小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

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第十九章 「再会」 二節




あの日、今となっては岩沢の最後の姿になってしまった

幸せに満ちた誓いの日。


この胸に刻み込んだあの時の空の青さと、

今同じこの教会で幼子を抱いて見上げる大空は、

まったく違う残酷で無情な空に見える。


明日は追い掛けるものだと教えてくれた岩沢は、

明日が来ないと知った絶望をたったひとりで忍びながら、

神父となった時私達に諭してくれたように、

心に目と耳を開く事が大切なのだと自分自身に言い聞かせていたんだろうか。



大空を何度見上げても、何も変わってはいないよなんて

誰も語りかけてくれはしない。


「麗ちゃん」


一行が差し出した手紙は私がいつかここに来る事を信じ、

静かに時が過ぎるのを耐えていたんだ。


ごめんなさい・・・


こんなに待たせてしまって、本当にごめんなさい・・・


私たちは言葉を失い、ただただ立ち尽くすだけだった。


「麗ちゃん、絢に教会を見せて来るよ。

大丈夫?

一緒に、ここにいようか?」



「ありがとう一行。

大丈夫よ。

ここで読むわ。

絢をお願いね。」


グズり始めた絢を抱いて、一行は中庭のある方へ歩き出した。

後ろ姿の肩が震えて一度立ち止まり、

一行は絢を抱き締め背中を丸めて泣いた。



濃いブルーの万年筆で書かれた封筒の宛名をしばらく眺め、

私は丁寧にそれを開けた。

何枚もの便箋が、狭い封筒にぎっしりと収まっていた。






「鈴木麗子様



この手紙があなたの元に届くのは、アメリカでの仕事を終え日本に戻る時か、

ご主人ともしかしたら新しい家族と三人で、

ここへ訪ねて来てくれた時かもしれませんね。


出来れば、その柔らかい小さな体を抱き上げて、

またあの階段で今度は四人で写真を撮りたいけれど、

きっとそれは叶わない夢でしょう。


私が妻からの手紙を受け取った時のように、驚いている様子が目に浮かぶようです。

それとも怒っているでしょうか。


あなたに黙って逝く事を、これも私の生きざまだと飲み込んで、

どうか、どうか許してくださいね。


麗子さんの挙式の時すでにわたしの身体は、

天に召される運命から逃れる事の出来ない状態にありました。

妻と同じ病名が私の耳に伝えられた時、不思議と恐怖心はなく、

なんとなく頭の中で響いていた予感のようなものと合致し、

それでもやはり導かれ神父となった私の真意が試されてでもいるように、

過酷な人生を少しだけ振り返らずにはいられませんでした。


私はその時決心したのですよ。


妻の元へ行く日まで、あなたが私に与えてくれた神父としてのただ一度の結婚式を、

心をこめて祈るためだけに私は毎日を生きようと。


私とあなたが出会った理由のひとつは、この祈りのためにあるのだと。

妻の手紙に書いてあった「奉仕の心」は、ここにあったのだと。


有難いことに病を知った後でも、

やるべき仕事がちゃんと与えられる喜びが私には残っていました。

私に出来る事の全てで幸せのお手伝いをさせて頂こうと、そう決めたのです。


今思えば少しはしゃぎ過ぎて、写真の顔が引きつっていましたね。



欠如しているものを補う事の限界は、足りないものを継ぎ足す事とは違って、

やはり誰にでもやって来るもの、どうすることも出来ない、

不可能な事も現実として訪れるのです。


まして命の限界は誰にもわからない。」



ここまで読んで思い出す岩沢の言葉の意味が、今頃になって深く心をえぐる。


決めた事は今やらないと時間が足りないからと、

会社を辞め神父の道を選んだのも、

岩沢らしいと聞き流してしまったことが残念でならない。


それだって、岩沢が教えてくれたカッコイイ引き際だったはずなのに。



考えてみれば、岩沢と知り合ってたったの二年しか経っていない。


偶然隣合わせた飛行機の席で、私はひとり泣いていた。

亡き妻からの手紙を読んで、岩沢の想いに私は泣いた。

愛する人と生涯の夢を誓い、私は祭壇の前で嬉し涙を流した。


岩沢の前では泣いてばかりだったのに、いなくなってしまった今もまた、

この教会で私は天を仰ぐ。



「強がって・・・」


岩沢さん。


麗子さんの所で思いっきり泣くの?


麗子さんに会って

「あなた、早すぎるわ」なんて叱られないの?



私に岩沢麗子を重ねて、幸せだったかと聞いた本当の答えを、

もう聞いてしまったかしら。


「えぇ、とても幸せだったわ。」


と、麗子さんはそう言ったでしょう。








つづく・・・






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