小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

第十九章 「再会」 一節




長い時間になるものと覚悟をして来たアメリカでの特修がようやく終わりに近づき、

ここでの仕事も最後の追い込みをかけている。


ひとりこの地へ降りた時、

どう生きるかは自分で決めると意気がっていた姿はまるで他人事のように、

今では懐かしく思えてしまう時さえある。


いつかは変わっていくこの時代も、家族や仕事や、

これから始まろうとしている会社設立と云う大きな夢を抱えて次の時代へと進み続け、

また次の新しい夢に繋がって行くんだろう。



見守られ、見守り続けて生きている日々は、

悩んで行く過程や簡単には出そうもない結果を少しずつ創りあげて

私を変えて行く。



「もしもし、麗ちゃん。

変わりない?

絢は元気にしてる?」


一行はいつもこんな言葉で、電話の向こうから微笑んでいる。


「元気よ。

一行、一行こそ元気なの?

声が小さくて、よく聞こえないわ。」



自分の都合や幻に頼ろうとする姿を園の歌に求めたなんて、

妻に話す事ではないことくらい、

若い僕にだってちゃんと分かっている。


「うん、元気だよ。

本社の仕事も済んだから明日大阪に戻るよ。」


いつか一行が、涼や園が目指す夢に押し潰されそうになって、

暗闇に消え入りそうなか細い声でかけて来た電話を思い出した。

私は慌てて一行の元へ帰って行ったっけ。


「一行、何かあった?」


「何にもないよ。」


「そう。

それなら良いけど。

ねぇ 絢の写真は届いている?」


「うん、届いているよ。

笑うと麗ちゃんにそっくりだよ。

ごめんね。

大阪支社で大きな仕事が入って来なかったら行けたのに。

父はいったいいつになったら会えるのかなぁ。

会いたいなぁ。

絢、電話に出られないかなぁ。」



「一行、私こそごめんね。

日本に少し戻ってから仕事復帰すれば良かったね。」


「いや、そんな事ないんだ。

そんな事じゃないんだよ。」


少し黙って大きく息をはいて、一行は言った。


「麗ちゃん、決めた。

来週休みをとってそっちに行くから。

絢に会いに行くから待ってて。」



「えっ、ほんとに?

会社は休める?

休めるよね。

大丈夫だよね。

やっと絢に会えるんだ・・・

一行、私も一行に早く会いたいよ。」



仕事に夢を持つ事は、誰かが認めてくれる喜びを手に入れる未来があるけれど、

かけがえのない私達の宝物を二人で抱きしめる日は、

未来なんかじゃないはずだ。



「麗ちゃん、絢にやきもち焼いてるな。

麗ちゃんに会いに行くんだよ。

麗ちゃんと絢に会いに行くんだよ。」



忘れられないものは、

この手には入らなかった、美化された遠い夢。


すぐ手に入れたものなんて、

いつの間にか忘れてしまっているのかもしれないんだ。



「岩沢さんにも、もう一度会いたいと思ってたんだ。

仕事の話も聞いてみたいし。

連絡しておいてもらっていいかな。

三人で会いに行こうよ。」


「そうね。

連絡してみる。

でもね、岩沢さんになかなか連絡がとれないのよ。

電話かけても出かけてますって言われるし、メール入れても返事がないのよ。」


「そう。どうしたんだろうね。

岩沢さんの事だから、また何かびっくりするような姿で現れるかもしれないよ。

そっち行ってからまた連絡してみようよ。」


そうして私達は、やっと抱き合える家族になれるのだ。


一行が『楽園』に見た自分の姿と、

「私を思い出なんかにしないで。

もう忘れて。」


とでも言っているようにひとり走り去った園の姿は、

麗子には必要のないものになった。




そして翌週、一行は絢と私のいるアメリカへ来た。


「はじめまして。絢」

じっと見つめる一行の目を、大きな瞳が見つめ返している。

恐々抱きしめたその小さな体は、一行の大きな手の中に包まれ

そして絢は安心したように目をつぶった。


「一行、再来月で特修終わる事になった。」


眠ってしまった絢を抱きながら


「帰れるの?」


一行はそう言って、もう片方の腕で私の肩を抱いた。


「うん。もう少しだけ頑張ってみるね。」


本当は帰ってからが大変な事を、一行も私もちゃんと気付いているけれど、

でももう、アメリカへ来て二年の月日が過ぎている。


今はただこの腕に捕まっていても良いんだよね。

どう?

キャリアウーマンがしっかり身についているでしょう?


「麗ちゃん、このままちょっと岩沢さんの所に行ってみない?

岩沢さんが出かけていても、絢に教会を見せておこうよ。

僕達はここで結婚したんだよって、写真も撮ろうよ。

岩沢さんが式の時たくさん撮ってくれたみたいに、

あの階段で三人で撮ろうよ。

今度いつ来れるか分からないんだから。」


「そうだね。」


岩沢は絢の顔を見たら何て云うだろう。

子供を持たなかったと言っていた岩沢は、

孫のようなこの絢の姿をどんな瞳で見つめるだろう。




そして私たちは式の時以来、久しぶりにここへ来た。


懐かしい教会はあの時と何も変わってはいなかった。

その前で一行は言った。


「麗ちゃんここで絢と待ってて。

岩沢さん呼んでくるから。

きっと驚くだろうなぁ。」


その間美しい景色に囲まれた教会を眺めながら、私は絢に話を聞かせた。


「絢、あなたは前にここへ来た事があるのよ。

式の時、パパとママと一緒にここを歩いたのよ。」と。



しばらくして一行が教会から出て来た。


「一行、岩沢さんは?

やっぱり留守だったの?」




一行の様子が普通ではないことに、

手渡された封筒を見てはじめて気付いた。




『鈴木麗子様』




「亡くなったって。」




一行の瞳に映る私の顔が、言葉を探している。






つづく・・・





© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: