小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

第十八章 「魂」 三節




自分の心に負けないように、誰もが必死で歩き続けて、

都合の良いことも不都合な事も、

長い人生の中の一瞬の出来事といつか分かるその日まで、

何度泣いたらそこにたどり着けるんだろうと考える時、

今 園が流している涙もいつか懐かしいと思えるようになる、

そんなものなんだろうか。


妻はこんな男をどう思うだろう。


だけど、大人になったはずの僕たちのつながりを、

新しい命とその命の源を忘れたわけじゃない。


園に麗子を重ねているわけじゃないんだ。



「一行、ありがと。

聞いてもらえて良かった。

今日ね、最終のオーディションだったのよ。

一行に会えるなんて、やっぱり特別な日だったわ。」



「えっ、結果は?

デビュー決まったの?」


「一番にはなれなかったわ。

だけど帰り際にね、プロダクションの人に声かけてもらった。

良い歌だねって。

名刺だけもらって来た。

一緒にやってみませんかなんて言ってくれるかと思ったんだけど、

そんなに甘くないわよね。」



「そうか、でも良かったなぁ。

良い歌だって言ってくれたんだろう?

園の歌にはきっとそんな日が来るって思ってたよ。


おめでとう、園。」


「おめでとうなんて止めてよ。

何も決まっちゃいないんだから。

一行、涼から聞いて来てくれたの?」


「うん。

いや、本当は涼に行かないって言ったんだ。

だけど…

『楽園』が聞きたかったんだ。

ひとりで聞いてみたかったんだ。」



「一行

一行が作った曲よ。

聞きたいって言ってくれるのは嬉しいけど、

ねぇ…

それって、ほんとはさ…

一行は『楽園』が聞きたいんじゃなくて、

あの曲を作ったあの頃の自分に会いたいと思ってるんじゃないのかなぁ。

ごめん、気にさわった?」


そうかもしれない。

園の夢に引きずられて、あの頃の夢を思い出しただけかもしれないんだ。


「いや…」

なんて返事をしたらいいのか分からず、言葉を探している間に園は言った。


「一行、ありがと。

あなたの幻と生きて行くのは、歌う時だけよ。

私の人生に一行が関係ないって突っ張っても、それはもう無理な事だけど、

でももう大丈夫よ。

色々ありがとう。」


そう言って、そっと右手を出し顔をあげた。

涙の跡が少し光って、流れ星のように見えた。


そうして僕達は、短い握手をして別れた。

さっき走ってここまで来たのと同じように、

園はまた 走って店まで戻って行った。



大通りへ出て携帯を取り出し、

いつか同じような場面があった事を思い出しながら、

携帯のボタンを押した。



「もしもし、麗ちゃん。

聞こえる?」




Mに戻りマイクを片付けながら、

止まらない涙を拭きもせず、『楽園』を歌った。




♪♪♪~


私じゃない誰かのとなりで

生きて行くなら

ここから見送ってあげるわ

振り向かずに行く 楽園へ



だってあなたの瞳に映るはずのない明日なら

夜明けは寒いだけだから

楽園なんていらないわ


わかっていたはずよ

涙は乾かないままよ


あなたの楽園を探しに

ふたりでどこへ行くというの


情熱は 置き去り

道しるべは暗闇


輝いた未来になるように

今の私が出来ること


追い掛けずにいる事だけが

私からあなたへのプレゼントなの



誰も立ち止まる時がある


うつ向く時がある


愛されていたはずなのに…


愛していたはずなのに…


心が 凍みる

楽園が 見えない


~♪♪♪



ここで歌う最後の『楽園』を。


つづく・・・






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