気持ちに似ていると思った。


運命は切り開いて行くものと信じていたその日、

一行に出会い、それは始めから決まっていたのかもしれないと震え、

私の憧れが一行になった。


懐かしい市川麗子の心のようだった。


でも明るく振る舞っていても、鈴木麗子になった私はあの時の私とは違う。


私たちはカウンターの席に座り、園の声に促されるように話し始めた。



「一行、ありがと。

電話くれてとっても嬉しかったわ。

ごめんね、ひとりにさせて。」


一行は首を横に振りながら


「我慢しようと思ったんだ。

だけど、空港で麗ちゃんとちゃんと話して、ちゃんと見送って、

ちゃんと決心して、そう思っていたのに何にも出来なくて、

半年の間に色々あり過ぎて・・・

どうしていいか解らなくなったんだよ。」



「うん。解ってるよ。

ちゃんと解ってる。

涼君のことだって、私は行きっぱなしだったしね。

呆れてるでしょう?

一行私ね、本当は会社をやるってとっても怖い事だと思ってるの。

失敗するかもしれないし。


知らない事を認めるためには孤独になったりするでしょ。

責任はみんな私にあることだし。

遠くにいても一行は私の事を守ってくれるけど、

私が一行を守ってあげられない孤独がとっても怖い。

行動するために勉強することは大事だけど、

私ねアメリカに行ってわかった事があるの。

大事な事よ。

まだ半年だけど、気づく事の大切さに、やっと気づいたのよ。」


「なに?

どういうこと?」



「”気づく“って事。

生きて行く事に理由付けなんかいらないのかもしれないけど、

誰かに評価されるのはずっと先なんだって気づいたの。」



岩沢が私の前で見せた後悔は、

自分だけの世界を愛しすぎてしまった自我が、

ひとりになった今を作ってしまったんだと私には思えた。


無駄な人生などないけれど、無駄足を踏んでも評価されないままでも、

いつか必ず努力は役に立つ日が来ると気づいたのだ。

来るはずだと信じる事に気づいたのだ。


岩沢に出会った必然がそこにあるような気がしたのだ。



「涼君は涼君よ。

私はこの歳でやっと気づいたのよ。

大阪へ行く時のみんなの前で聞いた一行の挨拶は、私の強い支えなのよ。

何かが起きて、解決方法がひとつだけなんてそんな事はないと思ってるの。

私達は二人とも少し慌てすぎたかな。」


一行が年下だからと、諭し、戒め、言い聞かせようとなんかしていない。


正直に今の私の想いをぶつけたのだ。



「麗ちゃん、結婚したことも慌て過ぎ?」


一行の横顔に返事をした。


「それは遅いくらいよ。」

一行は下を向いてちょっとだけ笑った。



園の歌が終わり、少し経って私達の前に現れたその人は


「こんばんは。

はじめまして、北原園です。

ごゆっくり。」


と、後ろから静かに話しかけてきた。


「麗子」


一行が私の名前を彼女に告げ、

私は少し下がって


「突然お邪魔してごめんなさい。

麗子です。

とても素敵な曲でした。」


そう言って微笑んだ。



彼女もまた悩み立ち止まり、振り返り、

つかみとろうとしている ”夢“ を必死で追い掛けている。



一行、膝を抱えて眠らなくていいよ。


私の胸に顔を埋めて、泣いたっていいんだよ。


誰もそれをとがめたりはしないから。




つづく・・・






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