小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

第十四章 「岐路」 三節




人は変わるんだと言う声がする。


そして心も変わって行くものだと。


だけどその心だけに頼る事なく、目の前の日々の積み重ねこそが当たり前の人生だと、

この手紙は言っているように思えた。


満足できる日常に憧れ、希望や欲望や野心を切り開き、

私が手に入れようとしている未来は、人を思ってこその自分の道だと。

挫折など恐れてはいけない一行へと向かう私の道なのだ。


岩沢の人生と私の今は違う。


ただ、麗子という文字に私のこれからを映した時、

あなたにはこんな風に愛して行ける年月が待っているわよと、

もうひとりの麗子に背中をさすってもらった気がして、

『さようなら』と書かなくてはならなかった傷みを、

出来る事なら今からでも癒してあげたいと、

止まらない涙を拭いながらそう思った。



「この手紙をいつも持ち歩いているんですよ。

何だか愛しくて、ポケットに入れています。

妻が亡くなってから一年かかって、ようやくこの手紙を受け取るなんて、

やはり僕は愚かな夫でした。

この手紙を読んだ時、懐かしい妻に会えたようで嬉しかったけど、

でも本当はとても悔しかった。


しっかり見つめなければならないすぐそばにあるものは、

いつでも、いつまでもそばにいるものだと信じていたんですよ。

分かってる事でも、人は都合の良い事だけ繋げて生きて行こうとする。

鈴木さんと偶然隣合わせた時、空港にいたのはご主人じゃない方だと聞いて、

妻が最後に呼んだ僕じゃない男性を思い出して切なくなりました。

責めているわけじゃありません。

あなたが僕の妻だったら、どういう気持ちがしただろうなんて、

年甲斐もなく考えたりしたんですよ。」


私と岩沢をつなげているものは何なんだろう。


「岩沢さん。

ただの偶然かもしれませんが、奥様が亡くなられた時と、

私と夫が出会った時期は一緒なんです。

こんな偶然ってあるんでしょうか。」



岩沢の一年と私の一年を比較するものなど何もないけれど、

ひとりここに来る決意をした私の一年を、

私は顔を上げて岩沢に話し始めた。


長いこと務めた会社の名前を告げた時に


「あぁ、その会社なら知っていますよ。

そうですか。

あの会社におられたのですか。」


と、懐かしそうに目を細めた。


私の話を黙って聞いていた岩沢は名刺のようなものを取り出し、


「僕は今ここに居るんですよ。」


と、私の前に差し出した。


そして私と一行と涼のこれまでを


「大丈夫ですよ。

あなたのご主人もその彼も、頑張っているあなたが眩しかったんですよ。

あなたは間違えた事など、何もしていないと僕は思いますよ。」



岩沢がいるというその場所は、探し求めた 妻へ宛てた答えなんだろうと、

たおやかな微笑みは教えてくれているようだった。





つづく・・・






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