小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

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第十七章 「真実」 二節




式の後、たまたま通りがかったなんて泣かせる事を言う両親や友人達と、

私達の結婚式、正幸さん夫婦の結婚祝い、初めてのアメリカ訪問となった両親達への労い、

将来私と共に汗を流す事になるだろう後輩達との約束、

そしてもうひとり、未だ見ぬ命の歓迎のために、

小さなパーティを開く事になった。



パーティと言っても、岩沢と行ったあの日本食レストランで、

賑やかにメンバーそれぞれの披露宴を開こうと、

嬉しい事がこんなにあるんだからと、一行がみんなを誘ったのだ。


岩沢神父に「是非、ご一緒に」と、声をかけてみたけれど


「私は小池君と約束がありますから。」

と、挙式を無事終えた安堵を含んだ微笑みで、

ここでお見送りしますよと優しくそう言った。

そして姿勢を正し私を真っ直ぐ見つめた。



「私が初めて送り出すご夫婦です。

幸せになって頂かないとちょっと責任を感じます。

あと何人の方のお手伝いが出来るのか分かりませんが、

今日の式は私にとって決断の時でもありました。

麗子さん、私にこの日を授けてくれてありがとう。

私がこれからの限りある人生を歩んで行く勇気と見極めを、

あなたは私に与えてくれました。

私にも明日を追い掛ける力がわずかばかり残っていた事に気付きました。

神父になる事も、麗子さんの挙式に立ち会う事も、

不思議な巡り会わせが働いた私の宿命とでも云うべきものなんでしょうか。」



誰にでもそんな風に、真っ直ぐ素直に

”ありがとう“と、自分をさらけ出す決心が、

いつか私にも出来るようになるものなんだろうか。



「お聞きしても良いでしょうか。

麗子さん、私の妻は私と暮らして幸せだったのでしょうか。

妻に会った事もないあなたにお聞きするのはおかしな話なんですが。」



あの手紙でしか知らない同じ名の女性が、

心の底で言葉に出来ない見えない闇と闘っていたとしても私は思う。


「えぇ、とても幸せだったと思います。

幸せだったと云う声が私には聞こえます。

幸せだったに決まっています。」


会った事もない私だから聞いてみたかったのだと、

”幸せだった“

と、誰かの声で聞いてみたかったのだと、

岩沢の叫びが聞こえるようだった。



岩沢は私と共に、みんなが待つ外へ続く教会の階段に立ち

「さぁ皆さん、写真を撮りましょう」

そう言って、両親を気づかい、友に語りかけ、

たくさんの記憶を形として残す事に特別なこだわりでもあるような、

まるでそれが何かの償いでもあるような、

その動きはそんな熱い真剣さを感じるものだった。


「神父様、三人で並びましょう。」


一行はきっと何かを察し、岩沢のその複雑な思いを、

その償いを止めてあげたいと思ったのかもしれない。


「そうですか。

ありがとうございます。」


並んで立つ私達の肩を抱き、一段高い階段から


「ありがとう」と、何度も言った。


そしてこの日のこの写真は、私の大切なお守りになった。



かつて同じ会社に属していた同志は、遠くアメリカで巡り会った。

これからの人生に夢を見る夫婦と、妻の面影を追う男。


岩沢はその階段でいつまでも手を振り、頭を下げ、

その姿は、私たちから見えなくなるまで消える事はなかった。



それから私達はその教会を離れ、あの店へ移り、

懐かしい顔の並ぶ大きなテーブルを囲み乾杯をした。

ここがアメリカだと云う事を忘れてしまいそうな、

四十回目の誕生日である。


「麗ちゃん、挨拶した方がいいんじゃないの。」

「そうだね。」


そうなんだ。

こういう事が私を本当の大人にし、妻にし、明日に向かわせてくれるんだ。


一行は立ち上がり言った。


「今日はこんなに遠くまで来て頂き有難うございました。

私達のわがままで離ればなれになったままですが、

今日の感激だけであと二、三年は頑張っていけると思っています。

僕の妻はキャリアウーマンだと日本に帰ったら自慢します。」


そして私も続けて挨拶をした。


「本当に嬉しくて、お礼の仕方がわかりません。

通りがかりのお父さんお母さん、ありがとう。

本当にありがとう・・・」


四十分のいくつかを長いと感じるのかそうでないのか、

私が成し遂げようとしているものの価値はこれから決まる。



みんなを見送り一行とふたり、私のアパートへと歩く。


「一行、はじめて二人で歩いた日の事覚えてる?」


「覚えてるよ。

麗ちゃん泣いたでしょ。

忘れられないよ。」


「ねぇ一行、あの時カッコイイって言ってくれたよね。」


「うん。」


「あの時みたいにカッコイイって、ずっと言ってもらえるように

居られるかな。」


「大丈夫だよ。

慌てる事なんかないんだって、岩沢さんや専務に教えられた気がするよ。

麗ちゃん、これ。」



一行は上着のポケットから細長い箱を取り出し私に差し出した。


「えっ、何?

指輪じゃないよね。」


「これは誕生日プレゼント。

結婚式とは別。

あの時本当は悔しかったから。

はい。

お誕生日おめでとう。」


そう言って笑った一行がくれたものは、

薄いボルドー色の文字盤の腕時計だった。


「あの時計、涼からもらった時計、ほんとは悔しかったから。」



ごめんね一行。


今日からは、これが私たちの時を刻んで行くんだ。










「小池、ありがとう。

麗子を参ってくれて、あいつも喜んでいると思うよ。

なぁ小池、麗子は幸せだったのかなぁ。」


岩沢は若かった恋の結末を小池に聞いた。



「あぁ、幸せだったさ。

おまえがいちばん知ってる事じゃないか。

決まってるじゃないか。」





岩沢とは何度か電話で連絡を取り、近況を伝えあったけれど


私はそれきり教会に出向く事なく、


新しい命をアメリカでこの胸に抱いた。








つづく・・・





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